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処刑台  作者: 菊之助
2/6

一寸先

地面を踏み出す度に水が飛び跳ね、靴を濡らす。

傘を叩きつける雨は降り止む事はなく、この男の行く先を阻むかの様にも見え、迫ってくる淀んだ雲はまるでこの先を知っているかの様。


そんな事を気にも留めずに差し掛かった曲がり角を曲がるとこれまたより一層寂れていて灯り一つさえない不気味な路地裏へとこの男は何の躊躇もなく歩を進めていく。


進めば進むほどこの路地裏はより一層不気味な空気が一ミリの隙間なく取り囲み、小道を息が詰まりそうな程狭い道へと変貌させる。

道に散らばる、烏にでも突かれたのであろう塵が放射線を描くかのように散乱しており、鼻を掠める腐臭は正直気分が良いものとは言えない。


だがこの男は先程から少し歪めた笑みを唇に漂わせながら、目に沁みるばかりの鮮やかで瑞々しい緑色の瞳にこの薄汚れている不気味な路地裏を真っ直ぐと、磨き上げられた鏡よりも澄んでいてまるで十六になったばかりの処女の様な目つきで映し見ている。


セピア色に褪せたこの道に何を映し見ているのだろうか。


その唇に笑みを漂わせた、何とも言えない表情の裏で何を思っているのだろうか。


ピチャピチャとわざと水を飛び跳ねさせ、舞うかの様に歩を進めるこの男の考える事など見当もつかない。まるで幼児の様な、そんな振る舞いをするこの男の思う事を考える事自体馬鹿げているのかも知れない。


ピチャピチャと。

何が楽しいのだろうか。


睫毛を伏せながら水と遊ぶ幼児の様な振る舞いをする男、この男が狭い路地裏に人工的に作り出す、ただ一つの音が傘を叩きつける音と混じり合い、耳の奥で濁っていく。


ピチャピチャ、ピチャピチャと。

この男と戯れるかの様に水が飛び跳ねる。

地面に足を押し着ける度に靴は声を枯らし泣いているかの様。


その中に新しく交じる高らかな音。

コツコツ、コツコツと点と点がある一定の速度で此方に向かって来る音が聞こえる。

この男から生み出された音ではないものが混じり次第にそれらは耳の奥で弾け合い、不協和音を生み出す。


コツコツ、コツコツと。

こんな篠突く雨の中を骨組が曲がった真っ黒で愛想がない傘を差して前方から歩いてくる男が一人。


コツコツ、コツコツとこの不気味な路地裏には似つかわしくないヒールの踵が地面を蹴る音はこの幼稚な男の横を通り過ぎようとしている、深く被った烏羽色の傘で顔を隠しながら。


コツコツ、コツコツ。


烏羽色の傘がこの男の横切る、少しの時間。

ほんの少しの何とも言えない微妙な空気が頬を掠める。息が詰まりそうな、首を締め付けるかの様な、そんな不気味な空気が数分いや数秒とも言える速度で流れていく。


ほんの小さな不気味な空気は雨に馴染んでいき、其れと共にピチャピチャとわざとこの男が鳴らしながら歩を進めていた音も次第に一定の足音となる。


何かを見たかのような、感じ取ったかのよ様な、行く足を速めるこの男はさっきまで水と戯れていた幼稚な男とは思えぬ程険しい雰囲気を醸し出すあの傲慢な男に戻り、頬に微かに冷たく刺々しい表情を浮かべながら歩を進める。


泣いていた靴もくしゃりと苦虫を噛み潰したかの様な面持ちになり強く地面を蹴り、路地裏の出口へと。


その背をじっと見る、烏羽色の傘。

曲がり角から此方を覗き込む傘はヒールの男の顔を覆っていてよく見えない。


烏羽色の傘をゆらゆらと。ザーザーッと。

酷く打ち付ける雨はこの男を隠す。

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