昨夜の出来事 前編
けたたましい機械音とやけにうるさい人の声で優は起きた。
すぐにその正体が目覚まし時計とテレビから流れてくるニュースだとわかる。
優は目覚まし時計を止め、テレビの音量を下げるとベッドから上半身だけを起こした。
時刻は午前6時12分。ほぼいつもどおりの起床時間。
優は怠い体を起こしいつものように冷蔵庫からペットボトルのお茶を一口飲むと特に気にしていなかったテレビのニュースに耳を傾けた。
今朝のテレビはやけに緊張している。
いまだねぼけなまこな優でもその緊張感が伝わってくる。
「一体、何事何だ?」
目やにの溜まった目元を擦ると優はテレビの画面を凝視する。数秒かたってやっとテレビの映像が見えてくる。
テレビの画面ではニュースキャスターがせわしなく走っていた。
どうやら殺人事件らしい。
テレビにはよくみかけるニュースキャスターが緊迫した様子で実況している。
「最近は何だが物騒だなあ」
優は特に内容を見ず、呑気にあくびした。
しかしそんな呑気な優をニュースキャスターのある単語がかき消した。
「現場は神集商店街の路地裏の一角で」
「えっ?」
思ってもみなかったその単語に間抜けな声が出る。
優は急いでテレビのリモコンを掴むとテレビの音量を上げた。
ニュースキャスターは相変わらずの調子で続けていた。
「不思議なことに現場には大量の血痕と、少量の人の一部だと思われる肉片だけがみつかっており警察は死体と共に犯人を特定...」
その後の言葉は全く耳に入ってこなかった。
昨日自分が経験した壮絶な体験を思い出したのだった。
昨日の惨劇を、あれは夢ではない。
そんな現実に自然に嫌な汗が体を覆った。
「嘘でしょ、そんな、そんな事ってあるの!?」
優の携帯がなると同時にアパートの一室にチャイム音が響いた。
いつもの狭い道で優と秀と一人の少女が歩いていた。
「いやぁ、昨日は驚いたわ。優がいなくなっちまった後にあんな事件があったもんでさ。てっきり優が巻き込まれたんかと思って正直、心配だったわ」
「ほんと、ほんと。お兄ちゃんひ弱だからさー。この麗奈ちゃんが守ってあげないとダメなんだからー」
「お前、今朝思いっきり寝坊してただろーが。どの口でそんな事が...」
「だってお兄ちゃんが起こしてくれ...じゃなくてたまたま起きれなかったのー!!」
などと秀の鋭いツッコミに若干の言い訳を混ぜながら優の妹、長戸麗奈は高いテンションで朝の登校を楽しんでいた。
容姿端麗で八方美人。おまけに運動神経抜群の天然活発少女長戸美麗。誰がどう見ても求婚したいと思わせるほど可愛い。さらには本当に優とは血が繋がっているのだろうか錯覚させる程二人は全く似てなかった。そこが優の悩みだったりする。
しかしそんな彼女にも重度の欠点があった。そう、彼女はいまだに兄から離れられないブラコンなのだ。
その為、今朝も大好きな兄が起こしてくれると勝手に思い込み遅刻寸前の起床時間だった。これがいつもだった。
それを眺めるのが秀の一日の始まりであることは両者は知らない。多分、これからも知ることはないだろう。
だが今朝は異様に優のモチベーションが低かったので素直に楽しめなかった。
それは多分、昨日のことだろうと考え、秀は普段通りの様子で優に対応した。まるで昨日の延長線みたいなテンションでだ。
しかし、内面ものすごく優のことを心配しているのも事実だった。
(優のヤツ。絶対昨日の殺人事件と何かしら関わってんじゃねーか?どう見たって元気ねえし、なによりあのあと全くケータイ繋がらなかったし。やっぱり何かを隠してる。)
そんな秀の考えも虚しく優は違うことを考えていた。
美結の安否だ。
あんな事があった翌日だ。美結は学校に来ているのだろうか。
ただそれだけを優は考えていた。
「優?聞いてる?おーい?」
秀が聞くも反応しない優。
傍からみたらすでにどこかの漫才だ。しかし両者が抱える心配は深い。
唐突に優が立ち止まり口を開いた。
「そうだ。昨日の...、あの娘。確か同じ学年の...」
「ん?何だ急に?」
秀が聞き返すも優は空を見上げたまま考え込んでいる。
それを見越した麗奈が無情にも優の頭を引っぱたいた。しかし優の考え事は癖で昔からそうなっては麗奈が叩きいたのを見ていたので秀は今更驚かなかった。
優は癖の考え事を痛みでシャットダウンさせられると悪態をついた。
「ちょっと麗奈、痛いよ。」
「お兄ちゃんはいっつもそうやってボーッとしてんだからこうやって現実世界に戻してあげてるんだから感謝してよね!!」
「・・・あのねぇ。」
「言い訳なんて言語道断!!感謝の気持ちは大事、大事!!」
「はいはい、ありがとう。」
「むふー。」
などと変な理屈で実の兄を言いくるめている光景も秀は昔から知っている。
しかしそれでも秀は違和感に眉をしかめる。
やはり優はおかしい。
だがその理由にあてもなく秀は何もできない悔しさに呆れながら二人を置いて行こうとした。
「あら、昨日はどうも。」
「!?」
突然に自分に声をかけられ振り向こうとする。
だが、動けなかった。
いや、動けなかった。
その凄まじいまでの殺気で。
秀は自分の足が震えるのを押さえつけ振り向いた。そこには案の定、想定していた人物が楽しそうに微笑んではこちらを見ていた。
正確には優達も、だ。
「お前、何しに来た。」
秀の口からやっとの思い出言葉が絞り出される。
しかし対面の少女は特に介せず優雅に答えた。
「あら、とんだご挨拶ね。ふつーに登校よ。」
震えながら睨みつける秀に対しその赤髪赤眼の少女は思い出すように言った。
「ああそう。心配しなくて大丈夫よ。昨日のことは水に流してあげる。まあ、どーせ分からないでしょうからね。」
少女は鼻で笑って歩き出すと秀にすれ違いざま異様に声を小さく、そして低く、まるで威嚇する獣の様に呟いた。
「でも、今度会ったら・・・容赦なく殺すわよ?」
秀はその背中を見ることしかできなかった。
あの少女は確実に、絶対に関わってはいけないニンゲンだと秀は本能のままに感じ取った。
だからこそ秀はその言葉に何も返さなかった。
「秀ー。置いてくよー。」
「と言っても置いてくからねー。コレ強制ー。」
優の穏やかな声と麗奈の元気な声で秀はわれにかえった。
「あいつ・・・優とは絶対に面識をもったらダメだ。俺が、俺が優を守る。」
秀は拳を握り締めると強く頷き優のもとへあのテンションで走った。




