第七話 牛泥棒
「トーゴ!」
鹿を仕留めた日から2週間、厩の掃除をしていたところにウィリアムさんから声が掛かった。
丁度最後の寝床に藁を敷いたところで、キリが良かったのもあって、俺は手早く道具をかたづけて外に出る。
手拭いで汗を拭いながら家の方に行くと、ウィリアムさんとその他に数人の近所の男が集まっているのが見えた。
「やあ、ビンスさん。それに他の方々もお疲れ様です」
近づいた先に先日話したばかりのビンスさんが居た。
俺が話しかけると、ビンスさんも笑顔で応じてくれる。
「おう、この前は随分立派なのを仕留めたそうじゃねぇか。流石だな」
俺が大物の牡鹿を仕留めた事は、この辺りに随分と広まっている。
何でもウィリアムさんが大喜びで、酔っ払いがてらに言いふらしてしまったらしい。
御陰でここ最近は会う人会う人、皆同じ事を言ってくる。
娯楽や話題の少ない辺境では、こう言った武勇伝は住民にとって大きな楽しみの一つであるらしく、更に言うと、生活の上で重要な狩りの腕が良いと言うのは、かなり自慢になるらしい。
「どうだ?トーゴ、うちの姪に可愛い子が居てなぁ」
こう言う風に、割と見合い話やらが舞い込んできたりする。
「いえ、大変光栄ですけど、まだ結婚には早いと思ってまして」
「・・・そうか、まあ、そうだな」
まだ早いと言うと、大概は直ぐに納得して引き下がってくれる。
どうやら、俺はかなり若く見られているらしく。
以前に街に出た時にはあからさまに子供扱いされた。
実際、俺の年齢はもう18なので、同い年で結婚して子供が居るのも珍しくない。
ウィリアムさんも俺が年齢を言うまでは14歳くらいだと思っていたらしく、その時はかなりビックリしていた。
「まあまあ、今は別の話だ。そうだろ?」
ウィリアムさんが話しを本題に移させる。
雰囲気から察するに、今回の話し合いの主催はビンスさんの様で、ビンスさんもウィリアムさんに言われると佇まいを直した。
「・・・最近の牛泥棒の事なんだ」
一週間前にもビンスさんが言っていた。
どうやら今回はかなり本腰を入れて対応をするようだ。
「もうみんなも知っての通りなんだが・・・牛泥棒の被害が広がってやがる」
「・・・」
「うちの牧場ではもう15頭もやられた。他の所でもそうだ」
数人の男がビンスさんのと動揺の被害を受けているのか、頷きながら話しを聞いている。
「トーゴは知ってるだろうが、うちの牧場では大量の銃を買って、奴等に目に物を見せてやろうとしたんだが・・・」
ここでビンスさんが一旦句切る。
それから、神妙に非常に口惜しそうにして、重々しく口を開く。
「失敗しちまった」
「・・・と言うと?」
「連中、ただの食い詰めたアホかと思ってたらそんな事はねぇ。大人数でいやがって、今までのはただの小手調べだった」
ビンスさんが言うには、牛泥棒は少なくとも30人程いて、しかも、ライフルなどで重武装しており、更には戦闘慣れしているのと動きから元軍人がいるとの事だ。
「元軍人か・・・」
ウィリアムさんが少し寂しそうに呟いた。
「もう一度街に行って衛兵の詰め所に行ったんだが、彼奴らときたら・・・」
どうやらまた断られたらしい。
ビンスさんは額に大きな青筋を浮かべて身体を戦慄かせている。
ふと見るとウィリアムさんの手も強く握り込まれていて、震えながら血管がはち切れんばかりに浮き出している。
「これ以上連中を野放しにはしておけない。衛兵も役に立たない。となれば・・・」
ビンスさんの言葉に男達が一斉に頷いた。
この段階になると、如何してこんな重要な話し合いの場に俺が呼び出されたのかが分かる。
額に嫌な汗を書き始めたところにビンスさんが俺の方を見た。
「で、だ・・・」
「はい・・・」
「ウィリアム爺さんが頼りになるのは勿論なんだが、それでも人手不足でよぉ」
「はい」
「正直、お前みてぇな子供までと思うとアレなんだが・・・背に腹は代えられねぇってんで、お前にも参加して貰いてぇんだが・・・どうだ?」
男衆が俺の事を見詰めてくる。
コレは断る事は出来ない。
「分かりました・・・」
俺は力無く頷いて了承の言葉を吐き出した。
「やってくれるか!そうかそうか!・・・いや、お前ならやってくれると思ってたぜ!」
そう言ってビンスさんは笑いながら俺の肩を叩いた。
力強く大きな手で叩かれると肩がジクジクと痛む。
それからビンスさん達男衆は、今夜から見回りを始めると言い残して去って行った。
「・・・はあ」
思わず溜息を吐いてしまう。
「如何したトーゴ」
ウィリアムさんが溜息を吐いた俺に声を掛けてきた。
「いえ・・・」
「不安か?」
「・・・はい」
狩りの腕が良い。
銃の扱いが上手い。
そう言われるのは素直に嬉しいのだが、あくまでも的中てや動物を相手にした射撃しかしたことが無く。
動物の命を奪うのですら、未だに少し躊躇うのに、まさか人に目掛けて銃を構える日が来るとは思わなかった。
出来れば一生来て欲しくなかった。
「・・・」
「俺にもそんな時があった」
ウィリアムさんが話しを始める。
隣り合って同じ方向を向いたままで話し続ける。
俺は、何となくウィリアムさんの方には視線を向けずに耳だけで聞き続けた。
「アレは・・・そうだ。18の頃だな、今のお前と同じ歳だ」
「・・・」
「丁度、軍隊に入って二ヶ月くらいの頃に戦争があったんだ。帝国の南側の蛮族が攻め込んできたんだ。それで南部の駐屯地にいた俺達が戦ったんだ」
「勝ったんですか?」
「・・・いや、負けた」
少しウィリアムさんの声が沈む。
「駐屯地にいた33連隊は壊滅。俺は這々の体でほんの少しの仲間と逃げてな・・・その時だった」
今度はウィリアムさんの声が鋭さを持った。
昔の事を思い出しながら話すウィリアムさんは、一拍置いて続ける。
「もう少しで味方の所にって所で敵の騎兵に追い付かれてな。俺は無我夢中で突っ込んできた騎兵の槍を掴んだんだ」
「槍を?」
少し信じられない話しだ。
だが、嘘を言っている様には聞こえない。
「槍を掴んだら敵の兵士が馬から落ちて・・・それで」
「その槍で刺したんですか?」
「・・・ああ」
恐らく銃で撃つのとは全く違うだろう。
そんな風に思う俺の考えを肯定するかのように、ウィリアムさんは両掌を見詰めた。
「未だに忘れられんよ」
「・・・」
「慣れちゃいけない」
「え?」
「人を殺すのを肯定してはいけない。生き物の命を奪う事になれてはいけない。常に自分の犯した事を肩に担って、一生背負いながら生きていくんだ」
「・・・」
ウィリアムさんの言う事が俺の胸に重く響いて、俺も掌を見詰めた。
ウィリアムさんに比べれば小さくて、薄っぺらで、傷も皺も少ない僅かな豆の痕があるだけの未熟者の掌がそこに有った。
「何で人を殺さなければいけないんでしょうか」
そんな言葉が自然と口を吐いた。
人を殺さなくても生きてはいけないものか、そんな思いが漏れ出てしまったのだ。
「そうさな・・・そうできれば幸せだ」
「・・・はい」
「だがな、そうしなければいけない時もあるんだ」
「・・・そうですか」
「悲しい事だがな」
「そうですね」
ふと、俺は気になった事を尋ねる。
「何で軍隊に入ったんですか?」
俺に尋ねられたウィリアムさんは、意外でも何でも無さそうに、予想通りだと言うように答える。
「故郷のため、国のため、家族のため・・・そんな所だな」
「・・・」
「お前にも何時か分かる時が来る。大事な人のために何でもする。どんな事でもする。そんな風に思って、そのまま突っ走る時が来る。何れ分かる」
その言葉が、ウィリアムさんの言葉の意味が今の俺には良く分からない。
そんな俺の心境を読み取ったウィリアムさんは笑いながら背中を叩いて家へと入って行く。
俺は少しモヤモヤしたものを感じながら後に続いた。