表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/21

ふたつめの話 1



 我輩は竜である。

 名前などつけてもらえるとは思っていない。


 一方的な誤解によって我輩の在り方を決め付けられるのは、流石に勘弁して欲しいとは思うけれど。





 新天地を求めて生まれた場所から離れることになった我輩だが、そうなってしまったことも自然な流れによって生じた結果であると受け入れて、ある場所をひとまずの居所として定めることにした。


 そこは山の中にある大きな洞穴だった。


 この地域一帯は日射しが強いらしく、身体に刺さるような刺激があって外にいるのが辛く感じられたので、陰の多いところを探し求めて見つけた場所だった。


 ……湿気が少々多いところは、玉に瑕と言えるかもしれないが。


 外気の暑さを思えば、陰によってほどよくひんやりと冷えている穴の中は過ごしやすいと言えたから、落ち着くのも悪くないだろうと思ったのだ。


 ……ただ、たまには外の光を浴びたいと思うことはある。


 だから、思い出したように外に出ることはあった。


 穴の中で冷えた身体が陽光によってほどよい温かさに戻るまでに得られる感覚は、かつて居た森の中でまどろんでいたときと同様に、我輩にこの上ないほどの幸福を実感させてくれたものだ。


 ――しかし、その幸せも長くは続かなかった。


 契機が訪れたのは、我輩がこの場所に居座るようになってから随分と時間が経った日のことであった。


 我輩が過ごす洞穴がにわかに騒がしくなってきたので目を開いてみたら、 


「どうかこれで、我々を見逃していただきたい」


 ぞろぞろと集団でやってきた人間たちが居て。

 集団の先頭に立っていたひとりがそんなことを言ってきたのである。


 我輩は突然やってきて何を言い出すのかと困惑した。

 反応できなかった。


 声をかけてきた人間はそうして生まれた沈黙を促しとでも受け取ったのか、言葉を続けた。


「この者は我らの村でもとびきりいい女です。

 ……我々にはこれ以上のものは差し出せないが、どうかこれで、お目溢しをいただきたい」


 そこまで言われれば、困惑しきりで空白に近い状態になっていた我輩の頭でも、今どういう状況であるのかが理解できた。


 ……なるほど、これは生贄というやつであるな?


「貴方様が度々空を飛んで回っては、獲物を見つけようとする姿を見てきました」


 誤解も甚だしかった。


 いやまあ確かに空を飛び回っていたけども。

 それはただの日光浴であって、決して獲物を探していたわけではなかった。


 人間はどうしてこう極端な誤解をするのだろうか。


「我々は貴方の敵にはならない。なれない。

 その意志を示す証拠を、どうか受け取っていただきたい」


 少しでも道理を弁えて考える頭があれば、要求していないものを寄越すということが失礼にあたるということに思い至ると思うのだが。


 どうやらこの近くに住む人間たちの中に、そういう結論に至る者はいなかったようである。


 ……しかし、これはまずいのではなかろうか。


 我輩は外敵に生贄を差し出して穏便に事を済ませようとする判断を、ありえないと否定するほど狭量ではないつもりである。


 ……認識や納得の度合いに差はあるかもしれんが。

   当事者同士が取り決めたことであれば外野が口を挟むことではないからだ。


 それは興味がないだけだと言い換えても差し支えなかったけれど。


 なるつもりもなかった、その当事者という立場になりそうだというのであれば話は別だった。


 そのような関係を持ちかけてきたのがたとえ人間の側であったとしても、その話を聞き及んだ同類がその状況を嫌悪して過剰な反応を示す生き物であると、よく理解していたからである。


『――――』


 このままではまずいという思いが動きを作った。


 我輩からしてみれば仕舞いこんでいたヒトガタを取り出すためのわずかな身じろぎだったが、こちらの反応に過敏となっていた人間たちにとっては、とてつもなく恐ろしい行動に見えたようだ。


「で、ではこれで失礼させていただきます。

 なにとぞ、なにとぞ、こちらの思いをご理解いただきたい――」


 そう言い残して、突然現れた人間の集団は、一人だけをこの場に残して一目散に逃げ出していった。


 ……薄情であるなぁ。


 散り散りに遠ざかっていく多くの背中を呆然と見送りながら、そんな言葉を思った。


 それらが見えなくなった頃になって、視線を洞穴の入り口から身近なところで悄然と立ち尽くす一人の女に戻した。


 ……さて、これはどうするのが正解なのであろうな。


 相変わらず人間は面倒事しか持ってこないなと、思わずため息が口から漏れていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ