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第八話 アンブロース牧場

 ビンスさんの提案の後、村の中から主だった男手が出て来て夜中に見回りをする事になった。

 16歳以上の男が、ライフルを持って4人一組になって村の外周部、特に牛小屋の周辺を重点的に見回る。

 取り敢えず一晩に5組が歩き回り、何か有れば鐘を鳴らして男達を呼び集めて牛泥棒を撃退すると言う手筈だ。

 俺は銃の腕と夜中の物見の腕を買われて参加し、若く未熟なグループの中に入れられて戦力の補強に使われた。

 俺が初めて見回りに立ったのはビンスさんから話が有った四日後の事だ。


「なあトーゴ」


「何だ?」


「お前、ビンスさんの姪と見合いするってのは本当か?」


 尋ねてきたのはお馴染み周りのグループの一人、ロバート・メイスと言う男だ。

 歳は俺よりも若い17歳で、薄い茶髪の少し軽薄な感じの若者だ。

 彼は目立つ事が好きで、更に言えば色事にも目がなくて、この村を含めた地域一帯で女の子に手を出して浮名を馳せている。


「・・・」


「どうなんだ?」


「まあ・・・本当か?」


 この前ビンスさんが見合いをどうかと聞いてきたのが尾鰭を付けたのだろう。

 完全に嘘と言うわけでも無く、かと言って本当の事と言う訳でも無い。

 そんな風に適当に返すと、ロバートだけで無く他の二人も話しに食い付いてきた。


「本当か!?」


「マジかよ・・・」


「やるじゃねぇかトーゴ」


 今は見回りの最中で、何も無いまま2時間が経過した所為で三人ともすっかり緊張感を失っているようだ。


「ん、なあ」


「ん?」


「その・・・」


「なんだ」


 さっきからどもっていて要領を得ないのはグループ最年少のブルック・カーンと言う少年だ。

 歳は16、少し気弱で自主性に欠ける少年だ。

 だが、この中では一番金持で、家が大地主なのだ。


「ミカエラと結婚するの?」


 ミカエラと言うのは、さっきロバートが言っていたビンスさんの姪の女の子の事で、歳はブルックと同じ16歳だ。

 どうやら、この様子からするとブルックはミカエラちゃんに秘めた想いが有る様だ。


「いや、そのつもりは無い。と言うか、見合いはしてないしな」


「え!?でも、さっき・・・」


「ビンスさんに見合いを勧められただけだ」


「そ、そうなんだ・・・」


「・・・」


 小柄な赤毛の少年は、秘めた想いが今だ潰えていないと言う事に胸を撫で下ろしている。


「何で断ったんだ?かなりいい話だろうに」


 そう言ってきたのは四人組の最後の一人、ジム・ホッパーだ。

 18歳の濃い茶髪の大柄な体付きの年長者で、この中では一番落ち着いている。

 既に結婚していて、小さいながら自分の家で自分の畑で作物を作って暮らしている。


「そうだよな。ミカエラちゃんと結婚すればビンスさんと親戚になって、しかも本人も美人だしな・・・なんで断ったんだ?」


 何でも何も、ただ単に結婚するつもりが無かっただけだ。

 まだ18なのに結婚というのは早すぎると思うし、第一、相手のミカエラちゃんとは2回くらいしか有った事がない。

 その時も余り話しとかしなかったし、確かに可愛かったのは覚えているが、何となく性格がキツそうな感じで、正直に言えば第一印象は苦手だ。

 何方かと言うとおっとりとした感じの優しそうな人の方が好みだ。


「・・・結婚はまだ早いと思って」


「ああ~・・・まあ、そうか・・・」


「ん~早すぎる事は無い気がするが・・・うん、まあ、早いか」


「・・・」


 あからさまに安心するブルックに、完全に俺の年齢を勘違いして納得しているロバートとジム。

 と言うか、ブルックの話し方の感じからして、多分俺はこの中で最年少だと思われているのでは無いか。

 良く、海外旅行する日本人が童顔に見えて実年齢よりも若く見られたり、子供扱いされると言った話しを聞くが、どうやら異世界でも同じ様な扱いのようだ。

 こう言う扱いを受けるのは、人種的に童顔に見られていると言うのもあるかも知れないが、しかし、単純に身長の問題もありそうだ。

 と言うのも、俺の身長は170cm丁度なのだが、一個下のロバートが俺よりも拳1個分ほど背が高く、ジムに至っては頭1個以上背が高い。

 小柄なブルックは、それでも俺より3cm程小さい程度で、年齢を考えるとこの後追い越される可能性が高い。

 女の人達と比べても、俺と同じくらいの人はゴロゴロしているし、何なら俺よりも背の高い人も結構見掛ける。

 身長もそうだが、もっと根本的に骨格の違いも大きい。

 ブルックは俺よりも僅かにとは言え身長が低いが、肩幅は同じか僅かに広く、腕の骨なんかも俺よりも太い。

 ロバートとジムは身体の厚みも大分違っていて、基礎的な筋肉量が余りにも差が大きい。

 基本的に身体のパーツの一つ一つが大きいのだ。

 御陰で偶に村で会う年下の女の子に子供扱いされたり、揶揄われたりもする。


「それよりも、そろそろ気を引き締めよう」


 俺達は歩きながら全部で5箇所の村の主立った牛舎を回っている。

 移動中の無駄話くらいはと思って余り過敏にはしなかったが、そろそろ次の見回りの地点に着く。


「次って・・・何処だっけ?」


 ロバートが俺に向かって尋ねてくる。

 俺は前を向いて歩きながら応えた。


「次はアンブロースさんの牧場だ。今の所被害を受けていない唯一の牧場だ」


「リドリーのオッサンのところか」


 リドリー・アンブロースさんの牧場には全部で30頭の乳牛が居て、5箇所の牛舎の中で一番小さいが、乳牛専業なのはリドリーさんの牧場だけだ。

 因みに、リドリーさんの奥さんがロバートの父親の妹で、ロバートにとってはリドリーさんは本当に叔父にあたる


「・・・」


 牧場に近づいた頃、三人が押し黙った。

 何だかんだと言って、この三人も今回の事には真面目に取り組んでいるし、ブルックに限らず、ロバートとジムも緊張しているのだ。

 一番の年下だと思っている俺の言う事に素直に従って、文句も言わずに指揮下に入って、しまいには指示を仰いでいると言うのは、やはりそれだけ余裕が無いと言う事だろうか。

 スムーズに進む分、三人の姿勢は非常に助かるが、やはり個人的には誰か頼り甲斐の有る人にリーダーをやって貰いたかった。


「・・・なあ」


 ロバートが小さい声で俺の服の裾を引きながら声を掛けてきた。


「・・・如何した?」


 俺はその雰囲気を察して同じく小声で応じる。


「あれ・・・あっちの林」


 ロバートに言われるままに俺は林の方を見た。

 真っ暗闇の更に暗い黒の林の奥、何を見付けたのかと思って目を凝らすと、微かな光の揺らめきが見えた。


「煙草だな・・・」


「あんなところで・・・?」


 俺の呟いた言葉にブルックが疑問の言葉を掛ける。


「あんなところで煙草だ・・・真面な奴だと思うか?」


 ジムがブルックに言った。


「如何する?」


 尋ねられて俺は考える。

 こんな夜更けに林の中で煙草を吸うのは、何とも妖しい。

 だが、あの煙草の主が牛泥棒だと言う確証は無く。

 何らかに理由で別の人が煙草を吸っていると言う可能性も否定は出来ない。


「慎重に行く。先ずブルックはビンスさんの所に行って状況を伝えて欲しい。取り敢えず1チームくらい回すよう言ってくれ」


「う、うん」


「ジムはリドリーさんの家に向かってくれ。成るべく静かにして、騒がないようにリドリーさんに状況を伝えて、出来ればリドリーさんと他に男手が居れば連れてきて」


「分かった」


「ロバートは俺と来てくれ。このまま牛舎の方に行って林の方を観察する。銃は直ぐに撃てる様に、でも、俺が撃てと言うまでは撃つな」


「ああ・・・」


 ロバートの返事に覇気が無い。

 その事が少し気に掛かったのだが、しかし、今は猶予は無い。

 各自行動に移らせて、俺は少し惚け気味のロバートを連れて牛舎の方へと移動する。

 牛舎からの各方向の位置は、先ず背後の西側にリドリーさんの家が有り、ブルックの向かったビンスさんの家は北に有る。

 問題の林は牛舎から見て東にあり、林と牛舎の間には柵で囲まれた放牧場が広がる。


「・・・」


 ゆっくりと、慎重に牛舎の中に入る。

 ここに来るまでに松明などの灯りは使わず、今の内に夜目に慣らす。

 相手はかなり強引な手口を使うと言う情報も入っていて、此方の存在を知らせて威嚇するよりも、此方の人数を隠して不意討ちを狙った方が良いと判断した。

 牛舎の中では牛たちが寝静まっていて、俺とロバートは灯りのない暗闇の中、漸く慣れてきた眼を頼りに放牧場の方へと脚を勧める。


「なあ・・・」


「何だ」


「どうすりゃ良いんだ・・・」


 あからさまにロバートは不安そうにしている。

 正直言えば俺も不安で仕方が無いのだが、ここで俺まで浮き足立つとどうしようも無い。

 俺は押し潰されそうなのを堪えて言った。


「牛を護る。それだけだ」


「!」


 放牧場に繋がる扉の前に着いた。

 ここまでは不審者の気配は感じられず、取り敢えず胸を撫で下ろす。


「外を見るぞ」


 そう言って、俺は放牧場へ牛を出すための扉をゆっくりと僅かに開けて。林の方へと目を凝らした。


「ッチ!」


 思わず舌打ちする俺に、ロバートは少し驚いた様子で、何事かと尋ねてくる。


「如何したんだ?」


「灯りが見える」


「え?」


「煙草の火が4つ・・・それと松明が3つだ」


 距離は直線で約300m程だろう。

 林と草原の狭間の辺りに松明の灯りが浮かんでいた。


「人数は・・・」


 更に目を凝らして、松明周辺の暗闇を見詰めた。

 煙草を吸っているのが4人として、更に松明を持つのが3人、そしてそれ以外に松明の側に居るのが全部で5人までは数えられた。

 合計で12人。

 その結果をロバートに伝えると、彼はこの暗闇でも分かるほどに顔色を真っ青に染めて、身体を震わせる。


「ど、どうするんだ?」


「取り敢えず、アレが牛泥棒なのは分かった」


 努めて冷静に応えつつ、俺は既に弾を装填してあるライフルを構えた。


「・・・」


「おい」


 ロバートが俺の行動を見て声を出す。

 そんなロバートを無視して、俺は一番先頭で松明を持つ男の側の男に狙いを付ける。

 深く息を吸った。

 俺はコレから人を撃つ。

 出来れば、と言うか積極的にそんな事はしたくない。

 今すぐにでも銃を放り出して、ここに居る牛を全てくれてやりたいと言う気持がある。

 だが、それでも俺は銃を構えた。

 そして覚悟を決める。


「・・・今から俺は人を殺す」


「トーゴ・・・」


「・・・っ」


 鹿を撃つときとは比べ物にならないほどに緊張する。

 しかし、不思議と手足は震えず。

 そして、こんな時に限って、遠くの牛泥棒の姿が良く見えて、狙いも澄んでいた。

 何よりも、重いはずの引き金が軽かった。

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