(6)放課後、図書室で:2
第三話と内容が被っていますが、ご容赦ください。より詳しく書きたかったので…。
放課後になり、私は先輩に話したように、連絡が来るまで図書室で過ごす。
大好きな本を読みながら、私は今日までの出来事を思い返して、ちょっとだけ笑ってしまった。
先輩とお付き合いするようになった次の日から、放課後になると、先輩が私の教室にやってくるようになった。
「真理ちゃん、帰るよ」
突然現れた学校一の有名人に、みんなは一斉に息を呑む。
辺りが沈黙に包まれた後、一気に色めき立った。
教室の入り口に何となくもたれかかっているだけなのに、かっこいい人はそれだけで様になっている。
しかも、これまでクールな印象で有名だった佐川先輩が、今はものすごく嬉しそうな笑顔を浮かべているのだ。
彼が登場しただけでも騒然となるのに、それに加えてあの笑顔。みんながみんな、キャーキャー騒いで大変なことに。
生徒会の仕事が忙しい先輩が迎えに来るなんてちっとも考えていなかった私は、彼が現れたことで顔が赤くなったり、青くなったり、そしてまた赤くなったり。
恥かしくて、とても立ちあがれない。
自分の席に座ったままジッと俯いていると、一際黄色い歓声が高くなった。
それと同時に、私の前にフッと影が落ちる。
あれっと思った瞬間、
「どうしたの?具合悪い?」
と声を掛けられて、頭を撫でられた。
そんな事をしてくるのは、佐川先輩しかいない。
「い、いえ、大丈夫です。私、元気です」
と言ったきり、私は口を噤む。
先輩の大きな手は優しく頭を撫でているけれど、それがすごく恥ずかしい。
みんながいる前でそんな事をされて、恥ずかしがり屋の私が平気でいられるわけがない。
ますます身体を固くして、ひたすら無言で俯くしかなかったのだ。
しかし、それが悪かった。
何も言わないし顔も上げない私に痺れを切らしたのか、先輩は膝を軽く曲げて屈むと、私の脇腹の辺りにズボッと手を差し込んできた。
「えっ!?」
と驚いたと同時に、自分の体がグワッと上に引き上げられる。
「ひやぁっ」
変な声を出して思わず顔を上げれば、満面の笑みを浮かべている先輩と目が合った。
「やっと、こっちを見てくれた」
ニッコリ笑う先輩。
甲高い歓声を上げるクラスメイト。
そして、驚き過ぎて呆然とする私。
突然のことにポカンと口を開けていると、ギュウッと抱きしめられた。
「ビックリしてる真理ちゃん、凄く可愛い」
途端に、教室内がこれまで以上に騒がしくなる。
耳をつんざくようなその声で、私は我に返った。
「あ、あ、あのっ!な、何を!?」
ワタワタと手を振り回して逃れようと試みるけれど、先輩はニコニコと笑いながらも手の力を緩めてくれない。
「真理ちゃんが俺のことを無視するから、寂しくって。名前を呼んだのに、返事もしてくれないしさ」
「い、いえ、その、先輩のことを無視したって訳ではなく……」
恥ずかし過ぎて、どうしようもなかっただけなのだ。
それより、今の状況の方が数倍恥ずかしい。
「と、とりあえず、放してもらえませんか!?」
すると、先輩は笑顔のまま首をちょっと傾げる。
「ん?どうして?」
――どうしてって……、本気で言ってます?
全生徒の見本となるべき存在が生徒会長なのだ。
その人がたくさんの生徒たちの前で女子と抱き合っているなんて、褒められた行為ではないはずだ。
「ど、どうしてって言いますか……。むしろ、していいと思ってるんですか!?」
顔色を赤と青に忙しなく変えている私が訊きかえせば、ことさら爽やかに微笑まれた。
「だって、俺たちは恋人同士でしょ。彼氏と彼女でもない人が抱き合ったら問題だろうけど、俺たちだった何の問題もないよね」
――いえ、問題だらけです。
この学校では生徒同士が付き合ってもそれほど厳しい目で見られないが、こんな風に周りを騒がせてしまっては先生たちに怒られてしまう。
「とにかく、放してください!」
「え~」
「お願いします!お願いします!」
必死に頼み込めば、
「しょうがないなぁ」
と苦笑まじりで言いながら、先輩が手の力を抜いてくれる。
やっと開放された私は、ヘナヘナと椅子に逆戻りしたのだった。
やれやれと思っていたところを、クラスメイトが一気に詰め寄ってくる。
みんなの熱い視線に、ビクリと震える私。
「な、なに?」
「ねえ、山岡さん。佐川先輩と付き合ってるの?」
「え?」
「さっき、先輩が言ってたでしょ。『俺たちは恋人同士』って。それ、本当?」
好奇心剥きだしの視線に、私は恥ずかしくてオロオロと視線を彷徨わせる。
そんな私の頭に、先輩がフワリと手を置いた。
そして、みんなに向けてニッコリと微笑む。
「うん、そうだよ」
それを聞いて、「きゃぁぁぁぁっ!」という悲鳴にも近い歓声が響き渡る。
思春期真っ盛りの年頃だから、こういった話で盛り上がるのは分かる。それにしても、ちょっと騒ぎ過ぎではないだろうか。
――先生が来なければいいけど……。
いろんな意味でドキドキしている私に、みんなが矢継ぎ早に話しかけてくる。
「いつから付き合ってるの?」
「告白はどっちから?」
「デートは、もうした?」
「お互い、何て呼んでるの?」
ジリジリ詰め寄られ、私はまたビクリと震えた。
すると先輩が私とみんなの間に立ち、ゆっくりとした口調で話しかける。
「そんなにいっぺんに話しかけても、真理ちゃんは答えられないよ。それに、彼女はすっごく恥かしがり屋だから、当分の間はソッとしておいてあげて。ね?」
優しいけれどちょっぴり迫力のある先輩の声に、みんなは大人しく引き下がった。
さすがはこの学校のカリスマ的先輩だ。
――というか、私が恥ずかしがっている原因は、先輩の言動なんですけど。
そう突っ込もうとしたものの、先輩は素早く机の横に掛かっている私のバッグと自分のバッグを纏めて持ち、もう一方の手で私に右手を引いて立ちあがらせる。
そのことで周囲はまた歓声を上げ、騒ぎを聞きつけてやってきた他のクラスの生徒たちは、私たちの様子を見て「どういうこと?」と首を傾げている。
これではクラスメイトだけではなく、目撃者全員から質問攻めにされそうだ。
困ったなぁ。
それからも先輩はよほど忙しくなければ、というか、忙しくても無理やり時間を作って私のことを迎えに来た。
嬉しいとは思う。
だけど、それ以上に恥ずかしくて困ってしまう気持ちの方が大きい。
そのことを先輩にたどたどしいながらも説明すれば、
「それなら、放課後に生徒会室に来てよ。それから一緒に帰ろう」
と言われた。
生徒会室がある西棟の二階は職員室や教科担当室、資料室がほとんどで、生徒たちの姿は見られない。
だから、私でも足を向けることができる。
ところが、生徒会室での待ち合わせも続かない。
生徒会室は、その文字通り、生徒会役員たちが作業を行うところ。
先輩しかいない時ならまだしも、役員たちが集まっている時は、部外者の私がその場所にいることは気まずいのだ。
結果として、昇降口で待ち合わせをすることになった。
部活や習い事、遊びに忙しい高校生たちは、そう長くは校内には残っていない。
私が先輩とそこで待ち合わせしても、それほど騒がれることもないだろう。
そういうことで、私たちは連絡を取り合って昇降口で落ち合うようになったのだった。
「先輩、自分が有名人だっていう自覚がないんだもん」
ペラリとページを捲って、またクスリと笑う。
この学校で、先輩のことを知らない生徒はいない。
尊敬であったり、憧れであったり。女子であれば、恋心を寄せる対象。
それが佐川先輩なのだ。
そんな人が、生徒の残る教室であんなことをすれば確実に騒ぎになる。
「そういう事はちゃんと分かる人のはずなんだけどなぁ」
先輩は私より二つも年上で、頼りになってしっかり者で、さり気ない振りをしていても周りの状況をしっかり把握している人。
先輩が巻き起こした先日の騒動を思い起こすたびに苦笑してしまうが、いつしか私は本の世界に引き込まれていったのだった。