(1)後輩side
高校に入学して、三か月が経った。
少し引っ込み思案で暇さえあれば本を読んでいるという、あまりパッとしない私にも仲の良い友達が出来た。
その友達にはいつのまにやら恋人が出来ていて、楽しそうで甘い日々を送っている。
そんな彼女たちを目の当たりにして、私も恋愛はいいものなのだと思い始めていた。
しかし、これまで本に夢中で現実世界の男子たちにはほぼ興味がなかった私。なので、どうやって恋を始めればいいのかいまいち分からない。
どこかに恋が落ちてないだろうか。……なんてね。
とりあえず、今日も放課後には図書室に向かう。特別な用事がなければ、私は毎日図書室でのんびりと過ごしていた。
学校はあらゆるジャンルの本がそろっていて、まさに本の虫である私には喜ばしい限り。借りていた本を胸に抱える私の足取りが、自然と弾んでいた。
試験前でもなければ図書室が混み合うはなく、扉を開けた先には静かな空間が広がっている。
「こんにちは。お疲れ様です」
今日の図書当番である二年の先輩に声を掛けてペコリと頭を下げれば、作業の手を止めてニコッと微笑まれた。
「こんにちは。もう、読み終えたの?山岡さん、相変わらずペースが早いわねぇ」
先輩は私が差し出した本を受け取って、てきぱきと返却処理をしてくれる。
私も図書委員なので、先輩とはお互い顔見知り。
この学校の図書委員はクラスから一人ずつ選ばれて、司書の先生と一緒に貸し出しや返却の手続き、本の修復などを手伝ったりするのだ。
図書委員はあまり人気がないようで、私のクラスで立候補に名乗り出たのは自分だけ。
少しだけ先輩と話をして、それから新たに借りる本を探して棚の間をじっくりと歩く。
「こんなにたくさんの本に囲まれて委員の仕事ができるなんて、楽しくて仕方がないのに」
背表紙を眺めながら、ポツリと呟く。
友達が言うには、私の意見はよほどの本好きじゃないと出てこないとのこと。静かな図書室で黙々と本に向き合うのは、快活な高校生には苦行らしい。
奥の方の書架へと進みながら、時折立ち止まって本を手に取り、また進む。
「たまには、長編ミステリでも読んでみようかなぁ」
神話や伝記のコーナーを抜けて更に奥へと足を進め、そして興味をそそるタイトルの本を見つけた。ところがその本は棚の一番上にあり、小柄な部類に入る私には手が届きそうにない。
私は左右を見回した。
上段の本を取るための小さな踏み台が大抵は置いてあるのだが、残念なことに視界に入るあたりにはない。
誰かが使っているのかもしれない。しかたない、踏み台探しの旅に出るか。
私はもう一度棚の上段を見上げ、借りようとしている本のタイトルを覚える。
その時。
「取ってあげるよ」
自分のすぐ背後から声が落ちてくる。しかもその声はかなり上から聞こえた。声を掛けてきた人は、だいぶ背が高い人物のようだ。
突然声を掛けられた事に驚いて固まっていると、後ろから腕が伸びてきて視線の先の本に手がかかった。
「この本でいいのかな?」
私の背中に張り付くようにピタリと身を寄せていた人物が、耳元で優しく告げてくる。
あまりに近くから聞こえてきた声にビックリして振り返ると、その人がにっこりと笑った。
「え?」
私はこの一連の出来事に驚いて、再び固まる。
すぐ目の前に立って嬉しそうに微笑みながら私に本を差し出していたのは、三年の佐川 正博先輩だった。
彼はこの学校でもかなり有名な人。生徒会長で、スポーツ万能で、成績も上位で、おまけに背が高くてカッコいい。男子に興味のない私でも、先輩の顔と名前は知っていた。
そして、密かに憧れている人でもあった。
―――どうして?何で先輩が、こんなに近くにいるの?
呆気にとられてポカンと先輩の顏を見上げている私。
そんな私に、先輩は持っていた本を差し出す。
「はい、どうぞ」
その声で、ようやく我に返った私。
「あ、ありがとうございますっ」
ペコッと頭を下げて、慌てて手を差し出した。
ところが。
先輩はスッと本を引いてしまい、結果、私の手が宙に取り残される。その間抜けな手を、先輩の空いている手がガシッと掴んできた。
「え?」
またしても驚きに固まる私。
ギョッとして先輩を見上げると、真っ直ぐで真剣な視線とぶつかる。
「本が好きでもいいけど、俺の事も好きになってよ」
恋が、いきなり、落ちてきた……。