第六話 郷愁
血抜きをする間、ショウニーと話しをした。
彼はここから北の方に行った先の荒野の集落で暮らしているそうで、今日は偶々この辺りの方にきていたそうだ。
此方に来る事は滅多に無いそうで、鹿を狩ると言う事も余り無いらしい。
普段の狩りは数人で大きな野生の牛を狩るらしく、彼曰く、アレほどに生命力の活発な生き物は居ないとの事だ。
「しかし、本当に良いのか半分も受け取って」
「良いよ。どうせ持ち帰れないし、食い切れもしないだろうし。腐らせてしまったらこの鹿に申し訳が立たない」
「そうか・・・」
ショウニーはしたたり落ちる血液を見詰めながら確認してきた。
何度も良いと言っているのに、心配性なのか、しつこい位に聞いてくる。
「・・・お前は恐ろしくは無いのか?」
「何がだ?」
「私のこの姿だ。初めて見る者は大概は恐れるものだが」
確かに、ショウニーの容姿は恐ろしい物だ。
見上げる様な大きな身体の眼光の鋭い二足歩行の狼など、夜中に不意に見たら腰を抜かしてしまうだろう。
「怖いけど、怖がるほどじゃない。最初の時にアンタが無言で近付いてきてたら怖かったかも知れないが、アンタはそうしなかった」
「・・・」
「多分、アンタは今までに会った他の人達に恐がられてきたんだろう。だから、恐がられない様にした。それは理性の有る物のする事で、他人を傷付ける物のする事じゃ無い」
「・・・そうか」
話してみると案外と馴染みやすい気がする。
思慮深いし、相手の事を良く気遣っているし、礼儀正しい。
何となくコッチの人達よりも日本人と話しているのと近しい感じがして、個人的には話しやすくて落ち着く。
「ありがとう」
ショウニーは小さく礼を口にして、それから俺達は地面に座り込んで滴り落ちる血を眺め、そうして話している間に血抜きも終わり、今度は腹を割いて内臓を取り出す。
内臓は穴を掘って埋めて供養し、内臓を取り出した鹿を今度は沢で洗って、汚れと残っていた血を流す。
「本当は流水で2時間くらい血抜きすればベストなんだけど」
「難しいな・・・」
生憎ここの沢では難しい。
流れが緩やかすぎて、更に言えば水位ももう少し足りない感じだ。
「少し血生臭いかも知れない・・・大丈夫か?」
「気にしない」
「そうか」
「日も傾いてきた・・・私は大丈夫だが、トーゴはどうだ?」
ショウニーの言う通り、空に輝く太陽が西に傾いている。
もう少し経てば地平線が赤く燃える頃だろう。
「暗くなると確かに拙いな」
早いところ解体を済ませて帰る事にした。
洗った鹿を引き上げた後、肉と皮の間にナイフの刃を入れて、慎重に皮を剥がす。
皮を剥がせば今度は首を落として、それから各部位毎に切り分ける。
コレだけ大きな獲物となると、皮を剥ぐだけでも非常な重労働で、本当にショウニーがいてくれて助かる。
「こりゃ三枚下ろしだな」
「三枚下ろし?」
呟いた言葉をショウニーが拾って尋ねる。
「魚の下ろし方だよ。こう・・・背骨に添って両側の肋を外して、それで左右両側の身に別けるんだよ」
「魚は余り食わんな。そんなやり方があるのも知らない」
話しながらも、俺とショウニーは協力して背骨から右半身を切り離していく。
半分に切り分けるだけなのだから、本当に三枚下ろしにするわけでは無く、今回はライカンと山分けなので更に細かい解体はそれぞれ持ち帰ってからにする事とにした。
俺は右半身と毛皮と角を持ち帰る事になり、ショウニーは背骨を含む左半身を持ち帰る。
「ありがとう」
「いや、肉を貰ったんだ。当然の事」
一人で持って行くにはまだまだ大きく重い鹿の肉をショウニーが森の外の馬を繋いだ所まで運んで送ってくれた。
馬に毛皮で包んだ右半身を載せて、その上に立派な角を縛り付ける。
「じゃあ、そろそろ遅くなりそうだし、俺は帰るよ」
「ああ、気を付けて。肉の事は感謝する」
最後に握手をした俺はそこでショウニーと別れた。
特に分かれを惜しむとか、そう言う事は一切無く。
ショウニーの方も俺が離れると直ぐに、自分の分を担いで森の中へと消えていったのが気配で感じられる。
「それにしても大物だ」
半分に分けてもこの大きさだ。
馬も若干くたびれた様な仕草を見せる。
「・・・」
帰りがけ、馬の背に揺られながら夕陽を眺める俺は、先程会ったライカンの事を思いだしていた。
ああ言うのを見ると、ここが本当に日本では無い。
地球ですら無いと言う事が良く分かって、そうすると、僅かな希望が絶たれた様な気になる。
「本当に異世界なんだな・・・」
太陽の数は同じ。
月の数も変わらず一つ。
空は蒼く夜は黒い。
「・・・」
西を見れば太陽は赤々として地平線の向こう側へと沈みつつある。
東の空を見上げると、底には既に闇を伴った青い月が昇り始めている。
誰もいなくて、何事も興らないのなら、ここは地球と何も変わらない。
だが、地球では無い。
俺はカーター夫妻に拾われて、その御陰で俺は孤独では無い。
しかし、だからと言って、俺がこの世界に独りなのは変わらない。
家族も居ない。
友人達も居ない。
俺と所縁のある人は一人として存在しない。
「帰りたい」
俺は一人、誰も居ない道を馬に揺られて進んだ。