四十三話
体育館の入口付近では、お母さんたちがおしゃべりを楽しんでいた。 そこでセイさんと別れ、中に入ると重苦しい空気が漂っていた。
各組ごとで集まっているものの誰も話そうとはせず、ただじっと練習が始まるのを待っていた。
すぐにみんなが緊張していると分かった。 他人の緊張が自分に伝わり、 自分の緊張がまた他人に伝わっていく。 目に見えない糸が人同士を繋ぎ、それが空気を懲り固めているように思えた。
なるべく足音を立てないようにショウの組が集まってる場所に行き一番後ろに座る。 ミシっと床が軋む音を立てた。
あっ、と思う暇もなくみんなが一斉にショウを見た。 責められるような視線にいたたまれなさを感じ、小さな声で「もうしわけない」と謝り、縮こまった。
——かおがあつい……。 すこしおとをたてただけで、こうもせめられるものなのか……?
これ以上音を出さないようにじっとしていると、無償に身体が痒くなってくる。
——がまん、がまん、うごいちゃダメだ!
でも、一旦むず痒くなると気になってしょうがない。
——す、すこしぐらいなら......。
ゆっくりと痒いところに手を伸ばしてカイカイする。 今まで我慢してたから、スッキリするし気持ちがいい。
ほっと息をつくと、また床が軋みをあげた。
またやってしまった。 さっきの出来事を再生するように同じ目に合い、心の中でため息をついた。
——ふんだりけったり......。 はやくきょうが、おわらないかな……。
早くここから出たい、と思っていると後ろから肩を叩かれた。 ビクっとした後、後ろを振り向くとみおちゃんとダイスケくんがいた。 みおちゃんが心配そうな顔をしながらショウに耳打ちした。
「きんちょうしてるの?」
「いや、だいじょうぶ」
笑って平気を装おうとしたけど、うまくいってないのがなんとなく分かる。 みおちゃんもダイスケくんもちょっと困った顔をしている。
「……ほんとうは、きんちょうしてる。 しっぱいしたら、どうしようってかんがえると、どうも……」
二人の困った表情を見て、正直に言うべきだと思った。
自傷気味に笑うと、みおちゃんは首を横にふった。
「わたしはね、しっぱいしてもいいとおもってるよ」
どういうこと? と首を傾げると、みおちゃんはショウの隣に座った。 ダイスケくんはショウの両肩に手を置いて全体重をかけてくる。
——おもいな、くそ。
「ショウくんは、むずかしくかんがえすぎなんだよ。 もっとかんたんにかんがえようよ」
「そうはいっても、どうかんがえるんだ?」
「うぅんと、ショウくんはほんばんで、しっぱいするかもっておもうんだよね?」
こくんと頷いて肯定した。 するとみおちゃんは「なんで?」と聞いて来た。
——なんでだろう?
改めて考えてみると、これといった理由が見当たらない。 『緊張』もあるかもしれないけど、セイさんからもらった魔法のハンカチがあるから大丈夫なはず......。
——じゃあなにに?
何も答えることができなくて黙ってると、みおちゃんが続けて言った。
「りゆうもないのに、しんぱいしてるなんておかしいよ。 だったら、せいこうするっておもってたほうがいいよ」
ニコっと笑って「わたしもダイスケくんに、いわれたことだけど」と言った。
ダイケスくんは照れ隠しのためか、ショウの肩をバンバン叩いて「どーよ!」と笑いながら威張った。
いつしか体育館の中がザワザワしてきた。 今のみおちゃんの言葉がまわりにも聞こえてたようで、みんなも心配しているのがバカらしくなったみたいだ。
重苦しかった空気も、いつしかきれいさっぱり消えてなくなっていた。
「ほんばん、がんばろうな!」とダイスケくん。
「いっぱいれんしゅうしたもんね!」とみおちゃん。
「いっちょ、がんばりましょ!」と元気になったショウ。
本番最後の練習が始まった。




