二十八話
五月某日、俺はいま感動している。 人生で最も感動していると言っても過言ではない。
数分前……
教室の扉を開けると、クラッカーで歓迎された。 あまりにも唐突のことでビクっと肩を震わせて、縮こまるのを結城さんと将に笑われる。
ムっとしながら「なんですか、これは!」と少し荒々しく二人に問う。
笑みをかみ殺して「今日は何の日ですか?」と結城さんが質問を質問で返してくる。
まずはこっちの質問に答えろ、と思いながらつい考えてしまう。
今日……俺の誕生日ではないし、そもそも俺を祝うようなことがあったか?
最初のムっとした感情を忘れて、頭を捻っても何にも出てこない。 諦めて「今日、何かありました?」と降参すると、将が丸めた紙を持ってきた。
そして結城さんが楽しそうに言った。
「今日は何の日? そう、早めの父の日ー!」
巻物を開くように紙を縦に開くと、クレヨンで描かれた俺の似顔絵が出てきた。 絵の下ににょろにょろした文字で『今までありがとう これからもよろしく』とあった。
そして、今の感動にいたる。 今日は母の日だけど、うれしいには違いない。
……ウチに額縁あったかな?
「中村さん、ほら、受け取ってあげてください」
絵に見とれすぎて忘れてた。 賞状を受け取るように丁寧に受け取って、改めて絵を見ると子供が描くような絵じゃない気がする。 なんというか描き慣れているのを感じる。
「気付きました?」と結城さんが隣にきて言った。
「絵のことですか?」
「はい! 実は今日までずっと練習してたんですよ。 ほら、中村さんが迎えに来るときいつも絵を描いてたじゃないですか」
それは俺のためにいつも描いてたってことなのか? ……我が息子ながら可愛いことするではないか!
今日は帰りにステーキでも買ってやろうかな、とうれしい気持ちを全面に出して帰ろうとしたら「ちょっと待ってください!」と結城さんに止められてた。
エプロンのポケットからスマホを取り出して、ある画面を俺に見せてくれた。
『こんにちは、覚えていらっしゃるでしょうか。
中村先輩の後輩をしてます、藤井です。
花見の時はありがとうございました。 楽しかったです。
それでですね、もしご迷惑でなければ、今度の休み一緒に食事に行きませんか。
突然このようなメールをしてしまい困惑していると思いますが、どうでしょうか?
返答のほどお待ちしております』
と、数日前に藤井が送ったメールを見せてくれた。 こんなかしこまったメールを送ってたのか……。
「ど、どう返信すればいいのか分からなくて……アドバイスがほしいのですが……」
こっちでも相談にのらないといけないのか……。 正直、行きたいなら行く、行きたくないなら行かないでいいと思う。 もしくは食事代が浮くと思って行くのもアリだと思う。
でもこれをアドバイスとして言っていいものか、迷うところでもある。
とりあえず模範解答を言っとけばいいのかな? 自信なんてないけど。
「えっとですね、俺の後輩ですから行ってほしいという気持ちはありますが、嫌なら行かなくていいですよ。 花見の時も楽しそうに会話できてたので気まずい雰囲気にはならないと思いますし、何より食事代が浮きますよ」
ニカっと金で話で締めた。 人間、金が絡むと動くことが多い。 夜遅くだろうとタイムセールのためならスーパーに行くのと同じ原理。
結城さんも例外ではないようで「食事代……」と呟くと、慣れた手つきでメールを作成して送信してしまった。
「アドバイスありがとうございます!」
「いえいえ、そんなに良いアドバイスできませんでしたよ。 それでは失礼します」
ぺこりと頭を下げて将と一緒に教室を後にした。




