(2)先輩side
中学まではひょろひょろと頼りない体型で、けしてカッコいいとは言ってもらえない部類の人間だった。
それが高校に入ったと同時に成長期という魔法が掛かり、身長は伸び、筋肉も適度につき、そして、顔つきも男らしいものに変わっていった。
すると、周囲の女子の反応が一変。やたらと話しかけてきて、擦り寄ってきて、甘えて、媚びて。正直、鬱陶しい。
俺の見た目が変わった途端、あからさまに態度を変えてくる女という生き物が信じられなくなっていた。
手紙が靴箱や机に忍ばせてあったり直接呼び出されたりと、何度も告白を受けることがあったが、どうにも気持ちが動かない。
もしかして俺はこのまま、ずっと、誰の事も好きにならずに生きていくのだろうか。
そんな思いを抱えていた高校三年になったばかりの春、俺は、恋をした。
彼女は今年入学した一年生。大人しくて、本が好きで、はにかんだ笑顔が可愛い人だった。
彼女を知ったきっかけは、どうしても外せない用事があるという図書委員の友人に代わって、放課後の当番を請け負った日の事。
司書の先生に指示されて貸出カードを揃えていた時、彼女が図書室に現れた。
カウンターにやってくると、不思議そうな顔でソッと首を傾げる。おそらく、図書委員でもない俺が座っていることが不思議なのだろう。
そんな彼女に、隣にいた司書の先生が話しかけた。
「三年の杉くんは用事があって来られないから、代わりに佐川君が来たんですって。生徒会長がここに座るなんて、本当に貴重よね」
説明を受けると、納得した彼女がコクコクと頷いている。
それから司書の先生と仲良さそうに話をし、たまに小さく笑う彼女。
その笑顔になぜかくぎ付けになってしまい、その後も彼女の事が気になり、席について本を読む彼女の様子をカウンターからこっそり窺う。
一見するとあどけないのだが、背中の半分ほどに伸びた黒髪を時折耳にかけ、真剣な表情で本に目を落としているその様子がすごく綺麗だと思った。
心臓がドキドキと音を立てている。顔がほんのりと熱い。
俺は不審に思われないように注意して、彼女へと視線を向けていた。
やがて閉館の時間となり、読み途中の本を借りるために彼女がカウンターへと近づいてきた。
司書の先生が手続きをしている貸出カードをチラリと盗み見る。彼女は一年三組の山岡 真理ということが分かった。
学年が離れていて、俺との接点がない彼女。
―――何とか仲良くなれないだろうか。
そう思った俺は、次の日から生徒会の仕事が忙しくない限り、放課後は欠かさず図書室へと顔を出した。
しかし真剣に本を読む彼女に声を掛けることが出来ず、離れた席からそっと見守るしか出来ない。
そして日を追うごとに、『あの真剣な視線の先に俺がいたらいいのに』と強く考えるようになり。彼女と出会ってから二か月目、ついに告白を決意する。
下手に呼び出すと大ごとになりそうで、どうやって告白しようか悩んだ。面倒なことに、この学校では俺の顏と名前が多くの生徒に知られている。
不特定多数の人に認識されていても、別に嬉しくない。彼女にだけ俺を知ってもらえたらいいのだ。
俺は放課後にいち早く図書室に駆け付け、彼女が現れるのを待つ。
やがて、いつものように彼女がやってきた。カウンターで本を返し、新たに借りる本を探して書架へと向かう。
その彼女を静かに追いかけた。
図書室の一番奥の棚まで来ると、彼女はジッと上を見つめたまま動かない。どうやら、借りたい本には手が届かないらしい。
俺はクスッと笑って、彼女のすぐ後ろに立つ。
「取ってあげるよ」
小さな背中が固まった。驚きすぎて動けないようだ。
「この本でいいのかな?」
再び声を掛けると、今度は勢いよく振り返った。
目を丸くして俺を見上げている彼女の表情が可愛い。思わず顔が緩む。
ニッコリ笑って本を差し出すと、オズオズと小さな手が伸びてきた。それをパッと掴んでやれば、
「え?」
と短く声を上げて、彼女が一層固まる。
そんな彼女に囁いた。
「本が好きでもいいけど、俺の事も好きになってよ」
そして、俺は、恋を捕まえた……。
●お付き合いくださいまして、ありがとうございました。
高校生同士の恋愛というのは、どうしてこうも甘酸っぱいのでしょう。
読んでくださった方々が少しでもキュンと胸をときめかせてくだされば幸いです。