篠突く雨
旧邸が建ち並ぶ街に土砂降りの雨が降り注ぐ。迫ってくる雲は淀んでいて傘を叩く音は行く足を遮る。
まるで篠竹が束にして地面を突き下ろすかの様な激しい雨の中、傘を差して歩く者などいない。
そう、いない。
ただ一人の男を除いて。
溜息雑じりの息を吐き、澄んだ夜空を重ねたかの様な髪を揺らす男は何処へ向かうやら、この旧邸が並ぶ寂れた街の奥へと進んでいく。
激しく降り注ぐ雨、飛び散る泥水を気にも留めず歩を進めるこの男は高坂匡宏で在ろう。
この男は泥で汚れた靴を見る事もなく左手首に身に着けている腕時計を一瞥し、ゆっくりと歩を進めていた足を振り上げ地面を押し坂を駆け上がっていく。
焦っているのだろうか。
いや、この男に限って焦ると言った事は滅多にないだろう。何せこの男は完璧主義なのだ。
そんな男が焦って行動をし相手に嗤われる様な事を、不完全な振る舞いをするだろうか。
しないだろう。
この男は如何なる時も完璧で有ろうとし、高慢に振る舞うのだから。
では何故走ったのだろうか。
答えは簡単な事である。
ただ走りたい気分だったのだろう。
地面を押していた足をゆっくりと地面に着け、息を整えるこの男は完璧癖がある一面を持ち合わせていながら時々子供じみた行動を取るのだ、今の様に。
それ故、壊れたオモチャと呼ばれている。
そんな子供の様な振る舞いをするこの高慢な男は何処へ行くのか。
息を整え終えたのかまた歩を進めて奥へ、奥へと。