十八話
薄暗い店内で、俺と部長は取引相手の二人と食事をしていた。 掘りごたつ式の個室がいくつかあり、店内に流れる落ち着いたジャズも相まって渋めの大人が訪れるようなお食事処で少し緊張する。
なんでも向こうがこの店の常連で、週に二、三回は社員を誘ってここに訪れるらしい。 料理の質も高く、量もあり、さらに安いと大変お気に入りのようだった。
そう語るのは、縁側で日に当たりながらお茶を飲んでいるのが似合いそうなご老体の社長と、その横で姿勢正しく座っていかにも仕事ができそうな男性だった。 そして、この男性が今回の取引でリーダーを務める人である。 他人に優しく自分に厳しい、と向こうの社長も自慢げに紹介されていた。
料理が運ばれてくる前に俺たちは名刺交換を済ませた。 俺は商談をする時に社長とは交換したので、できる男と交換した。 名刺には「前田 健太」とあった。
名刺交換した後にタイミングよく飲み物がきた。 ビール三本に麦茶が一本。 俺以外はみんな電車で帰るとのことで、車で帰る俺には一滴のアルコールも許られないのである。
料理が来る前にまずは乾杯した。
「この度は弊社の商談を受けていただき、ありがとうございます」と部長。
「いえいえ、こちらとしてもメリットは大きいので」と社長。
「お互い潤うといいですな」と冗談交じりけに部長。
「まったくですな」と笑顔で部長とまた乾杯をした社長。
部長はこういう場に慣れているな。 もう冗談を言えるなんて、人の殻を剥がすのがうまい。
ちらりと腕時計を見た。 時刻は十八時を少し回ったところで店も混み始めてきた。
将はどうしてるか。 あの性格だから、結城さんに迷惑をかけるとは思えないがやっぱり心配だ。 部屋をじろじろ見てないか、ごはんをこぼして床を汚してないか、結城さんの寝る場所を占領してないか。
心配だ、心配でしょうがない。
「中村、貧乏ゆすり」
部長が肘で俺をついて小声で教えれくれた。 言われるまで気が付かなかった。 社長と前田さんも俺の方を見ていた。 にへらと愛想笑いを浮かべて、麦茶を飲んで誤魔化した。
そういえば、将の服ってどうなるんだろう……。




