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意外と恋は落ちている  作者: 京 みやこ
転がり込んできた恋の行方
3/7

(3)放課後、生徒会室で:1

 放課後の図書室で、憧れていた佐川先輩に告白された。

 突然の事で私にはいまいち実感がなく、何度も何度も『夢じゃないのかな?』と心の中で呟く。

 だけどほっぺを抓っても確かに痛いし、目の前の佐川先輩は消えてしまうこともないし、私の頭を撫でる先輩の手はちゃんと温かい。

 書架に隠れるようにして、小さな声で言葉を交わす私と先輩。

 時間が経つにつれ、ほんの少しずつではあるけれど、先輩の存在が私の中でますます特別なものになっていった。




 灰色の雲が空に広がる午後、帰り支度を済ませた私は生徒会室に向かっていた。

 特別な用事がない限り、私たちは一緒に帰ることになっている。図書室で告白されたあの日から、それが私たちの約束となった。

 まさか先輩とお付き合いできるとは思ってもいなかったので、隣に憧れの人がいるだけで恥ずかしい。だけど、胸の奥がくすぐったくなるほど嬉しい。

 告白されたその日は嬉しいという想いでいっぱいだったけれど、翌日はちょっと事情が変わった。

 なんと、先輩が私の教室に迎えに来たのだ。

 学校一の有名人が突然一年生の教室に現れたため、クラスメイトはもちろん、廊下にいた生徒たちも騒然となる。

 先輩に憧れる女子は多く、彼の登場で周囲はあっという間に色めきだった。

 そんな空気の中でも先輩は何も気にした様子もなく、教室の入り口から平然と私の名前を呼んだのだ。

「真理ちゃん、帰るよ」 

 クラスメイトの男子よりも低くて落ち着いた声。それを聞いた女子たちはハッと息を呑み、そして私をジッと見つめてくる。

 その視線にいたたまれなくなって自分の席でじっと俯いていると、先輩が教室に入ってきてしまった。

「どうしたの?具合悪い?」

 立ち上がろうとしない私を心配し、先輩がすぐそばまでやってきて私の頭を優しく撫でる。

「い、いえ、大丈夫です。私、元気です」

 真赤な顔を伏せたままボソボソと答えると、先輩は、

「じゃ、行こうか」

 そう言って机の横に掛けてあった私のバッグを自分のバッグとまとめて手に取ると、もう一方の手で私の右手を引いて立ち上がらせた。

 そのことにいっそう周囲がざわつき、「どういうこと?」という囁きがひっきりなしに耳に届き、私の顔もますます赤くなる。

 私たちが廊下を進むほどに人が集まり、前も横も後ろも生徒達でいっぱいだ。

「あのっ、手を放してもらえませんか⁉」

 みんなに見られることがとにかく恥ずかしくて、私は前を歩く先輩のかかとを見つめながらお願いをした。

 すると先輩が足を止め、ゆっくりと振り返った。

「どうして?」

 佐川先輩の不思議そうな声が、俯く私の頭の上に振ってくる。

「どうしてって……。こんなにたくさんの人に見られていたら、恥ずかしいですよ……」

「でも、俺たちは悪いことをしてないよ。付き合っているんだから、手を繋ぐくらい普通の事でしょ?」

 生徒会長として表舞台に立つことの多い彼は、向けられる視線に動じることなどないようだ。だけど、ただの生徒である私にとっては事情が違う。

「わ、悪いことは、していませんけど……」

 顔を伏せたままモソモソと喋る私の手を、先輩が軽く引っ張る。

「手を繋ぐことはイヤ?」

「あ、あの、その……、イヤということではなくて、恥ずかしくて……。それに、私は見られることに慣れていませんし……」

「そっか」

 佐川先輩はクスッと笑うと、ゆっくり手を解いてくれた。

「真理ちゃんと一緒にいられることが嬉しくて、つい調子に乗っちゃった。ごめんね」

「いえ、そんな、謝らないでください……」

 フルフルと首を横に振る。勢いよく振ったせいで、結んでいない髪がほっぺにかかってしまった。

 私が髪を払いのけようとするよりも早く先輩が手を伸ばしてきて、指でそっと払ってくる。

 私の顔がボンと赤くなると同時に、遠巻きに様子を見ていた女子たちが小さく「きゃー」と歓声を上げた。


――は、は、恥ずかしい……。


 頭の天辺から湯気を出していると、先輩はまたクスッと笑って、

「真理ちゃん、可愛い」

 と言ってくる。

 それを聞いた私は、全身から湯気を噴き出したのだった。




 そんな事があり、私は先輩に必死にお願いして、教室に迎えに来てもらうのは控えてもらった。

 代わりに先輩は「それなら、放課後に生徒会室に来てよ」と言い出した。

 生徒会室がある西棟の二階は職員室や教科担当室、資料室がほとんどで、生徒たちの姿はほとんどないのだ。それなば、私でも足を向けることが出来るだろう。

 

 ということで、今、私は先輩が待つ生徒会室へと向かっているのだ。

 緊張しまくりで扉をノックすると、中から『どうぞ』と声がかかった。

「し、失礼します」

 オズオズと挨拶をしながら中に入ると、室内には佐川先輩しかいなかった。

「会議が終わったから、他の役員たちはもう帰った。だから、安心して入ってきて」

 書類から顔を上げた先輩が私の姿を認めると、ニッコリ笑いながら声を掛けてくる。先輩の言葉にホッと胸を撫で下ろした私は、静かに扉を閉めた。

「もう少しで書類がまとまるから、ちょっと待っててもらえる?」

「はい」

 私がコクンと頷くと、先輩は優しく微笑む。

「ごめんね、早めに終わらせるから」

「い、いえ。あ……、あの、本を読んで待っていますから」

 私はバッグの中から文庫本を取り出し、先輩に見せる。

「そう?」

「なので、気にしないでお仕事してください」

 どうぞ、どうぞと手で促すと、先輩は書類へと視線を落とした。

 その姿を目に収めた私は入口のすぐ横にある丸椅子に腰を下ろすと、しおりを外して本を読み始める。

 パラリ、パラリとページを捲って読み始めてからすぐに名前を呼ばれた。少し不機嫌そうな声に顔を上げると、先輩がまっすぐに私を見ている。


――もしかして、ここで本を読んでいたら邪魔だった?


 心の中で首を傾げた直後、先輩は仕事をしているのに、私だけのん気に本を読んでいる場合ではなかったと気付く。

「す、すみません。私、図書室に行きますね」

 慌てて本をバッグにしまって席を立てば、

「そうじゃないから、出ていく必要はないよ」

 と言って、出て行こうとする私を引き留める先輩。

「え?」

 キョトンとした顔で佐川先輩を見遣れば、

「そんな遠くに座ることないでしょ?その椅子を持って、こっちにおいで」

 と、手招きしてくる。

「で、でも、私が近くにいたら、お邪魔ではないでしょうか?」

「なんで邪魔になるの?真理ちゃんがそばにいてくれたら、俺は嬉しいけど」

 切れ長の目をフワリと細めた先輩が、優しい声で言ってくる。その表情と口調に、ドキドキと心臓が跳ねた。

「あ、あの……」

 ドギマギと視線を彷徨わせていると、先輩は席を立ってこちらにやってくる。そして、さっきまで私が座っていた椅子と私のバッグをその手に取った。

「佐川先輩?」

 呼びかけには応じずに、きびすを返した先輩は自分の席の左横に丸椅子を置く。

「ここで本を読めばいいよ」

「え?」

 丸椅子が置かれた場所は生徒会長の椅子のすぐ横で、先輩との距離がものすごく近い。

「いえ、そ、そんな……。だったら、副会長さんの席に座らせてもらうので……」

 生徒会室は一般的な教室とは違って縦長だ。一番奥にあるのは佐川先輩が座る会長の席で、どっしりとした机が置いてある。

 お誕生日席にあるその大きな机にくっつけて、小さな机が二列、真ん中を向いていくつか並んでいる。生徒会長以外の役員さんたちが座る場所だ。

 私が言った副会長さんの席は、佐川先輩の席から見て左斜め前にある。丸椅子が置かれた場所よりも離れるが、それほど先輩から遠い訳ではない。

 私は本の入ったバッグを取り戻そうと手を伸ばすと、大きな手が私の手を掴んできた。

「ダメ。何で自分の恋人を、他の奴の席に座らせなくちゃなんないんだよ」

 普段は穏やかな先輩の顔が、ムッとしたように不機嫌そうだ。

「ほら、座って」

 私のバッグを自分の机に置いた先輩は、私の肩を掴んで丸椅子に座らせる。

 そこまでされたら私は反論することも出来ず、大人しく腰をかけた。その様子に先輩は一つ頷くと、私のバッグを返してくれる。

「ありがとうございます……」

 よく分からない理由で取り上げられたバッグを返されることにお礼を言うことはちょっとおかしいと思ったけれど、他に何と言ったらいいのか分からない。

 バッグをギュッと抱きしめる私に先輩は苦笑すると、私の髪をクシャッとかきまぜて、

「帰りにドーナツを奢ってあげるから、大人しく待っててね」

 と言ったのだった。


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