五十六話
秋も過ぎていよいよ今年もあと少しとなった、今日このごろ誰かからの視線を感じるようになった。 睨まれているような攻撃的な視線を感じる。 それも決まってみおちゃんといるときに。
誰かに恨まれるようなことをやった覚えもないし、少し気味が悪い。
そんな日が続いたある日、幼稚園も終わってみおちゃんのお迎えが来た。 この頃みおちゃんはショウに合わせて、お迎えを遅らせるようになった。 幼稚園がある日はセイさんが来るまでずっとここにいないといけないもんだから、終わってから友達と遊ぶができない。 それを見越して、みおちゃんは遅くまでいてくれるようになった。
一度みおちゃんのお母さんに、遅くなっても大丈夫なのか聞いたことがある。 みおちゃんのお母さんは同情しているような、どうした顔をしたらいいのか分からないような複雑な顔をして「いいのよ」と一言だけ言った。
迷惑をかけているのだと思った。 親として子供は少しでも自分の許に置いておきたい気持ちがあるのかもしれない。
ショウにはまだ分からないけど、迷惑をかけているのは確かだと思った。 それでもみおちゃんに早く帰ってもいいよ、とは言えなかった。 ショウだって友達と遊んでいたいし、一人になるのは寂しい。
だから子供らしく、「いいのよ」という言葉に甘えた。
いつかは一人でも大丈夫にならないといけない。 他人に迷惑をかけるのは嫌なのだから。
みおちゃんを見送って教室に戻ろうとしたとき、声をかけられた。 太っていて身体がショウよりもずっと大きかった。
低い声で「ちょっといいか」と言われた。 今になって顔をまじまじと見たけど、どこか不機嫌そうな顔をしていた。 なにか悪いことでもしたかな、とこれまでの行動を思い返しているうちに腕を引っ張られて無理矢理幼稚園の裏に連れてこられた。 ようやく腕を離してくれて、ショウから距離を取って向き直った。
人ひとりが通れるぐらいの狭い道しかなくて、ほとんどの園児はここに来ない。 それなのにここに連れてこられた。
頭の中で危険信号が点滅し始めた。 なにかマズイようなことが起きるような気がする。
太った園児はズボンに手を突っ込んで言った。
「あのおんなはなんだ!」
聞いた者をすくませるような声だった。 まるで怒鳴られているみたいだった。
それでも平然さを保って、変に刺激しないように落ち着いて答えた。
「しつもんのいみが、わからない。 『あのおんな』って、みおちゃんのことか?」
小さく「みお……」と呟いて「そうだ」と答えた。
「いちばんのともだちだけど、それがどうかしたのか?」
「……むこうも、そうおもっているのか!」
「それはわからない。 みおちゃんにきいてみないと……」
「うそだ! しってるだろ!!」
ズボンからなにかを取り出し、投げてきた。 反射的に倒れ込んで避けた。 投げた物が後ろのフェンスに当たって音をたてた。 後ろを向いて投げた物を見ると、一際大きな石だった。
「じゃあ、なんでかえるのが、おそくなったんだ!!」
たて続けに石を投げつけられた。
——いたい、なんで……。 なんで……、いしをぶつけるの……。
身体を丸めて当たる面積を小さくして早口に答えた。
「それはショウとあそぶためで!」
「それが、きにいらない!!」
投げた石が額に当たった。 今までにない重い衝撃があった。 頬に何か伝うものがあった。 それは頬から顎にかけて流れ、地面に赤い雫を落とした。
太った子は焦った顔をしていた。 一旦は石を投げることもな、くショウの額から流れる赤い水を目で追っていた。
そこで初めて血を流していることに気が付いた。 呼吸がおかしくなり目の前がグラグラゆれる。 身体に力が入らない。
その場でぐったり倒れていると、太った子はズボンに入ってた石をすべて捨てて逃げていった。
声が出ない。 動こうにも身体が重くて動かない。
——このまま、しんじゃうのかな……。 セイさん……。




