一話 『接触』
20XX年。人類は未だに発展を謳歌していた
地球温暖化、環境破壊、食料問題、資源不足など未だに解決していない事象はいくつもあったが、それも人類の知恵であり、唯一無二の武器、『科学技術』によって克服されようとしていた
また、生活圏をさらに広げ、食料問題と資源不足を一挙に解決するべく、『南極入植』を進めていたのだった…
………
……
…
ジーク 「ふぅ…」
俺は寒さと疲労に耐えかねて人知れず息を吐いた
ここは極寒の地、南極
全ては氷に閉ざされ、人類と雖も到達が憚られるような場所に俺は立っていた
辺りを見ると、俺と似たような格好の奴らが気だるそうに氷を砕いてるのがちらほらと見える
…United Nations(国際連合)の連中が『南極入植』プロジェクトと称して、人類をこんな辺境まで住まわせるようになったのはわずか5年前のことだ
当時俺はUSAに住んでいたんだが、それはそれは笑ったね
あの固っ苦しい官僚組織がついに温暖化で頭がハイになったのかってね
でも連中は本気だった
世界規模で入植者を募集した
あの時の俺は本当に身銭が心許なかったこともあってか、衣食住の保証や高い給料に心を奪われて、志願しちまった
でも今思うと本当にバカな選択だったと思う
考えて見ろよ?
こんなところにATMなんてあるはずないから金なんて下ろせないし、下ろせたところで娯楽も皆無だ
…本当にご無沙汰だ
それだけではないぞ。ここは本当に気が狂いそうになる
暖かな日差しも当たらない、異常なまでに寒い、ただ淡々と続く開拓という名の重労働
ここはこの世の地獄だ
リチャード 「おい、ジーク。サボるとはいい度胸してるじゃないか」
「お前が仕事をしないことで、一人一人のノルマが増えるんだぞ」
背後から声がかけられる
後ろを振り向くと奴がいた
ジーク 「ああ、悪かった」
「少し考え事をしてたんだ」
このやたらと教条的な男はリチャード
いわゆる同期というものだ
ここに来る入植者は色々訳有りな人が多い
俺みたいに純粋に金が無い奴だったり、罪を犯してここに引き渡された奴、一発逆転を狙ってここに来る奴と…様々だ
リチャードは最も後者で、仕事に対して異常にモチベーションが高い
たまには鬱陶しくも思うがそれなりに良い奴なので俺は嫌いではないが
リチャード 「おい、しっかりしてくれよ」
「…まあ、お前の気持ちも分かるぜ。そろそろ契約期限だもんな」
ジーク 「はは、まあな」
「五年間ここで働いてきたが、こんな地獄はもう十分だ」
「USAに戻ったらこの土産話と給料だけで10年は生きてられるね」
リチャード 「違いない」
ジーク 「お前はまだここにいるんだろ?」
「早く辞めちまえこんなとこ。神もアブラハムにこんな厳しい試練を与えたことなんてないぜ」
リチャード 「そうしたいのは山々なんだがな」
「故郷にガキと女房がいるんだ」
「アイツらを十分に養うにはまだまだ足りないんだよ」
ジーク 「そうか」
「所帯持ちは大変だな」
リチャード 「お前にもいつか分かる日が来るさ」
俺とほとんど同じ年なのに、こういう場面になると急に大人の顔になるのは不思議だ
所帯を持つと、こうなるのか。こうなるから所帯を持てるのか
20数年しか生きていない俺にはその判断が出来るほど、人として成熟していなかった
ジーク 「そういうもんかね」
「まあ、お前がUSAに帰った暁には、巷で一番高い酒を奢ってやる」
「冷えた体には酒が一番だからな」
リチャード 「楽しみにしてよう」
「さあ、作業の続きだ。こんなところで駄弁って時間を潰すより寝る時間の方が大事だろ?」
ジーク 「そうだな」
………
……
…
ジーク 「よし、こんなもんかな」
俺は作業を終え、拠点まで撤収を始める
辺りにはほとんど誰も居ない
おのおのノルマを終え、暖かい部屋で一服している頃だろう
「ふっ!」
一日中中腰だったために、体中は悲鳴を上げていたが、それ無視して無理矢理逆にそらしてみる
「いたた…」
案の定激痛だったが、この程度の痛みは慣れてしまった
ふと空を見上げると日光が水平線から落ちているのを見つける
…ここ南極は娯楽が皆無と言ってもいいが、唯一好きな瞬間がある
それは、夕暮れ時だ
南極は一日中変化が乏しい気候であるが、この時だけは空が赤黒く、鮮やかな色彩を浮かべる
本当に美しいものだ
どんなにcolorful(色彩豊か)な絵画であろうと、どんなに均整の取れた美女だろうとこの美しさには叶うまい
ジーク 「本当に、綺麗だ」
柄にもなく浸っていると、視界の端で奴を見つける
「ん?」
仰々しくこちらに手を振っている
ただの挨拶だろうと思ったが、少し違う
(こっちに来い?)
(何かあったのか?)
………
……
…
ジーク 「おいおい、どうしたんだよ」
リチャード 「これ!これを見てみろよ!」
あまり感情を表に出さないリチャードがこんなに興奮気味になっている
奴の指を指す先には…
ジーク 「なっ!?」
「人!?」
そう、そこには氷の中に閉じ込められてる人型の影があった
服装は我々の無個性な格好ではなく、シンプルかつ洗練された古代ローマを彷彿とさせるものだった
古代の人か、はたまたもっと昔の人類か…
少なくとも、こんな寒そうな格好で作業している同胞はここには誰も居なかった
リチャード 「さっき作業している時に偶然見つけたんだ」
「やたらと黒い氷があったから、掘り進めてみたら大当たりだ」
ジーク 「こいつは凄いな…」
まじまじとその氷像を見つめるとその美しさが際立つ
どうやら女性のようで、欠損している部位などは無く、完璧な状態
ところどころに装飾が施されており、高貴な身分であったことがあったから伺える
血色も外見上は悪くなく、今にも動きそうな雰囲気を漂わせていた
まるで生ける彫刻だ
ジーク 「これ、本当に生きていた人間なのか?」
リチャード 「分からない」
「でも相当時間が経っているのは確かだ」
「氷の層と、成分から少なくとも5000年は経っている」
「簡易検査だが、信用度はそれなりにある」
ジーク「お前、隠れてそんなことしてたのか」
リチャード「フッ、まあな」
改めて、コイツのモチベーションの高さには舌を巻く
俺だったら面倒事を避けるために見て見ぬふりを決め込むかもしれない
「それでなジーク」
「彼女の扱いなんだが…」
ジーク 「あぁ、上に報告だな」
「下手に傷つけて責任問題になったら堪んないからな」
「行ってくるぞ」
そう言って踵を返そうとするが…
リチャード 「まあ、待て。そう焦るな」
引き留められてしまった
ジーク 「?」
「なんだよ」
リチャード 「確かに俺達は考古学者でもなんでもない」
「ここにあるブツがどれほどの値打ちがあるのかも分からないさ」
「でも」
「『カード』くらいにはなるだろう?」
そう言って笑った
俺の見たことの無い、笑い方だった
ジーク 「っ!」
「どういうことだ」
リチャード 「人類が北極圏に到達したのは太古だったが、南極圏はわずか500年前だ」
「しかも南極そのものに到達したのは、たったの200年前」
「この意味が分かるか?」
ジーク 「…なるほど」
そこまでお膳立てされられれば流石のバカでもわかる
5000年前の代物がここに存在していることは、その歴史的意義や価値を置いておくとしても、『存在していること』そのものに意味があるとリチャードは言っているのだ
歴史のプロを自称する考古学者にとっては、世紀の大発見だろう
喉から手が出るほど欲しいに違いない
リチャード 「無知な連中がこれの価値を知らずに意味なく破壊してしまうかもしれない」
「だから、俺達が『保護』して、上をここまで『案内』するんだ」
「勿論、対価は貰うがな」
ジーク 「奴らが対価の支払いを渋ってきたらどうするんだ?」
リチャード 「その時は、俺達もバカになるしかないな」
俺はリチャードのことを今まで誤解していた
ただのバカ真面目だと思っていたが、こういう柔軟な発想が出来る男だった
もしかしたら、上に対して卑屈と取れるほど媚びへつらっていたのも、こういうチャンスを虎視眈々と狙っていたからか
元々、一発逆転を狙ってここに来る男なのだから、そういうことは織り込み済みなのだろうか
「それでジーク。お前にも協力して欲しい」
「お前だって、10年とは言わず、100年遊んで暮らしたいだろ?」
ここで本当に道徳的な奴は断るだろうが生憎、俺にはそんな優しさは持ち合わせていなかった
故に、答えは決まっていた
ジーク 「あぁ、協力する」
リチャード 「お前ならそう言うと思ったぜ」
リチャードはそう言って笑って見せたが、その笑い方は俺の知っているものだった
ジーク 「…」
リチャード 「…」
俺達は両者微笑みあい、握手をかわそうとする
その刹那…
ジーク 「???」
謎の違和感
誰かに視られている気がする
それもただの視線ではない
悪意、猜疑心、殺意など、この世の悪感情を全て煮詰めたようなそんなじっとりとした視線だった
リチャード 「どうした?ジーク」
リチャードは手をこちらに向けたままいつまでも反応しない俺に困惑している
お前か?お前が俺を油断した隙に、背後から刺そうとしているのか?
いや、違う
もっとその後ろ
具体的には、リチャードの後ろにそびえ立っている例の氷像だ
ジーク 「あ」
あぁ、気づいてしまった
ジーク 「お、おいリチャード後ろ!」
リチャード 「後ろ?」
「!?」
どうやら、リチャードも気づいたらしい
さっきまで目を瞑り、眠っているような表情を浮かべていた彼女は、今ではその双眸を見開きこちらを見つめている
ジーク 「奴って、目が開いたままだったか?」
リチャード 「いや、そんなはずはない」
信じられないような目で彼女を見ている
女 「お前等、人間か?」
ジーク・リチャード 「っ!」
信じられない
死体が、5000年前から誰にも見向きもされず凍死していった死体が、喋った
女 「人間、なんだな?」
「許さない。人間は皆殺し…」
「全ての人間を抹殺する」
「地球は、我々のもの」
訳の分からない言葉で、何かブツブツ言っている
意味は分からなかったが、その目、表情で全てを悟った
彼女は俺達を殺すつもりだと