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友達神は食料です  作者: 星野夜
5/7

第5話『蒼穹虚空(File Number9to11)』

 こんにちは、生存確認完了!

 僕の名前は星野夜! 小説作家を夢見て走り出す若き新人!

 k本的に暇人=ダメ人間ですっ! ビシィッ!

(自分で自負してしまったら終わりだと僕は思うよ……)


 さてお久しぶりになりますね、みなさん。4か月も更新せずにすいません……。

 この回から推敲というものを始めようかと思います。過去の回も含め、書き方が微妙に変わってくると思いますが、正しい文章になるので心配はなく。

 もちろん、誤字脱字報告は常時受け付け中です。感想にビシバシお送りください。


 それでは第5話『蒼穹虚空(File Number9to11)』をどうぞ!

 ヘスティアが暴走してアイオロスの家は大火災にあった。もう建て替えなければならないほど焼け上がってしまったはずの家が、帰ってくると全修復されていた。アイオロスはそんな家の中へと恐る恐る入る。

 そして、リビングのソファーの上に誰かが座っているのを見た。茶の短髪に白のハットを被っていて、青いポロシャツとベージュの短パンを履いていた。年頃は二十代前半といったところ。

「やぁ、こんにちは」

「誰?」

 アイオロスはそう訊いたが、すぐに誰か理解する。消防隊員が言っていた人物と特徴が一致している。彼は恐らく、この家を全修復した人間に違いなかった。

 彼はソファーから立ち上がる。

「僕はヘファイストス。先ほど、ヘスティアから頼まれてここの修復にやって来た。随分と火炎に侵されていたものの、原型は残っていたものだからすぐに直せたよ」

 そんなことをすんなりと言い切ったヘファイストス。自分が一体どれだけすごいことを言ってるのか分かってるのだろうか。明らかに人間ではないのがアイオロスにも分かった。

「つまり……ヘファイストスは人間じゃないんだよね?」

「もちろんそうだよ」

 早速報告することにしたアイオロス。テレパシーを使ってクレイオスに報告。クレイオスは危険がないと分かると、すぐにテレパシーを切った。

「僕は鍛冶・細工の神。君はアイオロスだね?ヘスティアから聞いたよ。何やら神々をパンドラの箱で地上へと落としてしまったので、神々を神界へと戻す義務を果たしているとか……」

「理解してるなら話は早いね。神界に戻ってくれます?」

 ヘファイストスは頷いて快諾してくれた。そしてヘファイストスは家を出て行くため、席を立った。玄関で扉を明けて外へ出て行く時、ヘファイストスはアイオロスに一つだけ情報を渡してくれた。

「そうだ、神々を神界へと戻す手伝いと言ってはあれなんだが……僕はある神の情報を持っている。名前はセレネ、月の女神。彼女は昨夜、海岸で会った。高い岩場の上に佇んで海の向こうを眺めていた。その日は月の良く澄み渡る日でね。遠くの海に満月が反射して綺麗だった。しかしながら、その満月夜よりも綺麗で妖艶な姿をしていた。身体がやけに青白く発光していて、髪の毛も青色だった。白のワンピース姿だった。幻想世界の一部を垣間見たような美しさだった。名通り月のように美しい。彼女と話をした。どうやら今宵も海で佇んでいたいとのことだった。そこに行けば会えるだろう」

「ありがと、ヘファイストス!」

「お礼ほどでもないさ」

 そう言うとヘファイストスは扉を閉じた。


 この日の夜、アイオロスは支度を整えると、ヘファイストスの言った情報を元に海岸へと向かう。今日も昨夜同様で月の良く澄んでいる綺麗な夜空だった。月の女神は海岸で佇んでるはずだ。

 暗い夜道を進んでいく。海沿いの道はこの時間帯、ほとんど通行人もなく、街灯もほとんどないため真っ暗。不気味な山を沿った道が延々と続いていた。その道をトボトボとマイペースに進んでいた。

 すると、急に何かが目の前に落ちてきた。アイオロスは驚いて飛びのき、すぐさま警戒態勢を取った。その何かはどうやら生物のようで、もぞもぞと動いて、そして立ち上がった。真っ暗で誰かも分からないが、頭上から落ちてきた者が当然人間だとは思わないだろう。むしろ、人間じゃない者が目の前にいて、真っ暗で危険な状況下、普通は逃げないといけないところ、アイオロスは逃げずに立ち止まっていた。もしヘファイストスの言っていた神だったら、逃げるわけにはいかない。いや、神だったならば、話を聞いてもらわないといけないのだ。

「あの……君は一体?」

「アイオロス、こんなところにいるなんて珍しいね」

 その声は女性。アイオロスの名前を知っていて、そしてアイオロスもその声、口調、抑揚に聞き覚えがあった。

 とっさにバッグからライトを取り出し、その人物を照らした。そこには毛皮の外套を羽織った人物が。茶色の長髪を持った、外見からするに女子高生に見える。眩しそうに手をかざしていた。澄んだ蒼い瞳がアイオロスを見つめていた。アイオロスには見覚えがあった。

「アリオン! 何でここに?!」

「こっちのセリフだよ」

 アリオン、『天馬の神』と言われている神様。大好物はメロンパン。アイオロスと偶然出会って以来、何か友達っぽい感じになってしまっているが、一応神様なので、いつかは神界に戻ってもらわないといけない。

「どこへ行くの、アイオロス?」

「海岸だよ。月の女神がいるらしい情報を聞いてね」

 アイオロスは一度、頭の中で物事を整理する。そしてあることに気がついた。アリオンが出てくるまでは気づかなかったこと。アリオンとヘファイストスは月の女神に出会っているということだった。ヘファイストスに情報を貰う以前に、アリオンがアイオロスへと同じような内容の情報を渡していた。校舎屋上でその話はしていた。

「そうか! アリオンがあの時言ってた神だよ! 月の女神なんだ! 白いワンピースを着ていて、髪の毛が青くて、体が発光してる。名前はセレネって言うらしいんだ!」

「あの時のあの子は月の女神だったんだ~。やっぱ月みたいに綺麗だったしね~♪」

「今から月の女神セレネに会うんだけど、どう?来てみる?」

「うん、行こ~!」

 こうしてアイオロスとアリオンは海岸目指して歩くのだった。

「え~、やだ、めんどくさい。だったら飛んでいかない?」

「その手があった!」

 結局、アイオロスはアリオンに掴まって飛んでいってもらうことに。アリオンは背中から白い巨翼を作り、それで滑空していった。おかげで遠い海岸までほんの数十分でたどり着いた。

 月夜の海岸は肉眼でも捉えられるほど明るい。海面に満月が反射して綺麗だった。砂の海岸はどこまでも静かで波の音が清々しい。

 アイオロスはアリオンから飛び降りて砂浜着地した。アリオンもアイオロスの隣へと着地する。

 そしてすぐに見つけた。海岸沿いに誰かが立っている。その体格から察するに男。全身を迷彩色の服で統一していて、頭には迷彩色のヘルメットをしていた。肩にはマシンガンのようなものを掛けていて、その姿はどこからどう見ても軍人だった。海の向こうを静かに眺め続けている。明らかに月の女神セレネではなく、単なる人間だった。この状況ではセレネに会うことはできない。ひとまずその軍人に話しかけることに。

「すいません、あの……」

 軍人の男はゆっくりと振り向いた。ニヤリと不適な笑みを浮かべる怪しげな男だが、大分、攻撃してくるようなやつだとは思わない。マシンガンを持つ軍人なんて何ら珍しいものではない。ただ、この時間帯、一人で何をしてるのだろうか。それを訊こうとしていた。

「やぁ、待ってたよ」

「待ってた? 人違いじゃないですか?」

「君で合っているよ、アイオロス君」

 そう言ってニヤリと笑みを浮かべた男が直後、マシンガンを向けて連射した!アイオロスは驚き、目をつぶってしまった。一秒間に七発の速度で発射された弾丸は全てアイオロスを目掛けて発射していく。しかし、ヒットする直前で弾丸は全て弾かれて宙を舞い、アイオロスの足元へと落ちていった。その弾丸一つ一つが全て切断されている。死ななかったアイオロスは目を開け、そして驚き後退した。地面に弾丸が全弾落ちているのを見て頭が追いつけていない。そんなアイオロスの前にアリオンが翼解放状態で立った。

「アイオロスを傷つける奴は許さない」

 その瞳には闘士の炎が燃えている。

「アリオン?!」

「だいじょーぶ、弾丸は全て弾いた」

 アイオロスが目をつぶった直後のこと。発射された弾丸をアリオンの羽一枚一枚がその弾丸を弾いていった。アリオンの羽はとても鋭い。弾かれた弾丸は羽に切断されて真っ二つになって地面に落ちた。アリオンのおかげでアイオロスは命を救われたのだ。

「でも何で僕を?」

「だってアイオロスがいないとメロンパン食べれないし♪」

 メロンパンによって命を救われたアイオロス。

 マシンガンを構えていた男は目の前に立つアリオンの姿を見て、驚くことなく平然とした様子で笑っていた。持っていたマシンガンを背後の海に投げ捨てた。マシンガンは水飛沫を上げて落ち、沈んでいった。

「どうせマシンガンなんてものじゃ勝てないのは分かってるよ、天馬の神アリオン」

「アンタは一体何者? 神に驚かないとこを見るとアンタも神なのよね?」

「そうだ。だが、死人に教える利益があるか?」

 直後、その男の背後から巨大なミサイルポッドが現れた!そう、この男は神なのだ!そのミサイルポッドから全長五メートルの巨大な核ミサイルが発射され、アリオン目掛けて飛んでいった!激突すれば大爆風に巻き込まれ、アイオロスもろとも消し飛ぶことになる。

 アリオンは翼をはためかせ、羽を大量にばらまく。その羽全てが核ミサイルにくっつき、そして風の抵抗によって弾道を変化させた!その弾道は男の方へ。男は腕を一回だけ振るう。直後、その核ミサイルが不規則的なありえない動きに変化し、遠くの海まで飛んでいって大爆発を起こした。遠くの海で巨大なキノコ雲が完成する。その時の衝撃が巨大な津波を作り迫りつつある。

 アリオンは核ミサイルが直撃しなかったのを見て、即座に男へと走っていって飛び蹴りを繰り出す。アリオンの足は今、鳥のように鋭い鉤爪になっている。この飛び蹴りを食らえば、常人ならば体が裂けて出血多量で死ぬだろう。

 男は腕を大砲に変化させ、宙を舞っている最中のアリオンの眉間を目掛けて発射する。大砲の弾は猛スピードで吹き飛んでいくが、アリオンは翼で体を下へと回避。その態勢からサマーソルトをして男を狙う。男はそれを大砲と化している腕で受け止め、そのまま足ごと砂地に叩きつけた。アリオンの右足が地面に埋まり、押さえ付けられた!

 その隙を図って、男は左手をスリングショットに変化させ、バネの原理で巨大鉄球を放った! その鉄球はアリオンの顔に激突し、勢いでそのままアイオロスのところまで転がって倒れた。

「アリオン!」

 アリオンは頭から流血していた。白い翼もボロボロのへし折れていた。ほとんど再起不能状態だ。人間と神では圧倒的な差で神の方が耐久力が高いのだが、そんなアリオンが一撃でここまでボロボロにされるということは、相手は相当な力の持ち主だということだ。

「ダメ、みたい。情けない」

 アリオンがアイオロスの右手を握った。

「今から、私……飴になるから、食べてくれる?」

「食合するの?!」

「それしか、ないから」

 そう言うとアリオンの体が光だし、そして一粒の飴となった。

 男はその様子を見ていた。右手と左手を元の形に戻し、右手を再び変形させていた。この隙しかチャンスはないだろう。アイオロスは思い切ってその飴を口に入れ、噛み砕いた! 直後、アイオロスが大爆発を引き起こした! まさか爆発するとは思っていなかった相手はやや驚いたようにその様子を伺った。砂浜に白い爆煙が立ち込め、そして消えた頃にはアイオロスに似た人物が代わりに立っていた。深緑の毛皮のコートを着ていて、髪の毛は茶髪。背中から巨大な翼が生えたアイオロスらしき人物だった。

「アイオロスとアリオンの食合神。予測もつかなかったが、案外、安定している。さぁて、二人分でどれほ―――」

 瞬間、男は背中をアイオロスに蹴り飛ばされ海岸の防波堤に頭から突っ込んだ!防波堤に巨大なヒビが入って、そして崩壊した。男は瓦礫に押し潰された。アイオロスは砂場に着地する。自分でもその動きに驚いていた。

「……蒼穹虚空……かな。自分でも驚きだよ、アリオン」

 瓦礫の中から驚いた様子で男が這い出てきた。かなりボロボロになっている。

「蒼穹虚空アイオロス……だと? まさか、ここまでの破壊力が……」

 アイオロスは大声で訊いた。

「すいません! 神界に戻ってもらえます?!」

「……? ……神界に戻れって?」

「そうです。僕はアイオロス。パンドラの箱を開けて神を地上へと落としてしまった張本人。あなたもその一柱です。どうか、ここは了承して戻ってもらいたいのですが」

 男はフラフラとしながら立ち上がった。その顔は今もまだ笑っている。不適な笑みだ。

「悪いけど、戻ることはできないのですよ。『エレボス』からアイオロスを抹殺するように言われてますので」

「エレボス? もしかして神の一柱?」

「そうですが、口が裂けても情報は渡せませんね。神界に戻るくらいなら、ここで死を望む」

 この言葉には困り果ててしまった。もう相手は戦えるような状況じゃない。そんな相手と戦闘する必要もなくなった。神界に戻ってくれそうにもない。どうすれば良いのか悩んだ。そして相談することに。

『もしもしー』

『何だアイオロス?』

 テレパシーによる通信会話だ。

『お前……何か変な声してるな。変な物でも食ったか?』

『ベタなボケしないでよ』

 今のアイオロスはアリオンを食合している。それが原因か、声が混ざって中性的になっていた。

『今、海岸にいるんだけど……目の前に―――あれ?ちょっと待って?』

 アイオロスは男に訊いた。

「あなたの名前は?」

「アレス……『戦争の神』だ」

 彼の名前はアレス。戦争の神で、軍事攻撃を得意とする男。エレボスという謎の神がバックアップしているようだ。

『クレイオス、名前が分かった。今、目の前に戦争の神アレスがいるんだけど』

『良く見つけた! そいつは攻撃してこないのか?』

『今は戦意喪失状態だよ。どうやら―――』

 テレパシーが途中で切断された。アイオロスの背をライフル弾が貫いたからだ! それは戦意喪失状態に見えたアレスの隙を突いた攻撃だった。背中から流血し始め、アイオロスはそのまま意識を失って倒れた。弾道からするに心臓部を貫いた一撃。確実にアイオロスを殺す一撃だった。アレスはそのまま疲れ果て、瓦礫に倒れこむ。

『どうした、アイオロス? 聞こえてるか?』

 クレイオスの通信も無惨に、アイオロスは砂の上で倒れたまま動かなくなった。背中の流血は止まらず、砂浜を赤く染め、そして海にまで流れていった。


 クレイオスはアイオロスの通信が遮断したことから、もしかしたら襲撃を受けたのではないかと思い、大急ぎで海岸へと走っている。暗い山道をノンストップで走っていく。辺りは当然真っ暗。街灯一つもないため、肉眼では暗くて一メートル先の文字も見えない。左右の深い森は闇を潜ませていた。月の光は草木で遮断されて通らない。

 そうやって海岸を目指していると、目の前に誰かが立ち尽くしているのを見つけた。肉眼でも何とか理解できる。どんな服装をしていてどんな髪色なのかは良く分からなかった。

「クレイオス、どこへ行くんだ?」

 その人物がクレイオスの名前を知っていて、そして呼んだ。クレイオスは立ち止まる。

「お前は誰だ?」

「まぁ、そう焦るなよ。じっくりと語り合おうじゃないか」

「そんな暇はないんでな」

 クレイオスは無視して再び走り出したが、瞬間、目の前に先ほどの男が出現した!近距離にまで近づいてきたおかげで、暗い中でも肉眼で相手を捉えることができた。身長はクレイオスと比べると小さい。百四十五センチといったところだ。髪の毛は全て長髪白髪。頭に小さな王冠が乗っている。コートを羽織っている。

「やぁ、どこへ行くんだ?」

 クレイオスはそこから一歩下がり、そして戦闘態勢を取った。

「どうやら神の一柱のようだが、俺を邪魔する奴は誰であろうと……仲間以外は、倒す。大丈夫、殺しやしない。ちょいと痛めつけるだけだ」

「ふふふ、知った口を叩きおって」

 クレイオスが足に力をかけ、全身しようとするその動作を取った瞬間、目の前の人間が消えた。かと思ったら直後、背中に強烈な衝撃が走った。クレイオスはそのまま倒れる。気がつくと全身傷だらけで所々服が破けていた。目の前にはあの男はいなくなっていて、代わりに一軒家がそこにあった。光が付いていて中には人間たちがいる気配がする。そして周りを見ると、そこは街中だった。クレイオスは今の状況を頭の中で整理し、そして理解したが、自分でも正直信じられないことだった。あの男はクレイオスをたった一撃で山から山下の街まで吹き飛ばした、そう考えるしか通用しなかった。

「ありえない……」

「それがお前の実力だ、思い知れ」

 いつの間にか目の前にあの男がいて、そして倒れている自分を見下していた。町中の灯りのおかげで、ようやくその姿が明白となった。白髪の長髪、頭の王冠、長すぎる灰色コート。その中は灰色の服と黒いズボン。真紅の瞳がクレイオスを写している。その顔は幼い男の子の顔をしている。

「誰だ?」

「お前がそれを知る由はない。私はただ話がしたいのだ。分かるか?」

 クレイオスは傷ついた体で何とか立ち上がる。意識がハッキリしてきて、そして自分が一軒家を貫いて崩壊させ、そして何とか止まったことに気づく。

「その力量、ただの神じゃないな」

「神格違いだ。とはいえ、お前と私の立ち位置から比較すると、私の方が下位に位置する」

「信じられない。俺より下位にここまでの者がいるとは。結局のとこ、お前は敵なのか味方なのか、どっちだ?」

「どちらでもない。」

「それは一体どういう意味だ?」

 クレイオスがそう訊いたが、その質問は呆気なく無視された。

「急用があるのだろう。どこへ行くつもりだ?」

 その男がそう訊いてきて、クレイオスは山の向こうにある海岸へ向かうことを教える。その直後、男がクレイオスの体を持ち上げた! いともたやすく持ち上げると、両腕でクレイオスを投げ飛ばした!あの体型からは考えられない勢いで投げられたクレイオスは瞬間的に空の上まで飛ばされてしまった。

「さよならだ、クレイオス」

 その人物はそう呟くと、空間に光の狭間を作り出し、その中へと消えていった。


「ここで死んでもらっても困るんだよ」

 そんな声を聞き取って起き上がるアイオロス。ライフル弾が貫通して死んだはずのアイオロスが起き上がった。目の前には夜の星空。そして横には一人の少女が居座っていた。黒いウェーブのかかった長髪、黒くてふわりとした服に丈の短い黒ズボン。年頃的に小学生に見える。アイオロスはその人物を知っている。

「ラミア?」

「そ。正直もう終わるのかと思ったよ、アイオロス」

「死んだはず……」

「僕がライフル弾が貫通する前に内部から弾いたんだ」

「内部から?」

「そう、ずっと君に取り憑いていたんだ」

「憑く?!」

 ラミアは悪魔の黒羊。人間に取り憑いて呪縛し、そして死に至らしめる。今回、アイオロスは取り憑かれたことで命を救われた。

「じゃあ、君は僕を呪い殺すつもりじゃ?!」

「うん」

 すんなり答えた。その笑顔が恐ろしい。

「ま、良いや。後で成仏してもらうとして―――」

 アイオロスはアレスの様子を調べるために立ち上がった。背中からの流血は止まっていた。一応はライフル弾を背中に受けていたので激痛が走っている。

 アレスは瓦礫の中で倒れていた。意識はないようだ。

『クレイオス、聞こえる?』

 アイオロスはテレパシーで会話をする。しかし、クレイオスの反応はなかった。

「寝ちゃったのかな」

「この寝てるの誰?」

 ラミアがアイオロスの背後でアレスを突きながらそう訊いた。アイオロスは慌ててラミアを引き止める。

「起きたら殺されちゃうぞ、本当に!」

「好奇心で」

「全く……。彼はアレスって名前で『戦争の神』さ」

 ラミアは納得する。それから、

「じゃあ、僕、そろそろ戻らないといけないんだ。がんばって、アイオロス」

「うん、じゃあね」

 そう言うとラミアは急にアイオロスに抱きついた。アイオロスは訳が分からず、ただ顔が真っ赤になって爆発しそうだった。

「なななな何して―――」

 その直後、ラミアがドロドロに溶けて消えた。砂地に吸い込まれたわけではなく、アイオロス本体に吸い込まれたように見えた。

「取り憑いたでしょ?! ちょっとラミア!」

 もちろん、ラミアが反応することはない。

「本当に呪い殺すつもりだ。何とかしないと」

 顔と行動の割には恐ろしいキャラだと思ったアイオロス。バラには刺があるということなのだろう。

 アイオロスにはラミアはどうにもできない。仕方ないから、ほっておき、ひとまずアレスの件を何とかしようと動き出す。

 そんな時だった。海上に何かが落下して広範囲に水しぶきを上げたのは。膨大な量の海水が空へと舞い上がり、そして一時的な大雨を作り出した。アイオロスはアレスのいる防波堤の影へと慌てて駆けていった。アレスのぶつかった防波堤には穴のようなものができていて、そこが雨しのぎになった。

 雨が止み、月明かりによって虹が出来た頃。アイオロスは何事かと視界が開けた海上へと目線を送る。海上に何者かが浮いている姿を目にした。大急ぎで海へと入り、その人物を引き上げた。黒い短髪で、蒼いズボンを履いている。そして印象的な蒼と橙の混じったマフラーをしていた。明らかにそれはアイオロスの知っているクレイオスだった。だけど、全身傷だらけで明らかに普通ではなかった。まだ息はしている。敵に飛ばされたとしか考えられなかった。アイオロスは砂浜で寝し、様子を見ていた。

 そしてそれと同時に、砂浜へと一人の少女がやってきた。暗い夜道の中、体が蒼白く発光していて目立っていた。確実にその時点で人間ではない。珍しい蒼い髪の毛が目立つ。白いワンピースを着ていた。金色の瞳がアイオロスを捉えている。それはアリオンやヘファイストスの証言と完全に一致していた。そう、月の女神セレネだ。アイオロスはとっさに立ち上がり、セレネを見つめた。ヘファイストスの言うとおりの美しい少女だった。

 『何、してる?』と、セレネがそう尋ねた。澄み切った美しい美声だったが、小声で聞き取りづらかった。けれど何とか聞き取った。

「クレイオスとアレスが傷だらけで……」

 『何で?』と、セレネが小声美声で訊く。

「えっと……これは色々あって話すのが面倒だから一言で言うと敵にやられてしまったんだ」

 アイオロスはそう解釈したが、アレスが傷だらけなのはアイオロスがやったからである。セレネはそれを聞くと、クレイオスの元へと近づいてきて、そして手を触れた。瞬間、クレイオス周辺が蒼白く輝き始め、そしてクレイオスの傷が全て消え去った。アレスにも同様に、セレネは手をかざして傷を治した。

 『これで、大丈夫』と、一言呟くと、セレネは砂浜を歩き始め、どこかへと行こうとしていたので、アイオロスが引き止めた。

 『用?』と、セレネの一言。

「あの、二人……じゃなくて二柱を治してくれてありがとう!それと、こんな頼み事するのは場違いなのかもしれないけど、神界に戻って欲しいんだ」

 『何で?』と、再びその一言。アイオロスはパンドラの箱の話をした。セレネは納得するように軽く頷いていた。だが、セレネから頼み事が帰ってきた。『兄と妹を探して欲しい』とのことだった。月の女神の兄妹ということは、彼らも神だということだ。

「名前は?」

 セレネは二言、『『エオス』と『ヘリオス』』と、答えた。

「エオスは僕の知り合いだよ! 呼べば来ると思うんだ!」

 セレネは意外そうに少しだけ目を見開いたが、すぐに平常の顔に戻った。

「ヘリオスは聞いたことないかな。どんな神様?」

 『太陽神』と、セレネは答えた。『普段はオレンジのジャージを着てる』と、外見の説明もしてくれた。

「そうか、分かった! ありがと、セレネ! え? 待って? ……エオスとセレネは姉妹?!」

 ようやく理解したアイオロスは時間差で驚く。『暁の女神』と『月の女神』の姉妹は関連性があり、信憑性は高い。それにセレネとエオスは少し似通っていた。

 セレネは『エオスとヘリオスを頼みます』と、小声でそれを呟くと、その場から薄れて消えてしまった。月夜の海浜の上、アイオロスがその姿を静かに見届ける。

 小波さざなみの音が静かに聞こえる中、いるのは黙ったままのアイオロスと倒れ尽きているクレイオスとアレス。この日の月は美しかった。


 次の日の早朝、エオスが早速寝室で現れた。ベッドで眠っているのに、名前を何度も連呼してくる。そして鬱陶しくてベッドから起き上がった。

「何だ、お前?」

「あれ? アイオロス、じゃない?」

 ベッドで眠っているのはアイオロスではなくて、全身に包帯を巻かれたクレイオスだった。気だるそうな顔をして髪の毛をかきむしったクレイオス。実はクレイオスは朝に弱い。そして寝癖も酷い。髪の毛がボサっとしている。

「アイオロスはここじゃない」

「君の後ろだよ、エオス」

 エオスの背後にアイオロスが立っていた。エオスは驚いて振り向き足を絡ませてベッドに倒れ込んだ。アイオロスは照明をオンにする。

「そんなに驚かなくても良いのに」

「あれ? アイオロスなんだよね?」

 エオスがアイオロスを凝視する。アイオロスは不思議な顔をしていた。

「アイオロスだよ」

 アイオロスはすぐに思い出す。今、アリオンと食合してるということ。見た目が少し変化していた。エオスはそれに驚いているのだ。起き上がったクレイオスもアイオロスの姿に不審さを覚える。

「アイオロス、お前……いつからそんなに髪が長くなった?」

 アイオロスの髪の毛は今、ウェーブがかった茶色の長髪になっている。以前はもっと短かった。アリオンの髪の毛の性質が移っているのだ。

「えっとこれは……アリオンと食合したんだ。二十四時間以内に解除しないといけないんだっけ?」

「アイオロスお前! 食合することの恐ろしさをもっと知れ! もしお前が二十四時間以内に解除できなかったら―――」

「アリオンは消えるんだよね?」

「それだけじゃない。神が消えることは概念が消えることと同じだ。アリオンだから被害は少ないだろうけどな、もし時間の神クロノスとかだったら、時間の概念が消えるんだからな!」

 クレイオスはそう叫んで、傷口が疼いて痛そうに布団に埋まった。エオスが心配そうにクレイオスを覗いていた。

「ま、どうにかなるでしょ♪」

 アイオロスは軽口を叩いた。これはアリオンの性質依存によるもので、決してアイオロス本人が楽観視してるわけじゃない。

 しかし、アイオロスには得策があった。

「大丈夫、心配ないよ。いつでも解除できると思うんだよね、僕は」

 アイオロスは自信満々でそう言い切った。アリオンの精神依存で少しだけおかしくなっている。クレイオスおよび、エオスはそんな自信満々のアイオロスに首を傾げる。

「せっかく食合したんだしさ、少し試したいことがあるんだよね」

 瞬間、アイオロスがその場から消え、寝室に暴風が巻き起こった! クレイオス、エオスの二人は驚いて硬直する。

「おふたりさん、ここ」

 そしてアイオロスの声が次に聞こえたのは二人の背後だった。真後ろに翼を生やしたアイオロスが立っていた。

「何て速度だ……」

 感嘆するクレイオス。目で追うことも、認識することもできていなかった。

「これなら学校に遅れることもないよね?」

「それのためかよ!」

「大丈夫、二十四時間経つのは夜になった頃さ。余裕十分!」

「お前ってやつは……」

「クレイオスはそこでじっくり休んでよ。僕は学校へ行く支度しないとね。もちろん、五秒あれば十分だけどね♪」

 アリオンのような口調で言ったアイオロスの姿は次の瞬間消え、そして五秒後には目の前に制服姿のアイオロスが立っていた。

「じゃ、行ってくる~♪」

 それだけ言ってその場から消えた。

「アリオンのせいだな……あーなったのも」

「変わったね、アイオロス」

「一時的に、だ」

 エオスはアイオロスがいなくなったので帰ることに。寝室を出て階段へと降りていくが、当然、そこで転けて階段をドタドタと騒音立てて落下し、壁にぶつかる音が、二階寝室のクレイオスのとこまで聞こえてきた。クレイオスは立ち上がって、階段を覗き込む。壁に止められて変な体勢のエオスがそこにはいた。

「お前ドジだな」

「えへへへへ……いたたた……」


 学校へと飛んで来たアイオロスは堂々と前扉を開き、教室へと入っていった。皆が一斉にアイオロスを見る。そこには以前のアイオロスとは違った雰囲気のアイオロス。驚いたり、訝っていたり、クラスメイトはアイオロスを変な目で見ていた。アリオン食合中のアイオロスは堂々としていてこれくらいのことは気にしていなかった。いつも通り窓側の席に座って外の景色を眺める。ここは以前と変わりなかった。

 今、校舎内ではアイオロスが噂で出回っている。一昨日、アリオンが堂々と登校中のアイオロスに出会ったのを複数の生徒に見られたのが原因だろう。アリオンなどという人外と付き合ってるアイオロスは当然すぐに噂になる。そして今日も質問攻めに遭うのだろう。

 窓の外の景色を眺めるアイオロスへ、一番最初に話しかけてきた人物はくすんだ灰色の髪の毛を持つ男子生徒だった。

「やぁ、アイオロス」

 アイオロスは視線だけを向ける。そこには同じくらいの身長の美男子が立っていた。やはり灰色の髪は良く目立つ。アイオロスの場合は茶色の長髪でイメチェン域を超えているのだが。

 その男子生徒は自己紹介から始めた。

「僕はアフロディア、よろしく」

「よろしく」

 答えるだけ答えたアイオロス。再び窓の外へと目線を向ける。アフロディアはそんなアイオロスに言葉を投げかける。

「君は実に神秘的だね。まるで神様のようだ」

 アイオロスはそんなセリフを吐いたアフロディアを疑わしい目で睨んだ。アフロディアは依然として爽やかな笑顔を保っていた。彼らの会話を他生徒は興味ありげにチラ見している。アフロディアは気にせず続けた。

「アイオロスは鬱陶しいとは思わないの?」

「何が?」

「他生徒のこと。こんなにも堂々とジロジロ見られて、質問攻めにも遭ってさ。これじゃあ眠れるもんも眠れないよね?」

「アンタもその一人だけど?」

 アリオン口調のアイオロスはそう言った。アフロディアは表情を一切変えず、

「それは失敬。でもさ―――」

 アフロディアはアイオロスの耳元で呟いた。

「僕はアリオンのこと、知ってるよ」

 アイオロスは驚き、言葉もでなかった。人間にアリオンの正体がバレてしまった。非常にまずいことになる。アイオロスはアフロディアの襟元を掴んで言った。

「余計なとこに首突っ込むとどうなるか、分かるよね? これは警告だよ?」

「そうですか。アイオロスは僕に手を出せる?」

 アイオロスはアフロディアの体で他生徒には見えない位置で、片腕を翼に変化させ、羽の刃を首に向けた。

「出そうと思えば、ね?」

 そう言ってニヤリと笑った。アフロディアはさすがに驚いて飛び退いた。アイオロスは一瞬でその手を元通りに戻す。アフロディアは引きつった顔でアイオロスを見ていた。冷や汗がすごい。アイオロスは小馬鹿にするような蔑みの目を向ける。他生徒はその様子を面白げに見ていた。

 アフロディアは一度冷静になり、元の表情に戻ると言った。

「では、アイオロス。また後で会いましょうか?」

「そだね~♪」


 昼休みになり、生徒たちは校舎内で余暇を満喫している中、アフロディアは屋上へ一人、やってきた。屋上には普段誰も来ない。来ても特に何もないからだ。それゆえに、この場所は秘密のやりとりにはもってこいの場所ということ。

 屋上は今日も風が強い。屋上は位置が高いためだろう。学校旗も風ではためいている。綿雲も高速で流れていく。

 アフロディアはハシゴを上り、屋上のタンク裏へと来た。ここは完全に死角。誰にも見つからない位置だ。

「約束通り来たけど、アイオロス?」

 アフロディアは一人、そんなことを呟く。

 そんな時、校舎屋上へとアイオロスが翼を生やして飛んで来た!そこから一回転して上昇すると、アフロディアのいるタンク裏へと着地した。着地による風圧がアフロディアの髪をなびかせた。アフロディアは呆気に取られて口が先ほどから開きっぱなし。アイオロスは白い翼を消滅させて、

「こんにちは、アフロディア」

 なんて呟くのだった。

「これは驚いたな。そんなことまで」

「さてと、アフロディア。僕からの話は一つだけ」

「恐らく予想が付きますね。黙過してほしいと?」

 アイオロスは笑顔で頷いた。

「では、こちらからも一つ質問をします。その質問によって僕は黙過するか決めることにします」

「どうぞ♪」

 アフロディアは一度間を空け、それからいつもどおりの爽やかな笑顔で言った。

「君の目的って何?」

 アイオロスは笑顔のまま、硬直した。ここで真の目的を話して良いのだろうかと。しかし、ここで言ってしまったらアフロディアに全てを明かしたことになる。アイオロスはそれを〇.一秒で考え、クレイオスに相談することに。テレパシーはアフロディアには聞き取れない。

『クレイオス!』

『何だ?! 緊急事態か?!』

 アイオロスは今の現状、アリオンがバレてしまったことなどを全て説明した。この間、アフロディアはずっと表情を変えずに待っていた。

「アイオロス、考えは纏まった?」

「あと少し待ってて」

『それは非常にまずい事態だな』

『どうすれば良いの?』

『とりあえず、ここはその男にバラしておけ。被害は最小限に治めたいだろ?』

「分かった! アフロディア、言うよ」

 パンドラの箱を開け、神々を地上に落としてしまい、その神を神界へと戻す義務を遂行していることをアフロディアに明けた。アフロディアはイマイチ信じがたいという感じだったが、アイオロスの姿を考え、すぐに納得した。

「なるほどね。分かった分かった。僕は約束通り告げ口はしない。ただ、少し面白そうだからついて行っていいかな?」

「ダメ!」

「そう。では、僕はここらへんで」

「じゃあねー」

 こうしてアイオロスとアフロディアの密談は終わった。アフロディアはこれ以降、一度も告げ口はしなかった。だが、アフロディアにアイオロスの目的が知られてしまったことは痛いところだった。いつかはバレるだろうなとは思っていたが、アイオロスの思っているほど早くバレてしまった。アイオロスは一刻も早く、神々を全て神界へと戻すことを心に決めるのだった。


 自宅へと帰宅したアイオロスは扉を開くなり、クレイオスに引っ張られてリビングへと連れてこられた。靴はアイオロスが歩きながら脱ぎ捨て、雑に玄関に置かれている。クレイオスはアイオロスをソファーへと座らせ、そして第一声。

「あの男を殺しに行くぞ!」

 物騒な一言だった。アイオロスは突拍子も無い言葉に惚けている。クレイオスの表情を見るからに相当焦ってるのが見て取れる。

「誰を?」

「神々の正体がバレてしまったなら、証拠隠滅に見者を消すしかない!」

「何で~?」

 アイオロスはのほほんとしながら、ソファーにくつろぎ、そう尋ねた。

「何でも何も……バレたんだぞ?」

「口封じはしたんだし、良いんじゃない?」

 明らかにアリオンの楽観的思考が影響されている。アイオロスならば、ここまで楽観的には喋らないだろう。殺すのはダメだとか、否定から始まるはずだ。

「アイオロス……お前、変だな、今日は? アリオンの影響か?」

「あーっと、アリオンの食合を解かないとね」

「知ってるのか、解き方?!」

「もちのろん!」

 ソファーから立ち上がって、アイオロスは階段を上がって二階へ。クレイオスもアイオロスについていき、二階へとやってきた。階段前で二人は止まる。

「じゃ、説明するよ。僕とレアーが食合から解除したとき、覚えてる?」

「あぁ、急に爆発したな、ちょうどこの階段で……まさか?」

「そうだよ、そのまさか。階段から落ちれば直るかもね」

「それだけか根拠は?!」

「うん♪」

 実に楽観的なアイオロス。階段の前に立って、下を覗く。距離にしてほんの三メートル。ただ、高低差が激しいので高く見えている。口ではああ言ったアイオロスではあるが、いざ目の前に立ってみると自分から落ちることの難しさを覚えた。足が恐怖でストッパーをかけていた。

「えっとちょっとタンマ」

「早く行け」

 直後、アイオロスの背中をクレイオスが蹴り飛ばした!なんて乱暴非道な男なのだろうか。アイオロスは意表を突かれてそのまま落下していった。『ドドドドドドドドッ』と突貫工事のような轟音を響かせ二階から一階へ。壁に背中をぶつけて止まった。そして予想通り、爆発。階段に白い煙を巻き上げた。一瞬にして周囲五メートルは強烈な濃霧と同じ状態に。クレイオスは咳き込んで身をかがめる。

「んぐぐぐ~っと~! やっと戻った~♪」

 煙が晴れると、そこには毛皮の外套に身を包んだアリオンが立っていた。無事解除できたようだ。アイオロスは壁を伝って立ち上がる。二人とも体が赤く発光していた。

「おはよう、アリオン」

「おっ、無事に戻ったみたいね、アイオロス。アレスは?」

 アリオンはアレスと戦い、その最中で食合状態になったため、アレスの後のことは知らない。

「アレスなら、まだ眠って―――」

「―――ないけど」

 クレイオスの背後、寝室の辺りからアレスの声が届いた。どうやら起きたみたいだ。クレイオスはすぐさま振り向き戦闘態勢を取る。一階にいるアイオロスからでは良く見えていない。

「警戒するなよ、別に攻撃しない。負けたんだから。それに、この様子だと助けてもらったようだしな」

 アレスは自分の体に巻かれている包帯と、暗い寝室のベッドを見てそう呟いた。

 元通りになったアイオロスは階段をよろめきながら登り、そして寝室へと様子確認へ行った。暗い寝室に入ると、体の赤い発光が目立つ。アレスはアイオロスをやや訝っている。

「さてと、本題に移るけど―――」

「神界に戻れってことだろ? 悪いけど、それは了承ならんな」

 アレスはやはりかたくなに断る。どうしても戻りたくないようだ。なので、アイオロスは理由を訊いてみることに。

「理由は言ったはずだ。エレボスの約束を敗れるわけがない」

 クロノスも言っていた神の名前『エレボス』とは一体何者なのか、アイオロスはそれについてを訪ねてみたが、やはりアレスの口からその情報が出てくることはなかった。どうしても戻らないアレスはアイオロスを悩ませる。アイオロスの背後からクレイオスが言った。

「ならば、力尽くで分からせてやるしかないな」

 クレイオスは指を鳴らしてやる気満々。アレスはそれに反応して、即座に右手を大砲に変えた。その間に立っていたアイオロスは慌てて二柱を止める。せっかくヘファイストスに修復してもらった家を再び壊すことは絶対に嫌だとアイオロスは必死。それに、争いからでは何も生まれないことを知っている。しぶしぶ二柱はその手を引いた。

「そうやってすぐに強行に走るのはやめたほうが良いよ」

「人間に言われたくねぇな。」「まったくもってその通りだ」

 アレスの言葉に同意するクレイオス。なぜかこの時だけ二柱は意気投合をしているように見えたアイオロス。

「二人して僕をいじめるんだ! ヒドイや! ヒドイや!」

 アイオロスはクレイオスとアレスを指差しながらそう叫ぶ。

「人間単位で指すな。俺たちの数え方は一柱、二柱だ!」

 クレイオスが人間らしい答えで、細かいところに突っ込んだ。そんなことはどうでもいいことだ。アレスも同意するように頷く。アイオロスはいじけて部屋の片隅に座ってどんよりとしていた。

「まぁ、お前がそこまで言うなら強行はやめる。だが、それ以外でこいつをどう神界に戻すって言うんだ?」

 クレイオスはどんより中のアイオロスを横目に尋ねる。アイオロスはアレスの前に立ち、場違いな笑顔でこう答えた。

「僕がアレスの友達になる」

「はぁ?」「・・・・・・」

 クレイオスは馬鹿げてると言わんばかりの表情。アレスは無言で黙り込んだ。アイオロスは続けて言う。

「もう争いごとはしたくないんだよ。僕は神様だって友達になれると思ってる。誰もそんな概念を決めてないんだから。アレスが神界に戻らないなら、この地上界で僕と友達になってよ。アレスは僕を殺すことは、もうしないでしょ?」

 アレスはそう尋ねられるも無言を貫いていた。クレイオスが代わりに言う。

「無言っていうことは、お前を殺すことをやめないってことだぞ?」

「じゃあ、こうしよう。アレスが僕を殺せるようになるまで友達!」

「それこそどうかしてるだろ、アイオロス? お前なんかじゃ、アレスには勝てない。お前が勝つには食合するしかないんだからな」

「でも、僕の意思だ!」

 クレイオスはまっすぐ見据えているアイオロスに心底呆れ果てた。

「止めても無駄よ、クレイオス。アイオロスちゃんは一度決めたことは貫く男なんだからね」

 先ほどから階段脇で寝室を眺めていたアリオンがクレイオスへと言った。クレイオスも納得したのか肩を落とした。

 アイオロスはアレスへと手を差し出す。

「今日から、友達としてよろしく、アレス!」

 アイオロスは笑顔でそう言い切った。アレスは無言でその腕を見つめていた。もし、ここで握手を交わせば、それはアイオロスと友達になることの了承。敵と友情を育むことの意味を示す。そしてそれをなしたとき、アレスは殺される。アイオロス抹殺に失敗したとして。当然、握れるわけがなかった。だから無言を貫き通していた。今、アイオロスを殺すこともできるのだが、アレスにはプライドというものがあった。助けてもらった身として、すんなりここで命の恩人を殺すことはできない。そう、アレスはアイオロスの命を救ってもらった。

「うん、こうなるのも予想してたよ」

 アイオロスはがっかりしたように腕を下ろす。

「ならさ、こうしよう。アレスを従わせているエレボスを僕が倒―――」

 瞬間、アレスが片腕を刀剣に変化させ、アイオロスの首に向けて構えた。

「お前なんか雑魚に何ができる? エレボスを倒すなんて、ほざきやがって。一人なんかじゃ何もできないくせによ。神を倒すのは神にしかできないんだよ、そこんとこ分かってんのか?お前は神じゃない、お前は無力な人間に過ぎないんだよ」

 アイオロスはそんなアレスの言葉を聞いて口角を上げた。アレスは訝しげに見つめる。アイオロスは右腕でアレスの刀剣を掴む。

「何もできない、僕は人間だから。分かってる、そんなこと。分かってるんだよ!!!」

 アイオロスはアレスの刀剣をひねり曲げ、投げ飛ばした! アレスは完全に油断していて飛ばされベッドに着地した。刀剣は見事にひねり曲がっている。人間のアイオロスが到底できる業ではない。アイオロスは驚くこともなく、アレスの前に立っていた。その右腕には黒いオーラがうっすらと立ち昇っている。クレイオスもアリオンも、その場の一同が皆、予想外の出来事に驚きを隠せないでいた。アイオロスから何か凄まじいオーラが発せられているのを直感で感じ取ったアリオン。

 寝室の窓がガタガタと音を鳴らし始め、カーテンが揺らめいている。廊下の電灯がチカチカと点滅を始め、異様な空気が流れ始めた。

「分かってる! 分かってる!だけど、僕しかないんだ! 神界に戻さないといけない、君たち神様を! エレボスもいずれ、出会うことがある。無理なんて言葉を吐く余裕なんかないんだ!」

 いつもと何か違うアイオロス。右腕の黒いオーラはもう収まって流れてはいない。

 アレスはひねり曲げられた刀剣を元の手の形に戻し、ベッドから飛び降りた。

「人間じゃないな、お前」

 アレスがそう呟く。

「そのオーラ、一体何だ? どこで手に入れた?」

「オーラだか何だか知らないけど、とにかく僕は神様を神界へと戻す」

 アイオロス自身はオーラのことに気づいていない様子だ。勝手に出てきた偶然の秘力を。

「……ちっ、もーどーだって良くなった。良いぜ、アイオロスの言う通り、神界に戻ってやる。お前には負けたよ、現に負けたんだがな」

 アレスは笑顔でそう言った。アイオロスは嬉しくてガッツポーズ。あのアレスを神界に戻すことができるのだと。

「お前も人間に甘くなったな、アレス」

「気まぐれっつーもんだ。クレイオス、お前はなぜ人間に付く?」

「そんなもん、理由なんかどーだって良いだろ?」

「お前らしいといえばお前らしいのかもな」

 アレスは一度、フッと笑うと、それから腕を上へと掲げた。アイオロス、クレイオス、アリオンが見ている中、アレスの身体が粒子のようになって、少しずつ薄れ始めた。粒子は天へと登るような形で消えていく。アレスが自身で神界へと戻っているのだ。

「あんたは正直好きなキャラじゃないけど、悪い奴じゃないってことだけは保証するよ」

 アリオンがアレスへと捨て台詞を吐き、アレスは苦い笑いを見せた。そしてアレスは寝室から消えてなくなった。アイオロスは一度大きく息を吐いて、そして自分のベッドに倒れ込む。

「あー、緊張したー。もー、神様って怖いなー」

 そんな馬鹿げたことを呟くのだった。

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