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七十話

 幼稚園からの帰りに将は呟くように言った。 「ボクのこときらい?」と。

 俺はありふれたことしか言えなかった。 「そんなことはない」とか「あいつに言われたことは気にするな」とか、そんなことしか言えなかった。

 将はそれっきり何も言わない。 ずっと窓からの景色を見ながら呆然としている。

 自分が情けなくなる。 「親の仕事」なんて言ったのに何もできやしない。 それが悔しくて悔しくて、たまらなく自分がみじめに思える。

 将はまたあの太っている子に何かやられたらしい。 結城さんから聞いた話では、俺の妻のことを言っていたとのことだった。 結城さんも会話のすべてを聞いたわけでないからそのすべてを知ることはできなかったが、それでも気持ちのいいことを言われてたわけではないのは確かだ。

 あの子は将の記憶を無くすほどのひどいことをして、また同じことをしようとした。 いったいなにがしたいのか判らない。

 将がいったいなにをした? なんで将が苦しまないといけない。 なんでこんなにもつらい目に合わないといけない。

 こんなに憤慨しても、将を元気づけられる言葉が見つからない。

 しばらく間、会話のない時間が続いた。


「ほんとうは……」


 絞り出したかのような弱々しい声で将は言った。


「本当もなにも、お前を嫌いになる理由なんてないだろ」

「ほんとうは……」

「さっきも言っ————」

「ほんとうは! きらいなんでしょ!!」


 呆れたように言った途端、食い入るように将が声をあげた。


「……なんでそう思う?」

「……だって、ボクがうまれたせいで、ママがしんじゃったんでしょ。 だからボクのこと、きらいなんでしょ!」

「そんなこと言われたのか?」


 将はコクリと頷いた。

 頭を乱暴にかく。

 くそ! そんなこと言われたのか! あることないこと言いやがって! いくら子供だからって許さんぞ! でも、声に荒げちゃダメだ。 顔に出しちゃダメだ。 あくまで落ち着いて、普通に……。 この怒りは将にぶつけちゃダメだ。


「ママがしんじゃうなら、うまれたくなかった!!」


 飲み下している怒りが暴れ出す。 喉が痛い。 我慢なんて、できるか……!


「将!!」


 ジロリを将を見ると、涙目であっても威嚇するようにこっちを見ていた。 自分は悪いことを言ってない、むしろ正しいことを言っているとでも言いたげな目だった。

 だけどそんなのは間違ってる。 俺がどんな想いでいるのか、舞がどんな想いでお前を産んでやったのか、まるっきり判ってない。 まだ将には早いことかもしれない。 でもそれでも、触れられたくないことはある。 言ってもらいたくないことはある。 それは分かっててほしかった。


「いいか、今度そんなこと言ったら怒るぞ!」


 返事をしない将に怒鳴るように「わかったか!」と聞くと、返事の代わりに睨んでそっぽを向いた。

 それっきり今日は口を聞かなかった。




 翌日になってようやく冷静になった。 八つ当たりで怒りを将にぶつけてしまった。 言われたくないことを言われて、ついカっとなってしまったこともある。

 それにしても初めて将をしかったな……。 こんなにモヤモヤした気分になるのか。

 我慢できなかった自分の不甲斐無さ、怒ったことの後悔、将がどんな気持ちでいるのか、いろんな気持ちが混ざり合って汚い色になってる。

 とにかく、謝らんとな。

 布団から出てとなりで寝ている将を起こそうとしたが、いなかった。 もう起きたのかと思い、リビングに行っても将はいなかった。

 じゃあ、トイレか。 いなかった。 フロ。 いなかった。 台所。 いなかった。

 玄関。

 俺の靴しかなかった。

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