狂人の美学
目の前の男を斬り殺す。彼が守っていた女性を斬り殺す。彼女が守っていた子を斬り殺す。
返り血が心地よい。心が穏やかな狂気に満たされていく。
傷が痛む。自分の痛みすら愛しい。
殺すのが好きだ。殺されそうになるのが好きだ。返り血が好きだ。痛みが好きだ。戦うのが好きだ。命のやり取りが堪らなく好きだ。愛しい。美しい。素晴らしい。
命掛けの戦い、そこには正義も悪も無い。余計な事を考える余地が無い。ただただ生きる為に研ぎ澄ます。生きていると強く強く強く思う。全ての生物が最も美しく輝く瞬間だ。芸術的だ。
言葉を交わすのが嫌いだ。何かを考えるのが嫌いだ。感情というものが嫌いだ。人間は面倒くさい。自分の気持ちすら分からずに、悩むのは愚かとしか言えない。まあ、昔の俺の事だが。
目に付いた者全てを殺す。善も悪も強いも弱いも関係無い。無分別に全て殺す。いちいち迷うのも疲れる。考えるのは嫌いだ。
いたぶるのも好きじゃ無い。殺すだけだ。最速で最善の殺し方をする。悲鳴など聞いて何が楽しいのか?同じ狂人でも分からない事は多い。思考放棄が楽でいい。
俺は狂人か?狂人だろう。人間の思考を逸脱している。本能にしか生きられぬ獣のよう。
だが強い。強ければそれだけ生きていられる。強く輝く命の光は美しい。美しいものは好きだ。それだけでいい。
一人の少女と出会う。この子は強い。瞳が狂気で満たされている。あれは復讐の狂気だ。一番分かりやすい狂気だ。強く輝いてとても美しい。大変結構。
戦いが始まる。強い。俺よりも圧倒的に。一撃事に死が近づいて来る。怖い。怖い怖い怖い怖い。そして心地よい。今俺は誰よりも輝いている。自然と笑みが浮かんで来る。
美しいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ……………………………。
俺は追い詰められて行く。腕が切り落とされる。足が切り落とされる。目がつぶれ、耳が千切れ、腹を貫かれる。
そして動け無くなった。後一分もしない内に俺は死ぬだろう。良い。実に良い。俺は今、最高に生きている実感がある。最高の笑顔が浮かぶ。
「狂人め……」
少女が呟く。美しく無いな。勝者がそんな顔をしてはいけない。もっとやり遂げたような顔や成し遂げたような顔をしなければならない。笑顔が似合うのは、敗者では無く勝者であるべきなのに。
「誇れば良いのに」
思わず呟いてしまった。不覚。沈黙は金だ。敗者は黙って死ぬのが一番良い。
「救えないな」
そんな言葉と共に剣が振り下ろされて来る。
やはり人間は面倒くさいな。
死の感覚も悪くなかった。安らぎを感じるな。