契約
黒い斬撃が悪魔を襲う。悪魔は辛うじて心臓を守っていた。剣の発動が間に合ったらしい。しかし、追撃を防ぐことは出来ないだろう。僕は再び狙いを定める。
「待ってくれ。俺様の負けだ。悪かった。お前の実力を見ようと一芝居打っていたのだ。」
馬鹿な悪魔だ。僕が自分の手に負えないような相手を、個人的な用件で呼び出すはずがないだろう。彼はあくまで保険であって、制御出来る程度の存在に過ぎない。
「実力は合格でしょうか。如何でしょう。僕と契約して頂けますか。」
僕は傷を拭った。悪魔の方が重傷だったのに回復が早い。僕は人間の血が混じっている分治りが遅い。
「嗚呼、無論だ。手始めにあの天使を屠ろうか。」
「いえ、彼女が死んでも別の天使が派遣されてくるだけでしょうから。取り敢えず家にいない間、安全を保障して頂けるだけで充分です。」
「その子の名前は。」
「水野紗里です。先程の三人のうち、天使でも、貴方様を呼び出した少女でもない方です。」
「お前の名前は。」
「嗚呼、僕は名前を付けて貰えなかったもので…。成人してから誰かと関わることもなかったので、名無しのままです。死神とかハーフとか呼ばれますね。」
「まあ死神でいいか。契約に支障はない。」
僕は契約を済ませて帰宅した。疲れた。悪魔と契約などするものではない。
「あの悪魔を召喚したの、死神でしょう。」
「勿論。これから学校では彼が君を守ってくれるから。僕は少し休むね。」
「怪我してるじゃない!何で私のためにここまでしてくれるの。」
大袈裟だなあ。どうせ僕は滅多なことで死なないんだ。気にしなくてもいいのに。人間の基準だと大怪我かもしれないけど。
死神はいつでも私のことを第一に考えてくれる。その姿は見ていて痛々しい。私も無事に成人したら死神のために尽くそう。
「君が成人してくれたら僕にとって初めての話し相手になるんだ。それが楽しみだから頑張れるのさ。気に病まないで。あまり優しすぎると死神になってから苦労するよ。」
死神は笑った。それでも私の心は晴れなかった。
死神は疲れすぎて頭が回らないのか、私のベッドで横になった。困ったな。私も休みたいのに。こう見ると綺麗な人だな。黒い猫っ毛、睫毛は長く、鼻筋がスッと通っていて、手足はすらりと長い。指は長くしなやかに動く。黒い翼は身長くらい大きい。成人した時に死神になって成長が止まっているので、この十七年間ずっとこの姿だ。
床で寝ようかな。カーペットが敷いてあるから眠れないこともない。硬い感触で中々寝付けなかったが、次第に深い眠りに落ちていった。