居眠りと遅刻
「そんなに吠えないでよ…。」
僕は犬の声を無視して、清麗高校の二年二組を目指して大急ぎで飛んでいた。窓をすり抜けて中に入ると、ある女子生徒の所に一目散に駆け寄る。
「起きてよ、紗里。」
紗里は机に突っ伏して居眠りを続けている。時間がないというのに、困った子だ。僕は大声を張り上げる。
「紗里!」
紗里は『うわっ』と叫んで机から飛び起きた。周囲のクラスメートがクスクスと笑っている。
「どうした―。変な夢でも見たかぁ。」
先生は気にも留めない様子だ。
「すみません。」
紗里は顔を赤らめながらノートに書きなぐる。
『学校では話し掛けるなって言ったでしょ。馬鹿死神。』
「緊急事態だ。いつもの教えは覚えているね。」
紗里は筆箱の裏にあるメモを取り出す。
『変なものが見えても無視する。低級霊を見ても祓わない。』
「今日はそれを特に守って。いいね…。」
僕はハッとして廊下を見た。来る。急いで逃げないと。顔を見られたらお仕舞いだ。僕はすぐに窓から飛び出した。
「こんにちは!」
教室の扉を勢いよく開けて入ってきたのは黒い長髪を背中まで垂らしている綺麗な少女だった。大きい眼がキラキラ輝いている。私の苦手なタイプだ、と紗里は思った。
「もしかして、天明翼さんかな。貴方の登校は明日からのはずだけど…。」
「え!そうなんですか。ごめんなさい。間違えました。」
嘘っぽい。死神が慌てて会いに来たのはこの子が来るから?視える子なのか、それとも何かに憑りつかれているのか。憑いているようには見えないけどなぁ。
「まあ折角来たから見学していきなさい。丁度あと五分で昼休みだ。」
「すみません。寝坊しました!」
次にやってきたのは少年のように短い髪をした女の子、黒木翔。私の数少ない友人の一人だ。私は翔の様子を見て驚いた。何をしたのか、背中に悪いものが憑いている。かなり危険な状態だ。禍々しい気配だ。どす黒くて濃い靄が出ている。無数の目玉が周囲を見渡している。