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六十五話

 夢を見る。

 それは懐かしい相手との夢。

 俺たちはカフェで向かい合って座っていた。 俺のところにはコーヒーが、相手には何も置いてなかった。 ただメニュー表で顔を隠すだけしていた。 それでも俺には懐かしいと思えた。 顔ではなくその雰囲気が。

 なにか話しかけようにも言葉が浮かんでこない。 仲は良くても、しばらく合わないうちによそよそしい関係になってしまう。 会話のきっかけがほしい。 そう願っても、沈黙が続くだけだった。 夢の中なのに思い通りにならない。

 沈黙の気まずさを紛らわすために咳ばらいをしても、気まずさは増すばかりだった。 何も会話がないままコーヒーを飲み終えてしまった。

 コップをテーブルに置いたその時、『言葉』が届いた。 誰かの口から発せられた『声』ではなく、頭の中に『言葉』として届いた。 不思議な体験だが、本を読む感覚に近かいように思える。 頭の中に届いた『言葉』を読む。


『しばらく会わないうちにしゃべれなくなった?』


 すぐに誰かから届けられた『言葉』かわかった。


「そんなことはない。 ちゃんとしゃべれる。 というよりそっちがしゃべれてないじゃないか、舞」


 俺の向かいに座っている人——中村 舞に目を向けた。 相変わらずメニュー表で顔を隠している。 でもこの人は舞だと確信を持って言える。 世界で一番愛した人をそう簡単に間違えるわけがない。


『しょうがないじゃん。 静がそうしてるもん』


 『言葉』からは感情を読み取ることはできないが、拗ねているようだった。


「俺が?」

『うん。 だって、ここは静の夢の中だもん』


 なるほど、わからん。 まぁ、いいか。 せっかく舞に会えたんだ。 変に考えることもないだろう。 それに夢の中だし。


『静は今も悩んでる?』

「ん? そうだなぁ、悩んでる。 ……たぶん」


 はっきりとできない。 悪い癖として言われたことは、気をつけてどうにかなるものではない。 一つの個性である。

 治しようがない。

 俺が出した答えはそれである。

 前田さんははっきり言わなかったが、俺の悪い癖が将に悪い影響を与えている。 単なる勘違いかもしれない。 それでも、少しでも将に悪いことをしているなら治したい。

 でも治せるのか分からない。


『静は真面目過ぎる。 頭ガチガチ』


 結城さんに言われたことを、舞からも言われた。

 夢の中だからか、俺の思ってたことが舞に伝わったかもしれない。


『自分の息子に気を使うことなんてないんだから、気楽に考えなよ。 家まで気を張ってちゃ、いつか倒れるよ』

「だけどな……」

『だから静は頭ガチガチなんて言われるの。 ハァー……』


 ため息を『言葉』として、届けるまで呆れられてしまった。


『将は誰の子?』

「……俺達の子」

『そう。 私たちの子供がそんなヤワな子じゃないことなんて、分かりきってることじゃない。 例え記憶を無くしちゃっても、根っこのところは強いのよ。 少しは将のこと信じなよ。 お父さんでしょ』


 頭を殴られたような気持ちだった。 ずっと将のために自分がしっかりしないといけないと思っていた。 記憶を無くしてからは特に。

 将のために何ができるか。 それを第一に考えて動いてきた。 だけど、俺はやり過ぎた。

 医者に言われた『安心できる環境』は新しく作り替えた環境ではなく、普段の環境。 それこそ、将が記憶を無くす前のありふれた環境。

 変に気を使うことのないありふれた家庭。

 前田さんは、このことを言いたかった。 やっと理解できた。

 子供の前で格好つけることはない。 素の自分を見せてやる。 気を使ってしまえば、将まで気を使うようになってしまう。 それが安心できる環境であるか、否である。

 誰もがありのままの自分を見せることができるこ場所ことが安心できる場所であり、環境である。

 俺は自分から安心できる環境を壊そうとしていた。


「お父さんとして自信無くすよ。さすがに……」

『それぐらい欠点があった方が可愛いってもんよ。 完璧すぎるのは気持ち悪いし』


 自虐的に言ったことを舞は責めはしなかった。 お前にそんな欠点があることは知っていた、かのようにすんなり受け入れてくれた。


『本当は私がそばにいて支えてやりたいけどね。 それは別の誰かに任せるよ』

「誰かって――」


 声を遮るように目覚ましの音が鳴り出した。 もう起きないといけない時間。


『今度会うときは声も思い出してね』

「今度会うときは早く注文決めろよ」


 別れらしい言葉ではないが、これで良い。 夫婦とはこういうものだ。

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