相対的チョコレート理論
二月十四日――バレンタインデー。赤井達也の目の前には可愛くラッピングされた多種多様なチョコレートが並べられていた。しかし彼の表情に喜びの色は微塵もなかった。それどころか眉をひそめ、しかめっ面を浮かべていた。
「これは俺に対する当てつけか!?」
達也はたくさんのチョコレートが乗った、自室のミニテーブルを挟んで向かい側に座る遠野久志に対して怒鳴った。
「いや、今年もたくさんもらったからお裾分けしようかなって思って持ってきたんだ。それに僕は甘い物が嫌いってわけじゃないけど苦手だから」
「じゃあもらうなよ!!」
ほとんどの人間がかっこいいというだろう整った顔ににこやかな笑みを浮かべて言う久志に達也はツッコむ。
「それは相手に悪いだろう。それに僕はチョコレート自体はあまり好きじゃないけれど、もらえる事自体は嬉しいんだ」
「もらえる事自体“は”ってなんだよ」
相変わらず引っ掛かる物言いをする、小学校から高校までずっと一緒で腐れ縁な友人に対して達也は言う。
「バレンタインデーにおけるチョコレートは女の子が好意を持つ男にあげるものだろう。もちろん義理チョコもあるけどね。でもどちらにしろ少なからず彼女達が僕のことをあげる価値のある人間だと思っているからこそチョコがもらえるわけだ」
「つまりお前は自分の価値がはっきりと形として見えるもので可視化されるから、もらうのが嬉しいってわけか」
「まあそういうことになるね」
「へーへー、そうですかい」
達也は投げやりに返す。
「ところで君は今年、誰かからもらったりしたのかい? あ、しちゃいけない質問だったかな?」
「別にしてもいいさ。余計な気遣いは無用だ。一応、もらったしな」
「あれ? もらったという割に嬉しくなさそうだけど。一体誰からもらったんだい?」
苦虫を噛み潰したような顔をしているであろう達也に、久志はきょとんと首を傾げ訊く。
「……清香だよ」
ぼそりと達也は言う。
「三村さん? 良かったね、幼なじみにチョコレートをもらうことができて」
「普通はそう思うだろうが、清香だぞ。あいつ何て言って俺にチョコを渡してきたかわかるか? 『遠野君にチョコレートは用意した? えっ、してないの。じゃあこれあげるから、遠野君に渡してもいいわよ。というかむしろ渡しなさい!』って鼻息荒くしたんだぜ。あの腐女子は」
達也の幼馴染である三村清香は男同士の恋愛――いわゆるボーイズラブが大好きで、現実の男を見ても攻めか受けかをジャッジし始めるレベルで重度な腐女子なのだ。そして彼女はなぜか久志と達也をネタにすることにいたくご執心で、漫画まで描いているらしい。
「そうなんだ。じゃあもらおうか?」
「なんでだよ! 誰が渡すか!!」
達也は全力でツッコむ。
「おや? そんなに三村さんからのチョコが大切……」
「ちげーよ! ここでお前にチョコを渡したら清香の思う壺だろーが! 『達也はやっぱり遠野君のことが好きなのね』ってなっちまうじゃねーか」
「僕は三村さんが喜ぶのならそれでも構わないけど」
「俺が構うわ!」
達也はにこやかなままの久志に頭を抱え込みたくなった。
「まあお前が苦手だって言うのならもらってやるけどさ。彼女ら、お前に食べて欲しくて渡したんだろうから一口は食べろよな」
「君がそう言うなら一口は食べるよ。ただ、甘い物が苦手な僕よりも甘い物が好きな君が食べた方がチョコレートも嬉しいんじゃないかな?」
「第三者であるオレが食べるよりも渡したかった相手であるお前が食べた方が彼女達も嬉しいんじゃないか? チョコよりもあげた奴の気持ちを考えろよな」
気遣いの仕方がズレてる久志に対し、達也は言う。
「くれた子達にはおいしかったって言うつもりなんだけどな。もし僕が食べなかったとしても、彼女達にそのことはわからないと思うよ」
「そういう問題じゃねーよ! 実際に食べることが重要なんだよ。ほ・ら、食えよ!」
「わかったよ。僕もきちんと食べる。いただきます」
ご丁寧にも両手を前に合わす久志を何がわかったんだよと思いながら達也は眺める。おそらく彼は実際にチョコレートを食べようが食べまいが、くれた女の子達の自分に対する評価はさほど変わらないよう対応できると考えているのだろう。それならば、わざわざ甘い物が苦手な自分よりかはチョコレートが好きな達也が食べた方が良いのではないかと。
「君は食べないのかい? おいしいよ」
「苦手じゃなかったのかよ」
「僕は苦手だけど、世間一般的にはおいしいって言う味だと思うよ」
口にチョコを含みながらにこやかに久志は言う。
「へーへー、そうですかい。じゃあ俺もイケメン様のおこぼれを頂戴いたしますよ」
達也は久志がラッピングされていた袋から取り出し並べていたブラウニーを一つ、手に取り口の中へ放り込んだ。
END.