(4)放課後、生徒会室で:2
佐川先輩は数回私の髪を撫でた後、自分の席に着いて書類をまとめる作業に戻る。
私はバッグの中から文庫本を取り出し、本を読み始めた。
生徒会室にはページを捲る音と、ペンが走る音しかしない。
そんな静かな時間を過ごすうちに、私はすっかり本の世界にのめり込んでゆく。なので、いつしか作業を終えた先輩が私をジッと見つめていることに気が付かなかった。
切りのいいところまで読み進んだ私は、フッと息を吐いて顔を上げる。すると、机の上に投げ出した右腕に頬を乗せて、下から私を見上げている先輩と目が合った。
そのことにビックリして、私はギョッとなる。
「な、な、なんですか⁉」
「真剣に本を読んでる真理ちゃんが可愛いなぁって」
クスクスと楽しそうに笑う先輩とは反対に、私はどうしたらいいのか分からずに戸惑うばかり。
「そ、そんなこと、ないです……」
恥ずかしさで泣きそうになった私は向けられる視線にいたたまれなくなり、開いていた本でパッと顔を隠した。
「こら、そんな事をしたらダメでしょうが。もっと顔を見せてよ」
先輩は空いている左手を伸ばし、本に指をひっかけて私の顔から剥がす。とたんに現れるのは、真っ赤に染まった私の顔。
「や、やめてください!」
倒された本を起こして再び顔を隠そうとするけれど、先輩がまた指を本にひっかけてくる。
「先輩、本に触らないでくださいよ!」
「じゃ、顔を隠すのをやめてくれる?」
「そ、それは……」
顔を隠そうとする私。それを阻止しようとする先輩。
そのやり取りが数分続いた後、本気で泣きそうになっている私の顔を見て、ようやく先輩が手を緩めてくれた。
「じゃあ、その本のどういう所が面白いのか、俺に教えてよ。それならいい?」
そう訊かれて、私はちょっと考える。
自分の顔をじっと見られなければ、穏やかな声を持つ先輩と話をするのは好きだ。
佐川先輩は生徒会長だから、壇上で話をすることも多く、そのおかげかとても話し上手。
だけど、それと同じくらいに聞き上手な人だった。緊張してつっかえてばかりいる私の話もちゃんと聞いてくれるし、相槌のタイミングも絶妙なのだ。
同じクラスの男子にもうまく話せない私だけど、佐川先輩とだったらいつまででも話していたいとさえ思ってしまう。
私は暫くしてから一つ頷くと、先輩にも見えるように机の上で本を広げた。
「この本は登場人物の心理に合わせて、風の描写があるんです。それが好きなんですよ」
強い風、弱い風。突風に、そよ風。水分を含んだ湿った風もあれば、反対に水分を奪うようなカラカラに乾いた風もあった。
そんな感じで、登場人物の気持ちに合わせて風の様子が描かれていることが面白いと思う。
私はページを捲りながら、時折手を止めては説明を繰り返した。
「特にここが……」
と言いかけてふと本から顔を上げれば、私の視線の先には、さっきのように下からこちらの顔をじっと見ている先輩が。
ちっとも本に向けられていない彼の目は、やたらと熱心に私の顔を見つめていた。
おまけに今までよりも距離が近く、先輩と私の顏の距離は三十センチないかもしれない。
「も、もう!ちゃんと本を見ていてくださいよ!」
恥ずかしさを誤魔化すように怒って見せれば、
「だって、一生懸命な真理ちゃんが可愛いから」
少しも悪びれた様子もなく、佐川先輩が苦笑する。
「も、もう、知りません!私、帰ります!」
恥ずかしさが限界に達した私はバッグと本を掴んでパッと立ち上がり、扉に向かって駆け出した。
ところが。
後ろから伸びてきた腕に一瞬で絡めとられてしまった。
「や、やめてください!放してください!」
小柄な私が、身長も体格も恵まれている先輩に敵うはずもない。それでもワタワタともがいていると、更に強い力で抱きしめられた。
「ごめん、ごめん。すごく真理ちゃんが可愛いくって、つい目が離せなかったんだよ。あまりにも真剣で、本に嫉妬したくらい」
先輩はもう一度「ごめんね」と言って、私の髪に頬擦りしてくる。
その仕草に胸がフワリと温かくなって、怒っていた気持ちがシュルシュルとしぼんでゆく。
だけど素直に許してあげるのはちょっぴり悔しい。
「……ドーナツ、三個奢ってくださいね」
拗ねた声を装って告げれば、
「いいよ。好きなだけ食べて」
クスッと笑った先輩は、つむじにチュッとキスをしてきたのだった。
とりあえず、今回はここでおしまいです。
また、真理ちゃんと佐川先輩のネタが出来ましたら、
ひょっこり顔を出します。
…が、いつになることやら。
意外とネタは落ちてないなぁ(笑)