七十一話
着替えもそのままで外に駆けだした。 まだ遠くに行ってないと信じて町内をあちこち探しまわったが、見つからなかった。
白い息を吐きながら、呼吸を整える。 咳き込む。 目がくらむ。
いない……、なぜ。 俺が悪いのか……。 昨日、怒ったのが悪かったのか……。 昨日謝っていれば、こんなことにはならなかったのか。
いつものように起きて、ごはんをつくって、将を起こして、幼稚園に行って、会社に行く。
こんな日が来る予定だったのか。 ……いや、今更後悔しても遅い。 とにかく将を探さないと……。
いっこうに整わない呼吸のまま公民館に走る。
苦しい。 吐きそう。 それでも足は止まらない。
将は今どうしている。 どこにいる。 どこに行っている。 それを思うと止まるに止まれない。 どんなに苦しかろうと、止まるわけにはいかない。
公民館に着いたとき、職員の人がドアの鍵をかけているところに出くわした。 息子がいなくなったことを話すと、すぐに迷子放送をかけてもらえた。 係員の人に「見つかるといいですね」と声をかけてもらって、俺は幼稚園に走る。
将が出て行ったのは俺が悪い。 認める。 謝る。 だから、いてくれ……頼む。
幼稚園にも将はいなかった。 園の門を開けて、すべての教室の鍵を開けた園長先生がそう言った。
「そう、ですか……。 お騒がせしました……」
園長先生に軽くお辞儀をして幼稚園を後にした。 歩いて帰路につく。
どこにいる。 俺はどこを探せばいい。 考えが堂々巡りして、真っ白になる。 何も思いつかない。
「会社に連絡しないと」
電話をかけようとしていたら、一台の車が俺のそばで止まった。 窓が開いて、そこから顔を出したのは結城さんだった。
「どうしたんですか、そんな姿で?」
「それが————」
俺は将がいなくなったことを話した。 結城さんは声を挟むことなく静かに聞き、下唇を若干噛みしめた。
「そう、ですか。 私も一緒に探せればいいのですが、仕事もあって……」
「いえ、気持ちだけでもありがたいです。 それでは失礼します」
軽く会釈して去ると、後ろから結城さんが大きな声で言った。
「園児たちのお母さん方にも探してもらえるようお願いします! 私も仕事が終わったらすぐにでも!!」
再度、結城さんに会釈して歩き出す。
家に帰って、まずは落ち着くことに努めた。 悠長に構えてる時間はないが、焦っていても仕方がない。 水を一杯あおって、深い息を吐く。
さて、どうしたものか。 迷子放送もかかったことだから、将が迷子になっていることは町内中が知っているはずだ。 最悪、昼前には何か連絡が来るだろう。
それまでに俺がすることは何か。 また走り回る。 ……いや、それよりも誰かが将を見たかもしれない。 朝早くから子供が一人で歩いてるなんて、疑問に思うはずだ。 印象にも残りやすい。 聞いて回れば、将を見たという人に会えるかもしれない。
そう思い立つと、すぐに行動に移した。 片っ端らから近所さんに話しを聞いてもらい、情報を集めて回る。 町ですれ違った人にも、将の写真を見せて知らないか聞いて回る。
結果はだめだった。 これから寒くなってくる季節に朝早くから外に出る人は思っていた以上にいなかった。
公民館に行ってみたが見つかった情報はおろか、見かけたという情報も入ってはなかった。
捜索範囲を広げて見ても、見つけることができなかった。 お母さん方からも見つけたという情報は届かなかった。
それでもずっと足を動かして探し回った。
走って、聞いて、また走って。
体力なんてとっくの昔に底をついていた。 少しでも立ち止まったら、その分だけ将が遠くに行ってしまう。 それが怖くてたまらなかった。
だから、走って、走って、走り続けた。
太陽が真っ赤に染まったころ、結城さんから一本の連絡があった。
『私の実家付近で将くんを見かけたらしいです! 今どこにいますか!』




