第6話『幻想的なる奇襲(File Number12to14)』
珍しく短期間にして投稿できてホッとしています。k本的にボッチな星野夜です。
友達神は食料です――という名前にし、なぜこのような物語になってしまったのかなんて考えるときがありますが、僕はこう思います。
(神を食べるって……お前は一体何様だ?)
そして思います。こんなくだらないネタで小説を書くのは、いや書けるのは僕しかいない! 僕がやらなければならない! とね。
すいません、冗談です。本当は必死に考えていました。どうすればネタかぶりしないかと。そしてこのように突拍子もないネタとなってしまい、どう収拾をつけるべきか悩んでますが……この悩みが心地よいというか、自分を成長させることができると思ってます。そして、急にシリアスな話になった今の僕の心境の不安定さを補ってくれることを祈ってます。
いえ、まえがきに書くことがなかっただけです、ごめんなさい……。
特にこれといった異常事は起こらず、いつもと何一つ変わらない日々を過ごすアイオロス。今日もいつもと同じように学校へと登校する。教室に入って窓側席に座り、暇そうに外の景色を眺めていると、一人の男子生徒がアイオロスの前までやってきた。灰色の髪の毛の美男子だ。アイオロスと神々の正体を知っている唯一の人間でクラスメイトの一人、アフロディアだ。
「おはよう、アイオロス」
「……んー」
「最近はあまり神々とは会ってないのかい?」
「まぁね。会うとしても暁時に訪れるエオスぐらいかな?」
「あのさ、僕が手伝うことはないのかな?」
「ない」
「即答……ちょっとぐらいはさ、あの、だから…………」
アフロディアの言葉が少しずつ雑になってきて、いずれ言葉発しなくなったかと思うと、急にアイオロスの机にうなだれて眠り始めた! アイオロスは一瞬怯んでから、彼の様子を伺う。昨夜に徹夜でもしたのだろうかと推測していると、いつの間にか騒がしいはずの教室が静かになってきていることに気づいた。ふと顔を上げてみると、クラスメイトが全員倒れていることに気づく。そして彼らが皆、眠りに就いていることにも気づいた。アイオロスだけが取り残されて不思議そうに困惑していると、廊下から誰かの足音が聞こえ始める。その足音の人物がこちらへと近いづいてきているようだった。アイオロスがしばらく黙って待ってると、一人の小さな男の子が寝巻き姿にナイトキャップを被って、手にうさぎの人形を持った格好で出てきた。眠たそうに目を擦ってアイオロスを見つめている。
「あの……何?」
「……アイオロス?」
「……久々に出番って感じだね……。君は神だよね?」
寝巻き状態の彼は小さく頷く。とても眠たそうにしていて、そのうち倒れて眠ってしまうんじゃないかというぐらいの眠たそうな垂れ目をしている。
「僕……眠りの神……ヒュプノス。……アイオロスに、用があってここに……」
「うーん、学校中はちょっとアレな感じあるんだけど……」
「とにかく、来て……」
ヒュプノスの幻想的な魅惑の音色に、つい身体が勝手に動いてしまう。何だか不思議と浮遊感に襲われていた。ふらつきながらもアイオロスはヒュプノスのいる教室入口へ。
「あの、何だろう、この気持ち……」
「もう、眠って……良いよ……」
「え……でも、学校が…………」
次の言葉を出そうとアイオロスは口を動かす、その前に睡魔に襲われて地面に倒れ込んでしまった。不自然な体勢を取ったまま、アイオロスは深い眠りに就く。ヒュプノスはそんなアイオロスを微笑ましく見つめ、数回頭を撫でた。
「お前ら! みんなして朝から眠り老けるとは! 起きろぉっ、授業だぁ!」
一時間目の教師が教室へとやってきて、眠りに就くクラスメイトたちを叱咤する。眠たそうに生徒たちが目を覚まし、一瞬どこだか分からずにいたが、すぐに教室だと気づいて一同が困惑する。その中、アフロディアはアイオロスがいつの間にかいなくなってることに気づいた。
「ひょっとして……ひょっとするかもね」
アフロディアは教師へとトイレへ行く意思表示をし、一人廊下へと出て行く。
昼頃、クレイオスが神探しに街へと、人の格好になりすまして歩いていた。平日でも人ごみの絶えない街中は活気に溢れている。様々な人間が往来する中をクレイオスは観察する。基本は大人が全般で、希に子供が歩いてるぐらいだった。平日、ほとんどの子供は学校へと行ってる事だろう。ほとんど大人しか見当たらないのも当然のことだった。
(アイオロスは今頃学校で昼食タイムか……。俺も休みたいよ、アイオロス……)
神族は別に腹減りは起こらないし、食料を取らなかったぐらいでは死にやしない。昼食を取ることは意味のない行為なのだ。
出会う確率はゼロに近い数値を表しているのに、クレイオスは神探しをやめない。一つの街で神と神が出会うことなんて、まずないことであり、あったとしたらそれは相当な幸運者だといえよう。だから、アイオロスはなかなかの幸運の持ち主である。現にクレイオスは神探しを始めてから見つけられないでいた。
クレイオスは仕方ないと、自分の妹であるレアーの力に頼ることにした。妹に頼るなんて兄として恥があるが、今はそんなことを気にしてる余裕はない。正直にいってみれば、神が地上に堕とされるなんて、神界では前代未聞の大事件なのだ。アイオロスの開いたパンドラの箱というものは相当な力を持ってることになる。だが、そんな箱がなぜ地上界に存在してるかは未だに不明。
クレイオスは神同士だからこそできるテレパシー連絡を行う。
『レアー、聞こえるか?』
『ふわ~……何、お兄ちゃん?』
あくび声から始まったので、おそらくレアーは眠っていて、クレイオスの声で起きたんだろう。
『そのだな……ちょっと、力を貸してくれないか?』
『おぉ? お兄ちゃんが私に力を貸してって頼むことなんて、相当なことなんだね?』
『……神探しの手伝いを頼む。お前の『大地探索アンテナ』で散らばった神族を見つけて欲しいんだ』
『ふふ~ん♪ そんなことぐらいお安い御用だよーっ! もっと早くに頼めば良かったのにさ』
『お前が調子に乗って、あらぬミスを犯すのを回避したかっただけだが、今はしょうがない。別にミスってもいじったりしないよ』
『うわっ、声色が怖い……。絶対にいじらないでよ!』
『分かったから、とっとと『黒魔公園』に来い』
『あいあいさー!』
レアーは元気良く、人間のような掛け声を上げるとテレパシーをシャットアウトさせた。クレイオスは呆れて小さくため息を吐き、それから人混みから抜け出すと、
「時空を切り裂くアツァリの剣!」
そう叫ぶやいなや、目の前の空間に裂け目が現れ、そこから一本の鋼の剣が出てきて、地面に突き刺さった! クレイオスはそれを引き抜き、誰もいない空の空間へと、突き刺すような、剣を水平にした構えを取る。
「……オフサルマパティ・スキア!」
構えていた剣が光り輝き、クレイオスはその剣で空を裂く。切れるはずのない空間が切断され、暗黒なる隙間ができあがった。
「……行くか」
剣をどこかへと投げ捨て、クレイオスは隙間の亜空間へと身を投げた。それと同時に隙間は閉じ、先ほどまでクレイオスがいた空間には誰もいなくなる。投げ捨てた剣は地面へと落ちることなく、宙で粒子になって消滅した。
人けはなく、その公園は廃れていた。この公園には変な噂が流れていて、近づくと悪魔に憑かれてしまうらしい。その噂のせいで人が来なくなったのだろう。この公園は『黒魔公園』と呼ばれている。
そんな公園の砂場の上の空間に切れ込みが入り、突如亜空間が出現する。深黒の空間内からクレイオスが何の抵抗もなく飛び出てきて着地した。勢いが強くて砂を砂場外へと押しのけてしまう。砂煙が立ち込め、クレイオスはやれやれといった表情を取る。
それから数秒後、クレイオスの真下の地面が爆発した! クレイオスは分かってましたと言わんばかりの表情で爆発瞬時に空転、砂場から飛び出た。先ほどよりも砂煙が濃く舞って、薄れていくと爆破点に小柄な少女が立っていた。茶色の長髪と瞳を持ち、全身も同様で茶色の民族服姿。クレイオスの妹、レアーだった。
「はい、到着~♪」
「毎回、下から襲撃するのをやめないか?!」
「えぇー? それじゃあ、つまらない」
「全く……」
「それで? 確か手伝って欲しいんだったよね?」
「そうだ、頼むぞ」
「あいあいさー!」
レアーは人間らしく敬礼してみせる。クレイオスはそんな無邪気な妹にため息を吐いた。
レアーは砂場中央に立ち、自分の手を頭上へと掲げる。
「地を這う電磁! 大地探索アンテナ!」
レアーの腕から電流が流れ、砂場全体へと伝わっていく。流砂が出現し、レアーの腕を這って掲げている手の上へと集まっていき、それが手の平の上でバベルの塔のように高く積み上がっていく。およそ五十メートルほどまで伸びると、そこで止まる。砂の巨塔を持ち上げた体勢でレアーは立っていた。クレイオスは特に驚く表情も見せず、平然と普通なことのように見守っていた。
「……えっとー……見つかったのは一柱だけで……海沿いにいるみたいだよ?」
「ああ、そうか。助かったよ、レアー」
「えっと、それだけ?」
「まぁな」
「もっと何かしたいよー! 何かない?」
「お前は、もう神界に帰ってろ」
クレイオスはレアーへと手を向ける。すると、レアーの身体がふわりと持ち上がった。
「あぁ! また私を戻そうとするのね!」
ブーブー愚痴を言いまくっている人間味のある神様を、クレイオスは神界へと強制帰宅させた。
同時刻、断崖絶壁にて。アリオンがメロンパン片手に海の景色を呆然と眺めているところだった。街から遠く離れた地であり、この場所には誰も近寄ることはなく落ち着ける。荒風が吹き乱れ、青々しい木々たちを騒めかせ、アリオンの茶色い長髪と外套をなびかせている。
「なーんか、地上に来たは良いけど、別におもしろいことないからもう帰ろっかなー? でも、まだメロンパンを買い占めてないんだったっけ? せっかくだから戻る前にこの味を買い占めないとね♪」
一柱、そんなことを呟いて、おいしそうにメロンパンを食べていた。
だが、アリオンは異変に気づいて立ち上がり、即座に翼を広げた。その翼を背後の深い森へと向ける。
「そんなところに隠れて……それでも隠れたつもり?」
アリオンが背後の森へと向けて言葉を放つと、その通りに、一本の巨木の陰から一人の人間が現れた。黒いローブに身を包んでいて、顔はフードに隠れて見えていない。とにかく怪しい人間だ。アリオンは人間に自分の姿を見られ、少しばかり困惑した。
「……アリオン、で良いんだよね?」
その声から察するに、この人間は女だ。
「何で、名前を……?」
「落ち着いて、まず翼を畳んで。それから聞いて」
アリオンは謎の女の指示に従って、翼を畳んでしまう。このとき、神と人間が対等の立場になっていた。
「……あなた、父親、いるよね?」
その女はごく普通のようにアリオンへと尋ねる。アリオンは家庭にやや複雑な事情があり、その質問をされて一瞬だけ顔を歪ませた。
「何で言わなきゃいけないわけ? 君には関係ないでしょ」
「……関係はあることだし、明確にしておかなければならないと思ったから……」
女はそう意味不明な答えを返す。関係性があるとは思えないアリオンは少しばかりイライラしていた。いつもなら即座に殺すものの、今日はなぜか動かなかった。というよりは動けなかったのかもしれない。近づいてはいけない、そんなオーラがあの女から出ているように思えたから。アリオンは人間種に怖気づいているのだ。
「えっと……やっぱり誰? そこ聞かないと話が進めないんじゃないのー?」
再び時空間移動で、スピーディーに海へとやってきたクレイオス。まだ海開きには早く、砂浜に人が少人数いるだけで、誰も泳いではいなかった。今日は風が強いせいか、荒波が立っている。レアーの情報によれば、ここに神族がいるらしい。特に目立った人物はいないようだった。
「まぁ、神族なら雰囲気じゃなくて感覚で分かるからな。久々に会う神族は誰なのか、楽しみだな」
クレイオスは一柱でそんなことを呟くと、不敵な笑みを浮かべて砂浜を見渡した。夏になると人々が海水浴に来て、ビーチパラソルやらテントやらで圧巻な光景が広がるのだが、やはり季節違いで人は少ない。だが、捜索は捗ることだろう。クレイオスは見える人へと近づいて、感覚で判断していく。
学校には、監視カメラが至るところにこれでもかってぐらいに設置されていて、監視カメラに死角なし。プライベートなところ、例に挙げると更衣室やトイレなどには設置されてないのは常識。しかし、校内で不審者が現れた事例はない。なぜ監視カメラがこんなにも設置されてるかは不明だが、それがようやく利用できるときが来たらしい。
灰色の髪をした少し特徴的な美青年が、人目を気にしながら廊下をゆっくりと歩いている。今は授業中であり、廊下をほっつき歩いているところを見られたら、即教室送りにされてしまう。彼は先生へと用を足すと偽り、教室から出てきたのだった。アフロディアという生徒だ。
彼は姿を消した友人アイオロスがなぜいなくなったかを確かめるために、監視カメラの映像を確認すべく、管理室へと向かっている最中だった。管理室は普段、鍵が閉められていて、普通は入室不可能。夜間帯に入ると、一人の教師が中へとこもる。シフト制になっていて、日に日に違う人が入っていく姿をアフロディアは見ていた。
彼は廊下を慎重に突っ切って職員室を目指す。職員室なのだから当然、職員はいる。管理室の鍵を盗もうとしても無理難題だ。彼は策を黙考しながら歩いていく。集中しすぎて気付かなかったが、やけに廊下が静まり返っていた。授業をしていないのかと思うほどだ。
「……もしや、これはもしかするかもね」
アフロディアは楽しげに笑うと、授業中だろう教室を眺めてみる。ここは二階で、アフロディアのいる階は三階。つまり知らない教室なので生徒も当然知らない人物。
「……おぉー、やっぱり……」
アフロディアの視線先の教室の中では、生徒と教師が皆、ぐっすりと眠り落ちていた。ここまで綺麗に眠られると、もしかしてもう夜なのかなって錯覚するぐらい。
「……これは睡眠ガスか、何か? さっき眠ってしまったのはそういうことか? だったら、不審者がいるはず……。アイオロスは不審者を追って外へ?」
ますます急がないとと思い、アフロディアは小走りで職員室へ。こっそりと中を覗き込むと、職員室内の教師たちも眠りに就いていた。アフロディアはラッキーと舌を出す。
「非常事態だけど、これはこれで運が良いよ」
アフロディアは眠りふけっている教師たちを横目で見て通り過ぎ、管理室の鍵をキーケースから取り出してポケットに。その後、職員室を後にして、管理室を目指して歩き出した。
アフロディアの通ってきた二階、一階層の人物は皆が倒れるように眠りに就いていて、不思議と起きてる生徒は三階にいた人間だけで、授業中なので気づく人はいない。あまりにも静かで、三階からの授業の声が届くほど。アフロディアはもう隠れることはせず、堂々と廊下を進み、管理室の鍵を開けて中へと入っていった。
「さて……ここが管理室か。始めて入るけど、意外と本格的で良いかも」
扉は窓なし。室内は、宿直室ほどのサイズで、奥にリクライニングチェア一つが置かれている。その前に巨大なモニター画面があって、操作盤がしっかりと配置されていた。素人でも分かるような簡単な仕組みの操作盤だった。
アフロディアは早速、操作盤のスイッチを入れてモニターを起動する。大画面のモニターが薄暗く光り、それから中央にメーカとソフト名が映し出される。その後、画面が切り替わって、この学校の見取り図が映し出された。
「……んーっと、僕らの教室へっと……」
アフロディアは操作盤から伸びるマウスを使って、その見取り図を動かす。見取り図は3D構成で、かなりの高性能。マウスでズームし、自分の教室をクリックする。すると、自分たちの教室の監視カメラの映像に切り替わった。マウスで左下の時刻を指定し、過去の映像を出力する。
「さて、何があったのか……アイオロスはどうしたのかな? 楽しみ楽しみ」
うさぎのぬいぐるみの耳を掴んで垂れ下げている一人の男の子が、眠たそうに目を擦って教室の入口に立っている。頭にはナイトキャップ、服装はパジャマというラフな格好をしていた。彼は目の前に倒れるアイオロスの脇に座り込み、しばらく寝顔を眺めてからよしよしと頭を数回撫でた。
「……何も悪くないよ、何も。……だけど、君は……罪なんだ。……おやすみ」
聞いているわけもないのに、そう小声で呟くと、彼は身を翻して教室を出て行った。それと同時に、眠っているアイオロスの身体が勝手に浮遊し、ゆったりと歩いていく彼の後を追い始めた。アイオロス自身ではなく、男の子の力によってだろう。そのまま監視カメラの画面からシャットアウトしてしまう。
「なるほど……神様のお出ましってことね♪ あの力……物体を浮遊させる力を持つ神……いやいや、これは眠りを司る神だ! だからみんな睡魔に襲われた……。彼はこの後どこへ?」
アフロディアは二階から一階までの監視カメラを全て、大画面モニターへと映す。男の子の姿は二階から一階へ。ちょうどチャイムが鳴った頃だった。そのまま玄関から外へと堂々と出て行ってしまう。アイオロスはそんな彼の背後で浮遊している。
外の監視カメラへと出力変更し、アフロディアは校門を映す。人目を気にせず、男の子は校門から外へ。西へと向かう道を歩いていく。
「西か……アイオロスの奴を探すには……やっぱり彼の仲間に頼るしかないのかな? 神様とかに?」
アフロディアは操作盤でモニターの電源をオフにし、管理室を出ると学校を勝手に出ていき、アイオロスの家へと勝手に出向くことにした。彼の家ならば神に関する証拠などが見つかる、そう過程したからだろう。
「……正直に嘘偽りなしで言います。……私は……あなたと血縁関係があります……」
「……えぇ?」
断崖絶壁にて。アリオンの目前に立つ人間がそう言葉を発し、アリオンは拍子抜けする。アリオンの前には、黒いローブに身を包み、顔はフードで隠している女性が立っている。彼女は神であるアリオンと血縁関係だと言い切る。
「あのさ……そういう冗談とかはよそでやってくれないかな? まさか神族の私にそんな冗談が通用するとでも?」
「……名前を言えば思い出すのではないでしょうか? ……私はデスポイアと言います。ご存知ではないでしょうか?」
「知らない」
「それはそうですね……。私はあなたの双子であり、出生時にあなたとは決別しました。母はデメーテル、です。……母は父に犯されて望まぬ出産をしてしまった。そうして私とあなたが生まれた。……違いますか?」
「・・・・・・」
デスポイアと自分を名乗る人間がそう尋ね、アリオンは暗い表情で地面一点を見つめているだけだった。それは『はい』と答えているのと同然のリアクションだ。
「……本当なら生まれてきて良いはずがなかったんです……。私はずっと、決別したあなたを探してました。……あなたなら、私の気持ちを理解できる……と、そう純粋に思ったからです。そして今、地上界であなたを見つけた……」
デスポイアが経緯を説明している最中も、アリオンは地面一点を見つめるだけだったが、しばらくの空白が出来たのを見計らって、アリオンが小さく口を開く。
「……違う……。そんなこと、私は一つも思ってなんかない……」
「……アリオン?」
「気安く名前を呼ぶなっ!!! ……私は、生まれてきて良かった、そう思うから……だから、そんな私と君を同じ扱いになんてできない!」
アリオンが怒りと悲しみに任せて叫んで、悔しそうに歯を食い縛る。ギリギリと歯の擦れる音がデスポイアにも聞こえていた。デスポイアはただ無情で見つめていた。
「……だけど、この事は変えられない事実で、両親は私たちなんか大事には――」
バシッ!
デスポイアが言葉を口に出そうとした瞬間、アリオンが瞬時に間合いを詰めて、全力でデスポイアの頬を殴り飛ばした! 鈍い打撃音がして、デスポイアの身体が吹き飛び、背後の木の幹に当たって、仰向けで倒れた。
「もし、私のことを思ってくれてるのなら、もう私とは会わないで……。あなたが私の双子というのは信じきれない」
アリオンは俯いたまま呟くと、デスポイアをほっておいて翼を生やして崖下へ降下していってしまった。断崖絶壁の森に残されてしまったデスポイアは、頬を手で押さえながら立ち上がり、無情で海を眺める。
「……この海を見ると……思い出すよ。アリオン、私はどうすれば良いの……」
海岸沿いを捜索中のクレイオスは一人の人物に目をつけた。季節違いなのにビーチパラソルを地面に指し、できた日陰にプラスチックのベッドを置いて上に寝転がっている。だけど、空には雲がかかり始めていて日光が遮断しつつあるので、結局パラソルは意味をなしてはない。寝そべる人間は淡い青の髪をしていて、青紫の服、黒いズボンを履いていた。年齢は十六ぐらいだろうか。
「……ちょっと良いか、そこのあんた」
クレイオスが躊躇なく話しかけ、少年は反応して目を開いた。黒い瞳がクレイオスを捉える。
「ん? 何かようか、クレイオス?」
その人物はクレイオス本人だと見極めている。クレイオスは絶句して少年を見た。そう、この少年は神族の一柱。
「……何もないなら、もう寝るけど?」
「あっ、いやいや……そうじゃないんだ。俺はアイオロスの神探しを手助けしていて、地上に堕としてしまった神族を神界へと戻している。そこで、あんたに目をつけた。そっちは俺を知ってるようだけど、悪いがこっちはあんたを知らない。名前は何という?」
「……ヘスティアは知っているかな? 彼女と同期の、オリュンポス十二神の一柱。名前はポセイドンという」
自己紹介を済ますと、ポセイドンはクレイオスへと右手の平を見せつける。その行為の意味が分からずに悩んでいるクレイオス。直後、ポセイドンの右手から膨大な量のジェット水流が噴出し、クレイオスの身体を抉り、浅瀬まで吹き飛ばした! 宙でめちゃくちゃに回転して、頭から不時着して水しぶきを上げた。それを見ていた、砂浜にいる人間が悲鳴を上げて逃げていく。ポセイドンはそんな民衆は気にせず、未だに寝転がった体勢のままで、浅瀬へと吹き飛んだクレイオスを見下すような目で眺める。
「不意打ちだけどごめんねー。クレイオスは僕より格が上だから、不意打ちでもしないと勝てないかと思ってたんだよ。これもエレボスさんの命だから無視できないんで」
ポセイドンは浅瀬に倒れているクレイオスの前まで浮遊していき、そこで再び右腕を構える。
「……さようなら、クレイオス」
構えていた右手の平からジェット水流が噴出して、クレイオスを捉えた。まるでその場所だけ津波が起きてるような光景が広がり、クレイオスのいる場がジェット水流でえぐられた。地下十メートルまで水流が届いて、巨大な穴ができて海水が流れ込む。
「何でこうも面倒事に当たるんだろうね、今日は? 何でこいつを助けないといけないのかな、本当に?」
ポセイドンの背後、三メートルほどから、そんな声がした。ポセイドンが驚愕して振り向くと、そこには水浸しで倒れているクレイオスと、その前に翼を生やした女性の姿。茶色の腰まで届く長さの長髪と、澄んだ蒼の瞳。毛皮の外套に身を包んでいる。その姿は紛れもなく、アリオンだった。
「アリオンね……。邪魔しないでくれるか?」
「格がどうこう言ってたけど、私の動きに反応できてない時点で、あんたの負け確なのよ、諦めなさい」
アリオンは面倒そうにため息を吐いてから言った。しかし、ポセイドンは諦めるつもりはないようだ。アリオンは再びため息を吐く。
「ほんとーに面倒ね。……いつまでも伸びてないで起きる! 助けてあげるからには手伝いなよ!」
アリオンは生やしている翼で倒れるクレイオスの頬を往復ビンタする。十六音符の速度で叩き続け、クレイオスが痛みに気づいて起き上がる。頬が真っ赤に腫れてしまっている。訳が分からず、数秒呆然としてから状況下に気づいて飛び起きる。
「はっ! ここはもしかして天国か?!」
「寝ぼけんな、バカ!」
「おっ、アリオン。どうした?」
アリオンはボケているクレイオスにやれやれと頭を抱える。クレイオスは目の前に立つポセイドンを見て、即座に戦闘態勢を取った。えぐられた腹部は半分ほど治癒されていて出血は止まっている。
「なるほど……ポセイドンは敵だったんだな」
「あー、もう面倒。速攻片付けてとっとと神界に戻すよ。あとでメロンパンおごってよね、クレイオス」
「……お前、そんな物騒なもん、良く食ってられるな」
アリオンはそのセリフに気が障ったのか、翼でクレイオスを小突いた。
「さ、行きましょ」
「あぁ」
「二柱まとめてじゃ勝ち目ないなー。こっちも本気のチートを見せるしかないね」
ポセイドンはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、両手を上へと掲げる。突如、地響きが鳴り始め、周囲一帯が地震のように揺れ動き始める。ビリビリと空気を伝わって緊張が届く。二柱は気を引き締める。
「海と地震の海王、我が名はポセイドン! 響け、海震の調べ! ――――ヴァスィア・プルトナス――――」
監視カメラの映像を見たアフロディアは、情報をどうにか得ようとアイオロスの家へと出向く。扉を開き、まずはリビングへ。ソファーとテレビなどが置かれたごく普通のリビング。そこで情報となりそうなものを物色するアフロディア。傍目から見たら完全に空き巣犯にしか見えない光景だった。そもそも、玄関口扉に鍵を閉めていないアイオロスも悪いのだが。
とにかくあちこちを探してみるものの、一向にそんな情報は見つからず、アフロディアは半分諦め状態で、ソファーに倒れ込んだ。
「んー……神様なんて実在するってほうが信じられないことだしね。そんな情報が物で集まることなんてないかー」
そうぼやいていると、アフロディアの目の前、リビング中央に突如、一人の少女が現れた! 茶色の長髪と瞳を持ち、茶色の民族服を着ている。彼女は背伸びをして大きく息を吐いた。
「んぐぐぐぐ……はぁ~……。全く、私一人だけ省くなんて、お兄ちゃんのバーカ……ってあれ?」
背後のソファーで呆然と眺めているアフロディアに気づいて振り向き、少女は苦笑いで首を傾げる。
「あの……アイオロス、いません?」
アフロディアは信じられない光景に頭真っ白になってたが、すぐに再起動すると平然と質問をした。そんなアフロディアに、少女は不思議そうな目をする。
「……えっと、アイオロスは分からないなー。学校じゃないの?」
「アイオロスは……おそらく眠りを司る神に拐われたよ……。だから、神族の誰かに助けを求めにきた」
「うーん……何で正体がバレてるの? アイオロス……やらかしたね」
「それで君は一体?」
少女はアフロディアとは別のソファーへと飛び乗り、人差し指でアフロディアを指差す。
「私は大地創生の神、人は私を崇拝して『大地の女神』と呼ぶ! 我こそはティーターン一柱、レアー! 恵むは自然の念波なりっ!」
レアーはドヤ顔でそう格好つける。あまりにも露骨過ぎて分かりやすい紹介だったが、アフロディアは何もなかったかのようにスルーする。
「あのー、スルーはダメですって。傷ついちゃうよ……」
泣き出しそうなレアーを見て、本当に神様なのかなって思ってしまうアフロディア。まるで人間種の幼女のようにしか見えない。
「えっと……レアーはさ、アイオロスを探せる?」
「もちろんだよ! 私にできないことはないってぐらいにね!」
一瞬で立ち直ったレアーが胸を張って言う。レアーはリビング床に座り、手を触れる。
「地を追う電磁! 大地追跡レーダー!」
そう叫ぶと同時に、レアーのつむじの髪の毛がアンテナのように一束逆立った。 床を触れる手は電流を纏い、床に電流が流れて拡散する。
数秒後――
「いたいた! 西側およそ五キロ先だね!」
「そんなに遠くまで……あの神族は一体誰なんだろう?」
「捕まっちゃったんだね、アイオロス。せっかく神界から戻ってきたんだし、助けにいかないとね! 君も、一緒に来る?」
アフロディアは大きく首肯する。レアーはニコリと笑うと、腕を変形させてアフロディアを掴み取った。アフロディアが驚くことも気にせず、レアーは腕をさらに変形させてアフロディアを包み込んだ。
「心配しないで。君を運ぶだけだよー。はい、リラックス、リラックス!」
レアーはその状態のまま、リビングの床下へと沈む。大地の神だからこそ、このように大地を潜行できる。レアーはそのまま、アフロディアを引き込んで沈んだ。目的地は西から五キロ先。