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十話 『今朝は』

テセラ 「ん…」

重りが付いたような瞼を擦りながら、目を覚ます

    「もう朝か…」

近くの窓を見ると、カーテンから光が漏れており、その向こうからは小鳥のさえずりが聞こえてくる

なんとも平和というか、間抜けな朝であった

    「…」

    「はっ!」

    「やばい!仕事!」

余韻に浸っている場合ではない

時計を見ると、いつもならば出勤している時間であった

ゼオ 「おい。待て」

ゆらりと、突然仁王立ちで現れる妹

相変わらず、気配が消すのが得意な奴である

テセラ 「すまん。今は急いでるんだ」

    「用事なら後にしてくれ」

ゼオ 「話を聞け、テセラ」

   「今日は休みだと、自分で言っていたではないか」

テセラ 「…」

そうか、今日は『奴ら』のガサ入れだった

    「…すまん。失念していた」


ゼオ 「仕方ない」

   「じゃあ、今日はずっと家にいるんだな」

テセラ 「あぁ、どこも行けないしな」

ゼオ 「そうか」

ゼオは無表情のままだったが、どこか機嫌が良くなった気がした

   「飯は既に出来ている。早く来い」

テセラ 「なに…?」

    「ゼオが飯だと…?」

大体の家事を俺に任せるゼオが、自分から料理をするなんて珍しい

いや、初めてではなかろうか?

ゼオ 「味は保証出来ないがな」

テセラ 「作ってくれるだけで十分だ」

    「出来れば、これからも作ってくれると嬉しいんだが」

ゼオ 「そんなことをしたら過労で倒れてしまうぞ」

   「そんなことを言うなんて、これが俗に言う『ぱわはら』というやつか…」

そう言うと、わざとらしく膝を着いて、泣き真似をする

…最近演劇にでもハマっているのだろうか

テセラ 「あ、そう」

一応、ゼオの親代わりとして私は接しているつもりで、珍しく彼女の成長が垣間見えた気がしたが気のせいだったようだ

本当に変わってない

あの頃から


………

……


今朝の食事は、焼いたトーストと、目玉焼き、芋のスープ、昨日の残りの石炭コーヒーであった

基本的に、我が家では朝食は摂らない

俺が朝早くから仕事があるということもあるし、単純に毎日3食賄うほどの食料が無いということだ

しかし、こういう休日は別だ

食事はこのように味気ないもので大して美味しくはないが、『家族』と一緒に摂るということが重要だと思っている

『B地区』に限らず、人間居住区では家族を失った独り身が多い

だから、俺達のように家族が一緒に住めるというのはそれだけでまだ幸せな方なのだ

テセラ 「そういや、今日ガサ入れって言ってたのに、今は全く騒がしくないな」

先程、窓越しから外を眺めても、人間はおろか、『奴ら』も出歩いている形跡が無かった

まるで自分たち以外の全ての生き物が居なくなってしまった、そんな錯覚に陥る

恐らく、昨日と今日の夜にかけて既に目的は達成されたのではないか?と疑問に思う

ゼオ 「お前の疑問ももっともだ」

   「恐らく、ガサ入れは既に完了している」

   「だが、念には念を入れて1日置いてあるのだろう」

ゼオも俺と同じ結論に到達したらしい

テセラ 「やっぱりゼオもそう思う?」

    「しかし、不思議に思うんだが、なんで自宅謹慎をわざわざこちらに通告した上でやるんだろうな」

    「俺達からしたらなんかするってバレバレなのに」

    「絶対に極秘裏で動いた方が効率が良さそうな気がするんだが」

つい『奴ら』に与した発言をしてしまう

しかし、俺が同じ立場にあるならば間違いなくそうすると思う

『奴ら』の組織としてのアンビバレンス、二律背反をどうしても感じてしまうのだ

ゼオ 「良い質問だ」

彼女は口元についた食べかすを拭い、その遊んだ手を顎に当てる

   「『奴ら』がここを侵略してからの十数年、行政機関は誰が統治していたと思う?」

テセラ 「は?それは天使族だろ?」

ゼオ 「違う。答えは人間だ」

テセラ 「…?」

ゼオ 「異民族統治の基本だが、ある民族を他民族が支配しようとする時、『間接統治』が容易と呼ばれているのは知っているな?」

…間接統治。古代ローマや、大英帝国がかつて行っていたと呼ばれる支配体制だ

簡単に言えば、末端の行政組織は土着の民族に任せ、最終決定を行う上層の政治機関のみを支配民族が占めるというやり方だ

   「奴らは人間からその手法を学んだのかは知らないが、その統治体制を踏襲している」

   「実際、官僚組織の半数はまだ人間のままだそうだぞ」

テセラ 「そうなのか」

    「というかゼオ…なんでそんなことを知ってるんだ」

ゼオ 「年老いると、耳が遠くなる代わりに噂話が良く聞こえるようになるんでね」

テセラ 「俺より若いだろ…」

椅子に座ると、床に足が届かないらしく上機嫌に足をプラプラさせていた

ゼオ 「まあ話を戻すが、多くを人間で構成された官僚組織は粛清と追放で、表向きは女王陛下に忠誠を誓う臣下になっている」

   「だが、心の底では天使族を良く思って無い筈だ」

   「そういう奴らが天使族の足を引っ張るような行為を繰り返しているんだ」

『それでも、足を引っ張る以上のことは無いだろうが』とため息混じりに補足する

  「だから、このガサ入れの件も誰かが情報を故意に漏洩させている可能性が高い」

テセラ 「そういうことか」

    「でも奴らもそれを看過することは無いだろ?」

ゼオ 「勿論だ」

   「奴らは人間から組織運営のノウハウを今、急速に吸収している」

   「5年もすれば、人間は政治の世界から完全に追放されるだろう」

   「そうしたら、人間は本当に…お払い箱だ」

テセラ 「そうか…」

悲しみ、焦りは特に無かった

あるのはぽっかりと開いたがらんどうの心だけだ

虚無感、諦念と言うべきか

あと5年…あと5年もすれば人間が地上に生きられる保証はない

奴らならば、人間の全てを地上から抹消することは容易だろう

改めて、我々は奴らに『生かして貰っている』ことを実感する

ゼオ 「…」

   「そんなに心配ならばゲリラに参加すればいいだろう」

   「勝てるかどうかは分からないが、多少の慰めにはなる」

   「希望というのはいつでも尊いものだ」

テセラ 「ゲリラ…か」

    「俺はもう、そういうことからは足を洗った」

    「だから最後の審判が来たとしても、いつも通り家族と過ごすさ」

そう言って、ゼオを見つめる

ゼオ 「…そうか」

頬を染め、目を逸らす

だが表情はあまり優れたものではない

嬉しいような…悲しいような…

元々彼女は無表情気味なので勘違いかもしれないが

テセラ 「さ、さて!今日は休日だからゼオと過ごすって決めてたんだ」

    「なんか、したいことはあるか?」

無理やり話題を逸らし、空元気で振る舞う

ゼオ 「…今日は最後の審判ではないぞ?」

テセラ 「言ってろ」

お互いに苦笑い

これくらいの皮肉を言い合ってる方が俺達らしい

ゼオ 「そうだな…映画でも見たいな」

テセラ 「映画か…」

    「ちなみに何だ?」

ゼオ 「うむ。タイ○ニックだ!」

…またもや、渋いチョイスだった

発電機はどこにあったかな…

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