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九話 『報告』

ぬめり

薄暗く、湿気が多い。永遠と続く廊下を私は歩く

両隣には、おそらく大理石で作られたと思われる柱が見えない奥にまで幾重も並んでいる

柱の意匠はいわゆるコリント式であり、力強さと、繊細さを併せ持った目を覆いたくなるほどの美麗さであった

普通ならば、あまりの美しさに足を停めて鑑賞したいところだが

今の私にはそんな余裕は無かった

目的の扉に近づく度に憂鬱感が増してゆく

心なしか、辺りがさらに暗闇に近くなり、じめじめしているように感じる

ここはアクロポリスの中心地

この地区での人間を支配することを容認し、それを実行するための行政組織が置かれている『総督府』であった

だが、ここの長官である『テペリア総督』は私の好む所ではない

上手く表現出来ないのだが、何かこう…不気味さを感じてしまうのだ

…色々考えている内に目的地に達したらしい

門の両隣には、衛兵と思われる人物が2人立っておりこちらを睨んでいた

衛兵A 「ここから先は、テペリア総督の執務室となっております」

    「関係者以外はお通し出来ません」

衛兵B 「何か、身分を証明出来るものはございますか?」

…また衛兵が変わったのか

顔見知りであれば、顔を確認すれば直ぐに通過できたはずが、衛兵が変わっていた

ここのテペリア総督は基本的に自分以外を信用しようとはしない

このようにころころと部下の配置を変えるのは、部下同士が結託しないための警戒心の現れか、そもそも我々と関わるのを避けているのか…

閣下 「長期間ここを留守にしていたから、君たちに挨拶をしてなかったな」

   「私は、ここのテペリア総督の補佐を担当しているシィネルガシア副総督だ」

   「これから、よろしく頼む」

そう言いつつ、副総督の証である紋章を提示する

衛兵A 「はっ…!副総督閣下であらせられましたか!これは失礼しました!」

シィネ 「いや、いいんだ」

    「むしろ、ここで身分確認を怠っていたらそちらの方が問題だからな」

そう言って、扉を通過しようとすると…

衛兵B 「あ、あの!」

シィネ 「ん?なんだ?」

なぜだか目をキラキラさせてこちらを見つめてきた

衛兵B「あ、握手をしても構わないでしょうか?」

衛兵A 「わ、私も是非お願いします!」

…随分私も人気者になったようだ

シィネ 「別に構わないが…」

そう言いつつ、2人と握手を交わす

その間に思ったことを口にしてみる

    「私はそんなに有名人なのか?」

衛兵A 「ええ、とっても有名な御方です!昨日のゲリラ検挙で大成果を上げたとか」

   「他にも様々な行政改革で実績を積み上げてるいると」

   「市井ではもう噂になっておりますよ」

衛兵B 「テペリア総督もお褒めになっていました」

シィネ 「そうか…」

多少なりとも高位の地位にいると、与えられた言葉が本心なのか、ただの世辞なのかということを考えなければならない機会が増えてくる

だが、少なくとも彼女らは純粋に私のことを慕っており、心がむず痒く感じてしまう

これが若さなのか。と少し羨ましく感じてしまった

いや、私もまだまだ若いのだが

シィネ 「私は特別有能という訳ではない」

    「与えられた仕事を愚直に進めること。そうすれば、結果は必ず着いてくる」

    「君たちも職務に真面目に励みたまえ」

「そうすれば、簡単に私を超えることなんて出来るさ」

衛兵A・B 「ふわぁぁぁ…」

恍惚とした表情でこちらを見つめてくる

また好感度を上げてしまった…?

衛兵A・B 「が、頑張ります!」

シィネ 「…あ、ああ頑張れ」

なんだか、盛大な送り出しを受けながら私は執務室に入っていた

だが良い気分転換にはなった


………

……


ぬめり

やたらと甘ったるい匂いと、異常な湿気。

窓もなく、部屋中の全ての物が紫色に塗装されている

これだけでこの部屋の異常さが物語ることが出来る

シィネ 「…」

私は顔をしかめながら、奥へ進む

…いた

総督府の最奥の最奥に彼女はいた

テペリア 「…」

     「来たか…」

白い肌に、手入れしていないであろう極端に伸びた髪の毛、目は虚ろ、それが私の受けた第一印象であった

髪色も紫色であったが、つむじからは深緑色の髪色が見え隠れする

…本来の髪色は緑なのだろう

彼女はベッドに横になっており、何か良くわからないものを蒸かしている

テペリア 「適当に腰掛けろ」

シィネ 「はい」

私はベッドの向かい側にある紫色に塗装されたソファーに腰掛ける

(うわっ…)

ソファーは長年使っていなかったためか、埃を被っており、私が座ると空を舞った

テペリア 「それで?」

シィネ 「…き、昨日の『B地区』におけるゲリラ討伐の報告書を作成いたしました」

    「一応、書類だけでなく、口頭でもお耳に入れた方が良いかと思いまして、このように参った次第です」

テペリア 「…なるほど」

     「言ってみろ」

私は昨日の討伐の様子を簡潔に説明する

今回の目標の家屋は30程度だったということ、抵抗が案外激しく生け捕りは難航したということ、雷雨だったために配置が遅れたこと…など

テペリア 「ふむ…」

     「ご苦労だった」

     「生け捕りに成功した人間はこちらでも確認している」

     「裁判院に送られて、然るべき処置を受けるだろう」

シィネ 「そうですか…」

報告の後、作成した書類を渡すと、近くにあった机に鬱陶しそうに投げ捨てる

シィネ 「…報告は以上なので、他に御用が無いのでしたらお暇させていただきますが…」

そう言いつつ、腰を上げようとするが…

テペリア 「まあ待て」

     「そんな急ぐことはあるまい」

シィネ 「ですが…」

テペリア 「直近で急ぎの仕事はあったかな?」

シィネ 「いえ、特にはありません」

テペリア 「じゃあ、これも仕事の内だ」

     「上司と部下がコミュニケーションを取ることは業務効率化に繋がるのでね」

自分から我々と避けているのではないか…と、内心では思ったがそんなことは言えない

コミュニケーションというのは建前で何か話したいことがあるに違いない

テペリア 「スゥー…」

彼女が何を言うのか測りかねていると、出し抜けに再び何かを吸った

煙草…ではない

シィネ 「あの」

テペリア 「なんだ?」

シィネ 「以前から思っていたのですが、何を吸われているのですか?」

テペリア 「これか?」

キセルと何かが入ってる巾着を掲げてみせる

     「これは、『ケシ』を吸っている」

シィネ 「ケシ?」

テペリア 「俗に言う『アヘン』だ」

アヘン…確か200年ほど前に人間族で猛威を奮った麻薬だったはず…

シィネ 「そんなものを吸われていたら、お体に差し障りますよ」

テペリア 「クククッ…」

     「我々は人間族とは比べ物にならないほどの代謝機能を持っている」

     「この程度じゃ、びくともしないよ」

テペリア総督は、我々の中で『知人間派』と呼ばれている人物だ

人間の生み出した文明や、文化、歴史に興味を持ち、積極的にそれを取り入れようとする立場の人物である

しかし、人間そのものは嫌いらしく、今回のゲリラ討伐を指示したのもテペリア総督直々なのだ

そして、テペリア総督がここの地域における軍・行政・司法を司っているため、人間をどうするかも彼女の一存によるものが多い

私もどちらかと言えば『知人間派』ではあるが、なぜだがテペリア総督とは意見が合わないことが多い

テペリア 「…それで、本題なのだが」

     「最近、お前は部下共から『閣下』と呼ばれて調子に乗っているらしいな」

     「さっきの会話も聞いていたぞ」

さっきの会話とはおそらく、衛兵との会話であろう

シィネ 「いえ、決して調子に乗っているということは…」

テペリア 「…誤解を招く言い方をした。『図に乗っている』という事ではなく、『調子づいてる』ということだ」

シィネ 「…そういうことでしたか」

テペリア 「まさかとは思うが、次期総督のポストを狙っていたりするのか?」

     「確かに『副総督閣下』は非常に優秀な人物だ」

     「君になら、女王陛下に推薦しても構わないが…」

     「どうする?」

…なるほど。そういうことか

このテペリア総督は自分の役職が汚されることを恐れている

人間族の文化に当てられて随分俗っぽくなったものだ

我々は女王陛下の臣下あるのにも関わらず、自分のことを優先するとは

しかし、ここで下手なことを言って余計な軋轢を生むのも困る

ここは彼女の望んでいる台詞を言ってあげよう

シィネ 「いえ、そのようなことは考えておりません。私は、テペリア総督の開明な指示の下で初めて自分の真価が発揮出来るのです」

テペリア 「…そうか」

表情が読み取れない顔でこちらを眺める

濁った目からは、彼女の奥に潜む本音を見透かすことは出来ない

     「…これからも宜しく頼む」

そう言って、手を差し出す

シィネ 「はい…こちらこそ」

互いに握手を交わす

今日はやたらと握手をする日だ

だが、衛兵たちと握手と違って、気持ちの良いものでは無かった


………

……


シィネ 「ふぅ…」

執務室を出て、一息つく

執務室よりも随分と涼しく感じる

衛兵A 「お疲れ様です」

シィネ 「ああ、お疲れ」

衛兵B 「ひどい汗ですよ、良ければタオル、使って下さい」

そう言って、タオルを差し出してくる

シィネ 「…」

自分の顔をペタペタ触ると確かに湿っていた

それほどまでに緊張していたということなのだろうか

    「すまない。貰おう」

衛兵A 「それで…どうでした?」

私が顔を拭いていると、衛兵の一人がおずおずと聞いてくる

シィネ 「どう…とは?」

衛兵A 「ほら…テペリア総督のことです」

シィネ 「あぁ…」

当然のことだが、彼女たちだってテペリア総督のあの気難しい性格を知っているのだ

恐らく、私が詰められているのではないかと心配してくれたのだろう

    「まあ、上手くやるさ」

しかし…困った。愚直に仕事を行っているだけなのにこういう障壁に立ち塞がるとは

いつの間にか、私も政治の世界に巻き込まれてしまったらしい

シィネ 「タオル。ありがとう。今度、洗濯して返すから」

衛兵B 「いえ、このままで結構ですよ」

   「むしろ、そっちの方が…」

シィネ 「…」

衛兵A 「アンタ…そういう趣味が…」

シィネ 「ま、まあ聞かなかったことにしよう」

結局タオルは彼女が預かると言って聞かなかったので返した

来た道を引き返しながら考える

…テペリア総督に会うのは少し憂鬱だが、彼女たちに会えると思えば少しは気が軽くなるというものだ

私はそう考えることにした

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