舞い降りた奇跡
優には全くといっていいほど特徴がない。
肩までかかる黒い髪。少し垂れ下がった目元。潰れてもいないし高くもない鼻。唇はピンクがかって少しだけ潤いがない。それに何の印象も与えない黒縁眼鏡。
誕生日は6月15日。身長は165cm。体重は43kg。がたいは秀と違ってやせ細っている。成績は中の中。運動神経もさほど良くない。地味。
改めて全く特徴がないと言える。
その所為かクラスでも存在に気がつかなかったりする生徒も少なくはないという。だが、いじめも無く普通に学校生活を過ごせる辺りを見てもまた地味と言える。
自分がお気に入りのCDショップの入口に立てかけられている姿見の鏡に向かって溜息を吐きながら呟く。
「だからフラれちゃったのかなあ。僕に何の魅力もないから...」
優が人生初の告白の後、結局優は秀に連れられ神集商店街へと訪れていた。
神集商店街とは神集市屈指のアーケードの商店街だ。店の種類も豊富で何といっても何でも揃ってるのが利点だ。
しかし反面、混んでしまうという欠点もある。
一見、普通の欠点に感じるが実はあまりにも便利すぎるので近辺はおろか、県外からも客足があるのだ。その為にただ単に混んでいるの一言で済ませないくらいの繁盛をしている。
特に大きなショッピングモールもないくせにここまで集まるのは既に一種の異常とも言える。
そんな中、被害妄想に近い思考をかき消すように優はそのCDショップに入る。
店内は平日のくせに相変わらず混雑している。ここは比較的、神集商店街の中では大きなCDショップなので不思議ではないと言えば不思議ではない。
優はその人ごみを掻き分けてある場所へと進む。
「そうそう、コレコレ」
自然に口元が緩む。傍から見れば変質者だ。
だがそんな事も気にせず優は試聴音楽プレイヤーに番号を入力しヘッドフォンを装着する。
「あいてっ!あ、すいませんすいません」
そんな中、居るだけでも邪魔な体格の秀が人ごみを分けて(なぎ倒して)優のもとへたどり着いた。
「あっ、優!置いてくなよー。って聞いてねえし...」
優は接近した秀に全くと言っていいほど気付かない。
すると秀は優の横に立つと顔を思いっきり近づけ覗き込んだ。
が、優は微動だにしない。
「はあぁ、優のヤツ。昔からこうだもんな。好きなクラシック聴いてる時だけ周り全然気にしなくなるのは」
秀は一人でに続ける。
「交響曲第5番 ハ短調。運命、か」
突然に秀の顔に影が差さる。
(この曲。異様に嫌な予感がして堪らない...。優に、聴いてるものに何かを、訴えているような。そんな感じがする。)
そんな秀の思いを露知らず優は「運命」に聞き惚れていた。
優達の居るCDショップの近くの街道に少女は居た。
真紅の長い髪をツインテールに黒いリボンでまとめた赤眼の少女。小柄な彼女には似合わない神集学園高等部の制服に、黒い腰より下にまでいくコートを羽織り彼女は道のど真ん中に陣取っていた。黒いコートの胸のあたりにある小さいエンブレムが唯一、彼女の立場を語っていた。
派手に着飾らない鈍い銀色のエンブレムには「APASF」とだけ表記されていた。
一見すると異様な少女だが道行く人は特に気にせず彼女の前を通り過ぎる。
そして少女も全く気にしていない。
「班長!!目標を断定、判別しました。今データを送ります」
唐突に彼女の耳に付いていた携帯型無線音響機器から通信が入る。
「そう。ご苦労様」
少女は特にリアクションを取ることもなく淡々と答えた。
しかし実際、彼女の心は踊っていた。
「まさか学園内に能力者が居るとは...。でもバカね。あそこじゃ袋の鼠よ」
「ピピピピッ」
電子音と共にポケットに入れていた携帯型デバイスに着信が入る。少女は手際よく操作するとたった今届いた情報に目を通した。
「ふーん。あの希少種ね。面白いわ」
少女はそうとだけ言うとデバイスを操作しメールを送った。
すぐに返信が着く。
「よし、それじゃあ楽しい仕事を始めましょっか」
少女はニッコリと笑うとデバイスをしまい隣に置いてあった大きなアタッシュケースを軽々と持ち上げると優達の居るCDショップへと入っていった。
デバイスには「殲滅許可 了承」とだけあった。
その頃、優はやっと試聴をやめていた。
何故なら秀が駄々をこね始めたからだ。
「お、落ち着いてよ秀。別に秀に飽きたわけじゃないよ」
「嘘だぁー、絶対に、嘘だぁ」
何故に優は慌てているというと、秀は店の端っこで壁に拳をあて嘆いていたからだった。
周りからは軽蔑と哀れみの視線で正直、優にはきつかった。そもそも優は目立たない人間なのでこうも人の視線を浴びせられると参ってしまうのだ。
しかし秀はというと元々目立ちやがり屋なので学校だろうが街の中だろうが躊躇なく恥ずかしい事を平然とやる。
秀はそういう人間だ。
秀とは長い付き合いで、優の唯一の親友でもあるので優も秀の扱いには慣れている。
だが、そもそもこんな状況に陥ってしまったのは少なからず優の所為だ。
「ご、ごめんてば。す、好きなCD奢るからさ、機嫌直してよ」
「やだやだやだぁ」
「じゃあ、な、なんでもするから」
その一言に秀は過敏に反応した。
「な、何でもだよな...?」
「う、うん」
「じゃあさ、結婚してくれ」
一瞬にして優の優しさが崩される。秀という人物は侮れない。
それ以前に人間として侮れない返答だ。
「え、ええええぇぇぇぇ!?」
優の驚愕そうな悲鳴が店内に響く。しかし優が驚いたのは秀の一言じゃなかった。
その正体は優と秀の数十メートル先に居たからだ。
桜坂美結が。
「みみみみみ美結ちゃんだよ!!」
「え、お、おう」
秀はいきなりの事で全然話が掴めていない様だったが優はそれを無視し、美結を目で追う。
美結は優達とは違うジャンルのコーナーに居た。
「美結ちゃんがこんなところにいるなんて...。驚きだよ」
しかしそんな事とは関係無しに美結は足早にCDショップから姿を消してしまっていた。
「あっ、美結ちゃん!!追いかけないと!!ねえ、秀!!」
「お、おい。お前それじゃあスト...。って、あ、おい!!」
秀を(完全に)無視し優も美結を追い、CDショップを後にした。
残された秀はというと。
「やだ、イイ歳こいて迷子かい」
「おかーさん、あのお兄ちゃん一人で泣いてるよ?」
「こらっ、ああゆうイってる人はほっとくのよ」
「これだからアホは」
「死ねよ」
周囲の客から絶賛非難中だった。
「おぉぉぉぉーーーーいぃぃぃぃっ!!!!置いてくなよぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!てか何か人間性否定させられてるんですけどぉぉぉぉぉっ!?」
優は路地裏をひたすら走っていた。
優がCDショップえお出て美結を探した時、おかしな事に美結は人気のない路地裏に入っていったからだ。
さっきから走っている優の嫌な予感が止まらない。
「ハアッ、ハアッ、ハアッ」
常日頃から運動をしている訳ではないのですぐに足と肺が悲鳴を上げた。思った以上に限界が近い。
しかし優は止まらなかった。いや、止まれなかった。止まらない疲労より止まった恐怖の方が大きいからだった。
美結は今どこに居るのだろうか。
「ゼエハァッ!」
段々と息の音が重く深くなっている。が、それすらも振り払い優は走り続けた。
走り続けた先に待っているのは不幸かもしれない、そんな思いが優の中で巡る。
美結は今何をしているのだろうか。
「みっ...ゆ...ちゃんっ...!!」
限界を超えたであろう肉体から滝のような汗が吹き出る。
着ていた制服の中が汗でグショグショになってキツイ匂いも充満してきた。
すぐにでも脱ぎたい欲望を抑え優は走った。
路地裏を右に、左に。
もう美結がどこに居るかも確認できない状況の中、優の嗅覚が不幸を嗅ぎ取った。
「...!?血の匂い!?」
思わず足が止まる。しかし、体は急には止まらず目の前のゴミにダイブする。
運悪く頭から突っ込んだらしく額からは少量の血が出ていた。
どうやら家電系のゴミにダイブしたらしく、優の傍らには古びたテレビや冷蔵庫があった。これらに思いっきりダイブすれば一般人はタダでは済まない。
「ッッ...!!」
恐らく折れたであろう左腕を右腕で押さえ止血もせずに優は血の匂いのする方へ向かった。
「そこを...、曲がれば...」
しかし、そこに待っていたのは不幸を遥かに凌駕した出来事だ。
「あら?見物客とは。全く趣味の悪い人間ね」
「...!?」
ビルの壁面に飛び散った赤い液体。それが人の血液だと認識したのはそう遅くはなかった。
「これは、一体、どういう。」
返り血を浴びた赤髪赤眼の少女の足元には肉塊が、元は人間だったであろう肉片が転がっていた。
ひと目でニンゲンの肉だと分かった。
一体どうやればこんなにバラバラになるのだろう。そんな優の思考さえもその景色がフリーズさせる。
何故なら、その肉魂の、傍には。
美結が毎日肌身離さず付けていたカチューシャがあった。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!!」
優の断末魔が路地裏中に響き渡った。
膝から、腕から、頭まで。身体中から力が抜けるのを感じた。
重力への抵抗もまるでできず優は膝から崩れ落ちるように倒れた。
肉片の傍らにいたその少女が特徴的な赤髪と黒いコートを揺らしながら優に近づく。
「ゴミ処理場の見学とは熱心ね。お前は一体どんな見物客なのかしら?」
しかし優は答えない。
いや、答えられなかった。
「...放心状態ね。弱い奴」
少女は素っ気なく言うとコートに手を入れ、あるものを取り出し放心状態の優に額にピッタリとあてた。
それは軍用拳銃だった。
唐突の殺傷武器に優は本能的に現実世界へともどされる。
「ひっ!ピ、ピストルっ!?」
「そう、あったりぃ~。やっと戻ってこれた?」
少女は楽しそうに微笑むと何の躊躇いもなく引き金を引こうとした。
しかし、優の方が速かった。
優は咄嗟に身の危険を感じ少女の脇を素早く抜け反対の壁に走った。
だがそこにはあの肉片とビルの壁面しかない。
絶体絶命。まさにそんな状況だった。
「ふふ。逃げてもムダよ。本部の規定には殲滅中に一般人に見られたら殺すしかないもの」
少女はあまりにも残酷過ぎる事実を告げる。
だが少女はさも楽しそうに言葉を続けた。
「さあて、じゃあそろそろ私にお前の汚い臓器を見せて。大丈夫よ、痛みはずっとずっとずっとずっとずっとずっと続かせてあげるから」
少女はじりじりと優への距離を詰めてくる。
優はもう既に生きることを諦めていた。
大好きだった桜坂美結を殺され、そして今、自分も命の危機に立たされている。
そんな状況で一体彼は何を願うか。
それはただ一つだった。
死。
純粋に、無垢に、ただそれを願った。
もう生きる気力さえ彼には微塵も無かった。
生きている感覚も無い。
だからこそ。
だからこそ目の前で起きた奇跡に彼は激しく動揺した。
「げほっ!ぐっ!」
つい数分前まで肉片だった彼女が二本の足で立った。
つい数分前まで肉片だった彼女が口で喋った。
つい数分前まで肉片だった彼女が生きている。
これほどの奇跡を目の当たりにして優は激しく動揺し、そして激しく高揚した。
「みっ、美結ちゃん!?」
「...ゆ、優くん!?」
優は崩れそうになる美結に駆け寄ると体を支えた。
彼女は確かに生きていた。
確かに温かった。
「うっ、ぐっ、良かった。生きていて」
思わず優の目から涙が落ちる。
「え?え?」
美結は慌てる。
しかし、全く状況をつかめない美結にとっては何もできなかった。
そんな感動的な雰囲気を赤髪の少女が壊す。
「はいはいはい。感動的な復活はそれでいいでしょ。こっちも色々と忙しんだから、さっさと殺させてよ。」
少女はひと呼吸おくと言った。
「女神の癒し。」




