一話
病院から連絡があった。
『もうすぐお子様が生まれます! すぐに病院に来てください』
と。
結婚して五年と半年。 やっと、やっと俺たちにも赤ん坊が!
部長に事情を伝えるとすぐに会社を飛び出した。 急ぐあまり車のキーを刺さしながら、シートベルトを締めようとしてかえって時間がかかってしまう慌てぶり。
落ち着け、落ち着け俺。 スーハー、スーハー。 良し。
まずキーを押し込みエンジンをかけ、それからシート、ベルトも、つけ、つけ、つける!!
やっとの思いで車をスタートさせることができた。
頑張れ、頑張れよ。 すぐ行くからな!
病院に着くと先生が手術服のまま沈んだ顔で待っていた。
「私たちが、至らなかったせいで……奥さんを助けることが、できませんでした」
深々と頭を下げた。 先生の声は湿っていたにも関わらず、はっきりと俺の耳に届いた。
俺は泣くことも先生を責めることもなく、ただただその場で立ち尽くすことしかできなかった。
あまりにも唐突で、あまりにも信じられなくて、あまりにも……。
それから三年の歳月が流れた。
「将、そろそろ行くぞー」
玄関で靴を履きながら、未だ来ない息子を呼ぶ。
「ちょっとまってくれ、セイさん。 なふだがないんだ」
「早くしろよ、今日から幼稚園なんだからな」
そう今日は、俺の息子である将が幼稚園に初めて行く日だ。
本当に長かった。 これまで会社に無理を言って社内で将を育てた。 部下や上司も子育ての手助けをしてくれて助かったが、少し問題がある。
「またせて、すまないセイさん。 ポケットのなかにはいってた」
『なかむら しょう』と名前の入ったチューリップ型の名札をいじりながら我が息子が、制服姿で出てきた。
将がここまで成長ことに感慨深いものを感じるが、さっき言った問題がさっそく出てきた。 それは——————
将の言葉遣いが子供っぽくないのだ。
社内での会話を聞いて育ったせいか、言葉が少し大人っぽいというか、一昔っぽいというか何というか子供らしくない。
……いじめられないかお父さん心配。 後で写真撮ろ。
「セイさん、おくれてしまうぞ」
腕時計で時間を見ると八時を回っていたことに気づき、急いでアパートを出て将をチャイルドシートに乗せた。 子育て経験がある女性社員に聞いた話では、子供は『チャイルドシートは嫌だ!』て拒むらしいが、将は嫌がる様子もなく素直にチャイルシートに収まった。
「嫌じゃないか?」
「あんぜんだからな、もんくは、いえない」
良い子に育ってくれた。
俺も運転席に座りシートベルトを締めてから、「安全第一」で出発した。