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「もう、やめてくれ」
場違いな静かな声だった
「ぁあ?誰だ、てめぇ」
一瞬叔父も冷静になったのか、拳を下ろし入り口を振り向いた
入り口に佇んでいるのは、先ほど見かけた浮浪者だ
上背があるようで、狭い入り口に背を丸めている
「もう、縛られることはないんだ」
浮浪者はゆっくりとこちらに歩いてくる
「何言ってんだ?他人は黙っとけっ!」
叔父に放り投げられる
叔父は浮浪者に向かって拳を振り上げた
「ずっと苦しかったろう」
浮浪者が叔父を抱きしめた
叔父の拳は目的を失った様に振り上げられたまま固まっていた
「……なにしやがるっ」
我に帰った叔父が焦ったように叫び、浮浪者の腕から逃れようともがく
叔父を逃がさないよう、浮浪者は腕の力を強めたようだ
叔父は足をなんとか動かし浮浪者の足を蹴っているが、びくともしない
「おいっ、離せっ!邪魔するなっ!」
叔父の言葉に返す言葉はない
ただ浮浪者は叔父を抱きしめ沈黙している
しばらくジタバタしていた叔父が、やがて静かになった
どれくらいそうしていただろう
浮浪者が叔父を抱きしめているのを、座り込んで呆けたように見つめていた
「…このオヤジさんを寝かせたいんだが…」
突然浮浪者から声をかけられ、慌てて起き上がる
「こ、こちらへ…」
訳がわからなかったが、とにかくこの家にある唯一のベッドに案内する
「…あの、叔父はどうしてしまったんでしょうか」
浮浪者が静かに叔父をベッドに横たえるのを、斜め後ろから眺めながら口を開いた
浮浪者がこちらを振り返る
「あぁ、長年散り積もってきたしがらみから解放されて、寝ちまったようだ」
回答をもらっても、意味がわからなかった
「このオヤジさんが楽になれば、お前ももう苦しまずにいられるだろうさ」
その言葉に体が思い出したかのように固まった
「邪魔してすまなかったな」
浮浪者はそれだけ言うと家から出て行った
叔父はそのまま朝まで寝ていた
寝顔はあの叔父とは思えないほど穏やかに見えた