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第8話 動物使い魔

 結局、チェリコが師匠ペティ・ドーターから契約の内容を聞き出すまでに、3日を要することとなった。

 なんとか全容を把握したチェリコは1人、ヨイドの娘を追ってここまで辿り着き、今に至る。

 娘が意識を失っている理由は不明。更に思わぬ邪魔が入ったが、とりあえずは回収することができた。


 チェリコは裸で眠る少女の身体をくまなく点検した後、ベッドに敷かれていた毛布で彼女を包む。

 ぐずぐずしていては、さっき撃退してやった大柄な少年が戻ってきてしまうかもしれない。

 娘がいつ目が覚めるかわからないが、簀巻きの状態であれば肩に担いで運ぶことができる。

 この森からペティのもとまで、彼女を連れても丸2日あれば帰ることができるだろう。

 チェリコは娘を持ち上げようと前屈みになった。

 そして、背後に気配を感じ取る。

「ふっ!」

 チェリコは反射的に跳び、身体を反転させて壁に張り付いた。

 油断していたつもりはないが、まったく察知できなかった。

 小屋の入り口に人影が立っている。


 黒いスーツに白いひだ襟。

 細身の、おそらく男であることは推測できるが、身長は測りにくい。

 何故なら、彼には首から上がなかったからだ。首のてっぺんは切断されたようになめらかで、血は出ていない。

 外れた頭部は無造作に、彼の右手にぶら下げられていた。

 少年はおもむろに自分の頭を持ち上げ、首の上に載せた。閉じられていた目が開き、顕になった瞳がギョロギョロと動き始める。

 最後に、向きを調整するように頭を振ると、何故かしとどに濡れた髪から水滴が散った。


 チェリコは目を丸くしてその様子を見つめていたが、やがて言った。

「取り込み中なんだけど」

「これは私の家です」

 抑揚のない声で少年は言った。

「即刻退室し、速やかに消えてください」

「あー……、ここキミの家? そうなんだ。わかった出ていくよ。勝手に入っちゃってごめんね。僕はこの娘に用があるだけなんだ」

 チェリコは両手の平を見せ敵意のないことを示してから、ゆっくりと少女に腕を伸ばす。

 少年、ハーギットは即座に言った。

「そのお方は我が主のもの」

「……何だって?」

「そのお方に触れることを禁じると言っています」

 チェリコはため息を吐く。

「はあーあ、お前もかよ」

 また邪魔者が登場した。

 首が外れる不気味な奴に関わりたくはないが、どうやら争いは避けられない。

「なんでこうも勘違い野郎が多いかね。この娘はうちの師匠のもんなの。お前がどこの誰で、どういうつもりかは知らねえけどさ、こっちはずっと前から予約済みなわけ。さっさとそこ空けてくんない?」

「私がここを通すのは、あなた1人だけです」

 無表情にそう返すハーギットに、チェリコは鬱陶しそうに肩を上げた。

「わかんねえ奴だな。僕は穏便に済まそうとしてやってんだぜ。そもそもお前、どこの使いっ走りだ? うちの師匠の邪魔して済むと思ってんのかよ」

「あなたの素性は知るところではありません。また自分の主について述べる理由もありません」

「あっそ。どのみち、品の良い出じゃないだろうね」

 チェリコは挑発するように鼻を鳴らしたが、ハーギットは眉一つ動かさない。

「最後の警告です。もう一度あなたがそのお方に触れたとき、私はあなたを排除します」

「ふうん、排除されちゃうの。それってさ、たとえば、こんな風に触ったとき?」

 チェリコは親指と人差し指を広げると、眠る娘の鼻をキュッと摘んだ。


 床板の軋む音。

 チェリコのすぐ目の前にハーギットは迫っていた。

 黒スーツの腕が伸び、ローブの胸ぐらが掴まれる。

 ハーギットはもう一方の腕を振るった。チェリコの顔面を目掛けた突きである。

 対するチェリコは相手の拳を両腕で受け、それと共に上半身を捻る。同時に身体を大きく落とすと、ハーギットを背後へ投げ飛ばした。

 力任せに投げられたハーギットは、空中で縦に半回転し壁に着地。衝撃を殺すために曲げた膝をバネのように伸ばすと、目下のチェリコの脳天目掛けて蹴りを放った。

 チェリコはそれを前転で避けると、素早く振り返る。

 同時に彼は深く息を吸い、唇を窄めた。

 レイの頭部に放ったのと同じ、燃える吐息の動作である。

「すうううう」

 頬をパンパンに膨らませたチェリコは、床を踏み抜いたハーギットに狙いを定める。

 そして発射の間際、彼は気が付いた。

 敵のスーツの右袖が、所在投げに揺れている。

 手首から先がない。

 何故だ?

 チェリコは瞬時に記憶を辿る。

 最初からなかった?

 いや、そんな筈はない。

 ローブの胸ぐらを掴まれたのは奴の右手だった。

 では、どこへいった。

 相手は首が外れても平気らしい。ということは、他の部位を自ら切り離すことも可能なのか。

 チェリコは視線を縦横に走らせる。

 直後、彼は口を塞がれた。

 手首だ。

 一人でに動く右手首が、チェリコの顎を正面から鷲掴みにしていた。引き剥がそうにも、凄まじい握力で閉じられる指は一向に剥がすことができない。


「何かを口から吐こうとしましたね」

 ハーギットが冷たい目付きで言った。

「おそらくは、取り込んだ空気と、体内で生成した火気を混ぜ発射する術でしょう」

「うう、うう!」

 チェリコは半狂乱になりながら、どうにかハーギットの手首を口から外そうとする。

「同じような手品を使う三流使い魔は何度か目にしてきました。動作が大きいのですぐにわかります」

 チェリコは口を覆う手首を両拳で殴り付ける。が、やはりびくともしない。

 口内に火気を充満させてからの発射中止。彼にこれは不可能だった。

「んうゔー!」

 くぐもった叫び声を上げたあと、チェリコの両頬が顔の3倍ほどに膨れ上がった。

 直後、小さな爆発音と共に、チェリコの鼻や目、耳の穴から黒煙が吹き出す。

 堪らず彼は、地面に倒れてのたうち回った。

「げえへっ、げへっ! おえぇええ!」

 ようやく手首から解放されたチェリコは、黒いよだれを撒き散らして大きく咳き込んだ。

 白目を剥きながら何かにすがるように手をさまよわせ、よろよろと立ち上がる。

 そして幾度も躓きつつ小屋から外へ転がり出ると、川に向かって一目散に駆け出して行った。

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