托卵
この話は短編、『救い』と同じ世界観の作品になります。『救い』のネタバレになりますので、そちらを読んでからお読み頂けるとより楽しめると思います。
僕は大勢の同胞に取り囲まれてリンチにされている死神を見つけると、その傍らに降り立った。消滅しかけている。僕は生まれて初めて激しい怒りを覚えた。鎌を取り出すと静かに尋ねる。
「彼をこんな目に遭わせたのは貴方たちですか。赤子とその母親は何処にやったのですか。」
「何だ、お前。見ない顔だな。そいつはタブーを犯したんだ。庇えばお前も同罪だぞ。さっさとそこをどけ。」
まだ生きているはずだ。きっと彼はこいつらを足止めして二人を逃がしたに違いない。せめてその二人は助け出そう。
僕は翼を羽ばたかせ、上空に飛び上がる。人間の足ではそう遠くまで逃げられないはずだ。僕が先に見つけないと。狭い路地を、息を切らして走っている女性を見つけた。何か抱えている。その近くには死神たち。間に合ってくれ。僕は祈るような思いで急降下した。
「止めろ!」
僕は叫んで鎌を振り下ろすが、相手の方が早かった。女性の魂が身体から離れる。僕は唇を噛むと、赤子を彼女の手から奪い取る。まだ生きている。
「信じられない。そんな半端者を助けるために純血の仲間を殺したのか。何を考えているんだ。自分のしたことが分かっているのか。」
死神の一人が僕に向かって怒鳴る。
「ごめんなさい。顔を見られた以上貴方がたも生かしておくわけにはいきません。」
僕の正体に気付いた一人が一目散に逃げだした。一人として逃がす訳にはいかない。僕は鎌に少しだけ自分の血を吸わせ、大きく振った。防御しようとする者や、空中に逃げようとする者もいたが、僕の鎌から生じた衝撃波は全員を消滅させた。
僕は急いでリンチにされていた死神の所に戻る。まだ消滅してはいなかった。
「あの女の人は助けられなかったけど、子どもは此処にいるよ。しっかりして。」
「今度こそ…お別れのようだ。最期に…頼みがある。」
「何?」
「この子が成人するまで…君に護って…欲しい。」
僕は言い淀んだ。助けはしたけど、両親がいなくてはこの子が無事に成人することは殆どあり得ない。下手に手を出したら僕も危ない。ただでさえ追われる身だというのに。
「お前はまさか『ハーフ』か。だからそんなに強いんだな。」
まだ一人生きていたようだ。僕は振り返りもせずに鎌を振ると、ニッコリと笑って言った。
「分かった。約束するよ。この子は僕が育てる。」
彼は安心したように目を瞑ると、そのまま消えた。不意に赤子が泣き出した。僕は慣れない手つきであやす。さて、暫く忙しくなるぞ。まずはこの子の親戚に事情を説明しなくては。僕は鎌と翼を仕舞って歩き出した。