閑話 コローネの杞憂
(ハァ…。)
私は今日何度目かのため息を吐く。
協会長としての役割上、私のところには厄介事が回ってくることは多い。
それはいつものことだし、軽微なものは私のところに来る前に差し止められるか処理されている。
つまり私のところまで上がってくるのは、断りづらく、私の判断でしか処理できない案件となる。
貴族や王室絡みの問題はいつも厄介で、無下に断ると自分たちが不利な状況になってしまう。
私一人なら問題はないのだが、私を慕って従いてきてくれた彼女たちに不利益を被らせるわけにはいかない。
しかし今私を悩ませているのは、そういった類のものではなく、ここ数年で最も煩慮な事だ。
きっかけはラミアスからの依頼。
曰く、身元不明の男を拾ったが、自分の手には余りそうなので力を貸してほしい。
こいつとは長い付き合いで、境遇も近いことから二つ返事で了承した。
なによりラミアスからの頼み事は記憶になく、興味もあった。
しかし私は安易に首を突っ込んだことをすぐに後悔することになった。
どうやら件の男は異世界人らしい。
初めはまさかと思ったが、大聖殿のメアリス神官長お墨付きらしい。
メアリス神官長ってあれだろ?
王室とかにも顔が利くこの国の五大権者にも数えられてる人だったよな?
その決定は王家でも覆すことが難しいと言われてるあの人なのか?
ラミアスはゆっくりと頷いた。
(マジなのかよ。)
私は頭を抱える。
異世界人なんて、それこそ数百年前の勇者様以来の話だ。
今の私達が比較的平和に暮らせているのは、過去の勇者様のおかげ。
これはこの世界で生きるものならばそれこそ一般常識よりも浸透している。
国によっては勇者やその関係者を騙っただけで、死罪になるところもあるくらいだ。
これは厄介事レベルの話じゃないな。
一度引き受けてしまったものを撤回なんてしたら、それこそうちの名が廃る。
だけど安易に受けるわけにもいかない。
私は覚悟を決めてラミアスに改めて向き直した。
「ラミアス、ここからは一切の秘事は無しでいこう。
勿論ここでの会話は一切漏らさない。
私は腹を括った。
お前もそのつもりで頼む。」
「あぁ、もちろんだ。
むしろそんな事をしてても話は進まねぇ。
じゃあまず俺から敬意を詳しく話そう。」
そしてラミアスはミカゲコウタについて語り始めた。
「…なるほど。
潜在職がポーターだったのか。
ならばここで見るのが妥当だな。」
「そのとおりだ。
本当は俺が見ようと思ってたんだが、ギルドと協会は数年前に協定を結んでいる。
要らん諍いを作るわけにもいかんからな。」
たしかにその通りだ。
ポーターが不遇職とされ、冒険者パーティーから冷遇されていた時代に、その待遇の改善と有用性を説き、ポーター協定を起ち上げたのは私達なんだ。
そしてそのときパーティーを組むことが多かったラミアスにも多大に世話になった。
早く借りを返したかったが、この男は頑固で一切受け取ろうとせず、終いには雑にしらばっくれる始末だ。
この件で借りが返せるとは思わないが、こいつが困っているなら助けることは当たり前だ。
「話はわかった。
そうだな、悪いが数日の猶予をくれ。
私はこれからメアリス様経由で王家に謁見を申し込む。
事が事だから王には悪いが王子達に伝えよう。
あの二人には面識もあるし、深慮遠謀な方たちだ。
きっと悪いようにはしないだろう。」
「たしかにあのお二人なら安心だな。
王とも適度に距離をおいておられるし、考え方も違う。
逆に王に知られたら国を上げて盛大に発表しそうだしな。
そんなことをすれば他国と亀裂を生みかねん。」
「よし、では私は早速動くとしよう。
時間はいくらあっても足りないだろうからな。
ここには…悪いが4日くらいしてから連れてきてくれ。
その頃には終わっているだろうからな。」
「あぁ、わかった。
手間をかけてすまんな。」
「言うな。
それにお前は当たり前のことをしただけだ。
もしお前が勝手にギルドで育てていたら、それこそうちとそっちの全面戦争だったぞ。」
「たしかにそうかもしれんがな。
まぁ全面戦争だけは勘弁してくれ。
勝つ道筋が見えないし、うちは3日と持たず廃業だ。」
私達は少しだけ昔のように笑い拳を合わせる。
「では4日後に。
変更の場合はこちらから連絡する。」
「おう、その間に少しでもこっちの常識を教えとく。」
それから私はすぐに大聖殿へと向かった。
メアリス神官長はお忙しい方で、御会いできるのがいつになるかで予定が変わってしまう。
受付に身分証とメアリス様への謁見を伝えると、すぐに別の方が案内してくれた。
(手際が良すぎるな。
おそらく読まれていたか。
だが、好都合だ。)
転送柱の前まで来たときに違和感を抱く。
(おかしい、メアリス様に謁見するならこの柱は使わないはず。
一体どこに行くと言うんだ。)
訝しむ私を気にすることもなく、案内人は転送柱を起動させる。
行き着いた先は、季節を越えて花が咲き乱れる、聖殿で働く者はおろか、この国でも一部の者しか入ることを許されていない聖域だった。
(ここは…、階上庭園か!?)
まさかここに連れてこられるとは夢にも思わなかった。
そして庭園の中央にいるのはこの聖殿の三大神官長。
その姿を確認し、思わずひれ伏す。
「こ、この度は急な申出にもお目通りいただき…。」
「コローネさん、堅苦しいのは抜きにしてさっさと本題に入っちゃいましょう。
今回は彼の件よね?」
「は、はい。
冒険者ギルドのギルドマスターとの合議により、ミカゲコウタなる人物について、我がポーター協会にて預かる運びとなりましたのでその御報告と、可能であればキャスラム第一王子及びアルティス第二王子への謁見をお願いしたく…。」
「うーん、たしかにジオラムちゃんにコータ君のことを伝えちゃうと大騒ぎしそうだけど…。
それって大丈夫?」
ジオラムちゃんとは現アルズレーン国王だが、国内広しといえども現国王をジオラムちゃんなどと呼べるのは三大神官長のメアリス様くらいだろう。
メアリス様は4代前から、幼少期の王族教育係を務めていた経歴がある
エルフの中でも深い智慧を有する彼女だからこそ務まる仕事ではあるのだが。
「そのことについては両王子とも相談の上、国王への報告の機を作ろうと思っております。」
「そうね。
わかりました。
それでは神官長が一、メアリスが主神の名の下にコローネの言葉を機密公書に記録いたします。」
そういうとメアリス様は複雑な術式を組んで1枚の羊皮紙を取り出す。
これは一度記載を承認すれば半永久的に効力を発揮する公文書のようなもので、後の改竄は内容によって死罪となる事もある。
「内容はこれでいいかしら?」
メアリス様に見せていただいた内容は5つ。
・異世界人 ミカゲコウタについて今後はポーター協会がその責を預かる。
・異世界 ミカゲコウタに関するすべての情報は、大聖殿の神官長と共有する
・王への報告は両王子との協議後に王子から行う
・今後はミカゲコウタに関わる件は全て特記事項として扱い情報の取り扱いを慎重に行う
残り細々したことはあるが大まかにはこんなところが。
これでサインをすれば証文として保存される。
私とメアリス様がサインをした証文はこの後に王子への謁見の際に使う。
庭園をでた私はメアリス様の自室に通される。
そこで秘書官に王子への玉翰を預かり、礼を伝えて部屋を出る。
(神官長直々の依頼だ。
そんなに長く待たされることはないだろう。)
なにせこの国で神官長に意見できるのはごく限られた者だけだ。
それでいて偉ぶることはなく、常に民の味方をしてくれることから、メアリス様をはじめ神官長は総じて民衆からの人気がある。
さらに歴代の王族の教育係をしていたことで繋がりも強い。
(全く…。
まさか私がこんなことに巻き込まれる事になるなんてな。)
ラミアスの頼みを引き受けたことに後悔はないが、やはり厄介事とは自分の預かり知らぬところでばかり起こるわけだ。
王城へ急ぎながら、大きいため息を一つ。
(問題は中身だな。
せめてまともな者であれば助かるが。)
幼い頃から物語で聞いていた勇者伝説。
世界を救った勇者は心根の優しい好人物として描かれることが多い。
今更疑うことはないが、勇者と同じ世界から来たとされるミカゲコウタなる人物。
会うことに少しの期待と恐怖があるが、果たしてどうなることやら。
王城へとたどり着いた私は、そんな心配を抱えながら門をくぐった。
結果的にそういった杞憂は良くも悪くも大きく裏切られることになったのだが。
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
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