三十八話
次の日、朝早くから京都を代表する神社のひとつである伏見稲荷大社に来た。 昨日の晩、お母さんとどこに行ったらいいか聞いてみたら『京都に来たら稲荷大社に行かんと!』と教えてもらった。
東大寺とか五重塔とかはどうせ小学校の修学旅行で行くから、特に反対することもなくすんなり予定が決まった。
伏見稲荷大社は、全国に約三万社あるお稲荷さんの総本営で、その多くがこの伏見稲荷大社の御分霊を祀っている。 御祭神は宇迦之御魂大神、佐田彦大神、大宮能売大神、田中大神、四大神、この五柱の御祭神名は稲荷大社の御神徳が神格されたものである。
「ということらしいけど分かった?」
スマホから視線を外して将に聞いた。 稲荷大社前の駅でちょこっと社会勉強してみたけど、ぽかーんとしている。 俺もぽかーん。
分かったのはお稲荷さんの総本営で老若男女に人気の神社であるということだけで、御祭神とかいうのはチンプンカンプン。 それぞれに何かしらの御利益があるとは思うけど、それをいちいち調べてたらきりがない。 それにどこかに説明書きがあると思うし、今はぽかーんでいいか。
「なぁなぁセイさん、おいなりさんってなんだ?」
「ん、あれ」
大社の入り口にある狐の石像を指差した。 将は左右にゆれたり、ピョンピョン跳ねたりして人の合間から俺が指差した狐を見ようと必死になってる。 通り過ぎていく人たちが将の必死の姿を見て、微笑ましく笑っていく。 終いには心優しい外人さんが「You would like to see that?(狐の石像が見たいの?)」とまで聞かれる始末。
いきなりの英語で戸惑いながらも拙い英語力でなんとか断って、外人さんと笑顔で別れた。 自分の英語が通じてちょっとうれしい反面、また外人さんに声をかけられたら、と思うと気が重いのでだっこしてやることにした。
やっとの思いで見れたのに、どこかぱっとしない表情をする。
「なんで、おいなりさんっていうんだ? きつねさんじゃ、ダメなのか?」
「えぇっと、……お稲荷さんっていうのは本当は狐のことじゃなくて、神様の名前だったかな? うろ覚えだけど確か……稲荷大神様って名前で、そのお使いがこの狐」
「でも、おいなりさんてなにってきいたら、セイさんあのきつねをゆびさしたじゃん」
「んっと、これはあくまで俺の考えだけどな、こんなに大勢の人の願いを一人の神様だけが聞くのは難しいから、この狐が代わりに聞いてくれるんだ。 だからあの狐もお稲荷さんって呼べるんじゃないかなぁーって思ってる」
お稲荷さんもその使いの狐も俺たちの目には見えないから、透明な狐として白狐として崇めるぐらいだし、あながち間違ってない気もしないでもない。
でもそこは人それぞれの考えがあると思う。 人それぞれに想いがあって、考え方があって。
将も将なりの考えを持てたらいいなと思うけど、さすがにちょっと早いか。




