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Across the Universe.

作者: 錦木

 それは、いつもの夜のこと。

 星空の下でラジオを聞いていたら、誰かに声をかけられた。

「ねえ君、その曲ステキだね。なんていうの」

 慌てて振り返る。

 こっちだよ、こっちと言って星と同じ光り輝く髪をした少年が笑っていた。

 この辺りでは見ない髪の色だから、おそらく『外の世界』から来た人なのだろう。

 声をかけられたのなんて初めてで、私はドギマギしてしまう。

「……あくろす」と私が言いかけたところで頭上を飛行機が通過した。

 ゴーッと音を立てながら、私たちの声をかき消すように。


『Across the Universe.』


 私の朝は目玉焼きで始まる。

 上手くできると心が弾む。

 今日は卵を割るときに黄身が崩れた。

 幸先が悪い。これは上手くいかないとき。

 そんなときはまた別のことを考える。

 スクランブルエッグにしよう、と思って私は頷いた。


 身なりを整えてから外に出て、私は地方のきちんと舗装されていない道を歩いていく。

 昼は働いて、夕方が過ぎ、夜になる。

 夜は私の好きな時間だ。

 夕ご飯を食べて、急いで歯を磨いて、風呂に入る間もなく古いラジオを抱えて外に出る。

 庭の上に腰かけてスイッチを入れる。

 ハローハローとあいさつ。

 スピーカーからもDJの「ハローハロー」という声がした。

 よっし、今日も時間通り。

 そこから私は夜の番組を聞く。

 番組に寄せられたリスナーからのお便りたち。

 好きな音楽の話、学校で今日あったこと、この間行った食べ物屋さんが美味しかったことなど他愛もない話が続く。

 これが私の一日で一番大事な時間であり、一人でノビノビできる時間だった。

 彼が現れるまでは。


 次の日もラジオを持って外に行くと塀を隔てた向こう側に彼が座っていた。

「やあ」と彼が言うので、「……ども」と私は返す。

 とりあえずラジオをセットして聞き始めると彼は話された内容にふんふんと相槌を打ったり、時に笑ったりしながら私と一緒にラジオを聞き始めた。

「そういえば、君の名前はなんていうの」

 思い出したように聞くなあ、と思いながら私はこの変わった観客に答える。

 まず、「あ」と発音する。まるで言葉を先ほどまで忘れてしまったかのような金属質のぎこちない声だった。

「アキラ」

「アキラ、ね」

「……あなたは」

 特段興味はなかったけど聞いておくのが礼儀かな、と思って聞いてみる。

「オレは、セイ」

 セイ。(セイ)だろうか。勝手に頭の中で変換して、ピッタリの名前だと思った。

 いや、ひょっとしたら(セイ)とか(セイ)かもしれないけど。


 そのまた次の日も、次の週も夜になると私とセイはラジオから流れる音を一緒に聞いていた。

 私が好きな曲が偶然流れてきてその曲名をセイが尋ねてきたので、私は筆ペンを取り出して紙にキュキュッと書いた。

 筆ペンはよくおばあちゃんが使っていたものを譲ってもらった。これで書くと字が上手くなったような錯覚を感じる。

 筆記体は上手く書けないので、少し角張った文字で書く。

「Across the Universe」と。

 その日は、雪が降り出しそうな寒い晩だった。

「そっちは寒くない」

 そう言われたからこう答える。

「薪燃やして炭火で暖まるから平気」


 ある日、突然セイは家に来なくなった。

 彼は宇宙に興味があるようで、いつも何か宇宙の本を持ってきて私に聞かせてくれた。その前の日の晩も宇宙物理学とかいう小難しい本を持ってきて声に出して読んでいた。

 彼が置いて行った本の最後のページを見て私はページの最初に載っている単語を呟く。

 G。Gravity。

 そう遠くない昔に学んだ理科の教科書の断片。

 引力。引きつけ合う力。

 私には予感があった。

 確証なんてないけど、彼はここに戻ってくる。そしてまた一緒にラジオを聞くだろう。

 見えない力で引きつけられているように二人の間には繋がりがあるから大丈夫。

「だいじょうぶ、だ」

 私は自分に言い聞かせるように、そう呟く。

 声は夜の底に沈んでいった。


 今日も変わらず私はラジオを聞く。

 ある晩、一人の訪問客があった。

「役所の者です。最近ここら一帯の土地調査をして回っているんですが、庭に入ってもよろしいですか」

 ええどうぞ、と言って私は青年を招き入れる。

 礼をして入って来た彼をそれとなく見ながら私はラジオを聞く。

 作業を開始しようとしていた青年はある曲が入ったところであれ、と言った。

「この曲何か聞いたことあるな。ええと、曲の名前は」

 青年が宙を見ながら僅かに考えて、言った。

「アクロスザユニバース」

 青年が言ったその言葉で私は我に返る。

「あれ、なんで知っているんだろう」

 その言葉に私は思わず泣き出しそうになって。

 私の顔を見てギョッとしたように「どうしたんですか」と言い、青年は驚いた表情をする。

 その顔がくしゃりと崩れる。

「すいませんね。オレもどうしたんだろう。なんか、涙出てきた」


 時は通り過ぎ、滑り落ち、二人の間を流れていく。

 けれども、何も私たちの世界を、過ごした時間を変えることは出来ない。

 眼前には果てしない闇と光。

 落ちていきそうなほどに深い宇宙が広がっていた。


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