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第七話 柳川家の兄妹対戦(開戦)

「勝負内容は『スマブラ』か」


 春の暖かな日差しにはほど遠い四月序盤の北海道。時期的には珍しい真冬並みの猛吹雪に見舞われる今日この頃、柳川家三兄妹は誰がこの吹雪の中昼食用のカップ麺を買いに出るかをゲームで決めようとしていた。

 勝負するソフトは『大激闘スマートフォンブラザーズ』。スマホ発祥のアプリキャラを操作して相手を画面端までぶっ飛ばす、最高四人まで遊べる対戦型アクションゲームである。


「これならゲームに疎い奈々香でもやったことがあるから不公平にはならないだろう?」


 勝負の内容を決めたゲーマー小吾が奈々香に言う。


「それはそうだけど、憶えてるかなあ? えーっと説明書説明書……」


 基本的にゲームの類をしない奈々香は幼少の頃の経験を思い出す為に早速説明書で操作方法を調べに入る。

 勝てる確率が三人の中で最も低い位置にいることは奈々香自身重々承知しているのだが、今や極寒と化した表の世界へ飛び出すことはどうしても避けたい。そう心に決めた寒がりの奈々香は少しでも勝つ可能性を伸ばそうと悪足掻きに勤しむ。


「で、やるのはいいにしてもルールはどうするよ? やっぱストック制にするのか?」

「まあ僕はそれでも構わないが、今日はタイム制にしておこう。ストック制じゃ僕の圧勝で終わってしまうだろうからな。それじゃ勝負にならないし、ハンデくらいは与えなきゃ僕も面白くない」

「勝つこと前提かよ」

「当然だ」


 実際、小吾のゲームの腕前はジャンルを問わず達人と呼ばれる域まで到達している。スマブラで言えば大会への出場経験こそないが、ネットでの対戦では大会覇者を激闘の末に打ち負かす程の実力を持っている。

 そんな小吾と日々対戦することの多い大吾。腕前で言えばその辺りのプレイヤーよりは優れた実力を身に着けているが、それでも小吾を相手に一度も勝ったことはない。


「なんならチーム戦にでもしてやろうか? もちろん僕はCPU(コンピューター)なしの一人で構わない」

「正直その方がこちらとしちゃありがてえが、遠慮しとくぜ。ハンデの付け過ぎはフェアじゃねえからな」

「ふん、まあいいだろう。自分から勝てるチャンスを捨てたことを後悔するがいい」

「つー訳で奈々香、そろそろ始めたいんだが?」

「えっ!? もう始めるんですか!?」


 大吾と小吾が話を進めている横で、いつの間にかゲームの電源を入れて、動かないCPU(コンピューター)を相手に操作練習に励んでいる奈々香。その甲斐あって基本的な操作方法だけは思い出したようだが、やはりまだおぼつかないところが残る。


「もう少し練習させてくれないと勝てないですって」

「別段僕は構わんが、時間を掛ければ掛けるほど積雪量は増すが?」

「さあ何をしているんですか二人共。さっさと始めてさくっと終わらせましょう」


 と、小吾の脅しに簡単に屈した奈々香はコントローラーを固く握りしめて戦闘態勢に入る。

 時間を掛けられないのは確かだ。

 表では分厚い防寒着と顔を覆い尽くすマフラーを身に纏った隣人さんが雪塗れになりながら除雪に勤しんでいるのだが、ものの数分で雪を排除した場所に再び雪が積もり始めていく為、作業に終わりが見えない現実を前に嘆いている。

 現状、脅しなど関係なく過酷そのものなのである。



◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「じゃあルールを確認するぞ」


 画面を大乱闘モードに切り替えて操作キャラを選んでいる三人。その最中に柳川家のゲームマスターたる小吾がルール説明を始める。


「対戦方法はCPU(コンピューター)なしアイテムなしのタイム制三分コース。この中で最下位になった奴がスーパーまでカップ麺の買い出しに行く、で文句はないな?」

「おうよ。ついでに晩のおかずでも賭けるか?」

「好きにしろ。どうせ勝つのは僕だ」


 単なる冗談のように言った大吾の言葉に興味なさそうに返答する小吾。


「しゃあ! 俄然やる気がでるってもんよ! ちなみに奈々香ちゃん、今日の晩飯って何?」

「カレーですけど」


 素っ気ない返答をする奈々香。


「ん? カレー?」

「何か?」

「あ、いや、何でもない」

「ていうか、今話しかけないでください。気が散ります」

「あ、すいません……」


 対戦前から異様に殺気立っている奈々香の苛立ち交じりな声に臆して思わず謝る大吾。

 どうしてもここから外に出たくないらしい。怪しい呪文を詠唱するように「私は負けない私は負けない」と小声で繰り返している。

 傍から見れば心が病んでいるようなその仕草に大吾は若干引いてしまう。


「カレーじゃ賭けが成立しないが」

「え? ああ、だよな。ならやっぱいいわ」

「そうか。なら早くキャラを選べ。貴様待ちだ」



◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



『Ready Go!』

「うおりゃあああ! 死にさらせえええ!」


 試合開始の合図と同時に大吾は、もとい大吾の操作する恋愛シミュレーションゲーム『オサナナジミ(偽)』のメインヒロイン『心音静名(ここねしずな)』は、空中に浮かぶ逆三角錐型のバトルステージを学生服姿のまま駆け出し、猪突猛進に小吾の操作するアプリキャラに攻撃を仕掛けていく。だがそんな単純極まりない戦法はベテランの小吾には通用しない。小吾の扱うパズルRPG『モンスター&パズル』の堕天使型人気モンスター『ルシファー』は静名の振り回すバトンをシールドと細かな移動で防ぎ、ダメージが一向に溜まっていかない状態をキープし続けている。


「おらおらおらおらおらおらぁ! 守ってばっかじゃ俺の静名ちゃんは止まってくれねえぜ!」


 臆することなく攻め続ける静名。怒涛の連続攻撃の甲斐もあり、ルシファーの張るシールドが徐々に縮小されていく。


「ふん、むしろ止まってくれない方がありがたいっ!」

「なっ!?」


 シールド破壊を狙って放つ静名の必殺技『スパイラルリボン』は、ルシファーの瞬間移動技『転身(テレポート)』によりあっけなく上に避けられてしまう。そして行き場を失ったスパイラルリボンはぎこちなく動き回りながらも、後方からルシファーを襲撃しようとしていたアクションRPG『プロジェクトCat』の縞猫キャラ『ネコニャ』にクリーンヒットする。


「あああっ!? 何するんですか兄さん!」


「ギニャー!」という鳴き声をあげて一気にステージの端まで吹っ飛ばされたネコニャ。不慣れな操作ながらも何とか落下を避ける奈々香。


「危うく落ちるところだったじゃないですか! ホント何考えてんですか! 馬鹿なんですか間抜けなんですかエッチなんですか一遍死にますか!」

「いやエッチは認めるけど怒りすぎだろ! あとどさくさに紛れて俺の静名ちゃんをいじめるんじゃねえ!」


 敗北にリーチを掛けそうになった奈々香はそこからくる恐怖心で苛立ちが増し、やけくそ気味にボタンを連打してネコニャにみだれひっかき攻撃をさせる。その攻撃をまともに受け続ける静名は「きゃん!」だの「いやっ!」だの男の本能をひどくくすぶる可愛らしい声で痛がっている。


「ごめんやっぱもっといじめて!」

「この変態兄さん!」


 と、ネコニャが必殺技『猫パンチ』を繰り出そうとした瞬間。



「ご苦労奈々香」

「「!?」」



 ネコニャと静名は突如出現した漆黒の球体に飲み込まれ、断続的なダメージを与えられた後に斜め上空に吹き飛ばされた。

暗黒天体(ブラックホール)』。奈々香と大吾が小競り合いをしている隙に、小吾はチャージ系の必殺技をぶつける為にエネルギーを溜めて絶好のタイミングを見計らっていたのだ。


「あぶっ、あぶっ!? ……き、汚ないわよ小吾! 横から邪魔してくるなんて!」


 何とか空中から無事ネコニャを着地させた奈々香は、まるで自ら九死に一生を得たように、心拍数が急激に上がった豊満な胸を押さえながら小吾に言う。


「これは対戦ではなく乱闘だ。それに背後から僕を潰す卑怯くさい算段をしていた貴様に言われたくはない」

「ううー」


 小吾に簡単に論破された奈々香は何も言い返せず涙目で唸る。


「おい奈々香、このままじゃ俺ら単なる小吾の遊び相手として暇と一緒に潰されるぞ?」

「上手いこと言ってる場合ですか!」


 八つ当たり相手として奈々香に怒鳴られる大吾。

 スマブラには体力ゲージの変わりに『ぶっ飛ばし率』というものがあり、攻撃を受けるごとにその確率は上がっていく。

 静名とネコニャの数値は既に百%を越えていて、一撃で画面端までぶっ飛ばされてもおかしくない状況に陥っている。

 残り時間は約一分半なのに対し、ルシファーのぶっ飛ばし率は零。大吾と奈々香、敗北へのカウントダウンが刻一刻と迫ってきている。


「全くもって拍子抜けだな。折角この僕が半分以下の実力で相手をしてやってるというのに、この程度とはな」


 完全試合を目前に控える小吾は、人を小馬鹿にしたような挑発的な物言いで二人を嘲笑う。


「しょーごー……」


 腹立たしい小吾の態度に悔し涙を浮かべて睨む奈々香。次第にぷるぷると震えだす奈々香に「落ち着け」と言って肩にポンッと手を乗せる大吾。


「残り時間はあと少し、俺らが勝つには奴を一発ぶっ飛ばすしか道はねえ。なら後はどうするか、わかるな?」


 大吾からのアイコンタクトを受けた奈々香は、数秒何かを迷う仕草をするも、最後には決意をした強い瞳を大吾に向けて頷いた。


「よっしゃあ! ラストスパートといこうか!」

「はいっ!」


 二人はコントローラーを握り締め、静名とネコニャに戦闘体勢を取らせる。


「ふん。何を伝え合ったか知らんが、悪足掻きしたところで僕に勝つことなどできはしない!」


 圧倒的な実力差を見せつけるかのように、ルシファーに暗黒天体(ブラックホール)をチャージさせる小吾。既に自身の勝利を確信しているのか、最終的に敗れ去る敵のようなセリフを吐く。


「確かに一人でお前に勝つのは時間的にも実力的にも無理だろうな。だがそれが二人がかりとなりゃ」

「勝てる見込みはある」


 正直なところ、それでも小吾に勝てる確率は本の僅かだけだろう。だが、その小さな希望に賭ける二人の顔は笑っていた。


「共闘か。って、それやるなら最初から僕の忠告を聞き入れてればよかっただろうが。それなら余計なダメージ受けずに済んだのに」

「まあいいじゃねえか。一人で勝てるかと思ったらやっぱ無理だったってことでよ」


 手招きをするように手首を縦に振りながら大吾は言う。


「ふん、まあ別にどうでもいいか。結局勝つのは僕だからなっ!」


 満タンになった暗黒天体(ブラックホール)を保留させたルシファーは瞬時に静名達との距離を詰める。狙いは超至近距離からの砲撃だ。


「奈々香、言った通りにっ!」

「終りだっ!」


 ルシファーが最大出力のエネルギーを一人と一匹に向けて放つ。

 


「ジャンプシールドっ!」

「はいっ!」



 二人はキャラを軽くジャンプさせた後、瞬時に防御用のボタンを押し込む。すると静名とネコニャは半透明の色合いになり、放たれた暗黒天体(ブラックホール)をすり抜けるかのようにかわす。


「空中回避っ!?」


『空中回避』。滞空中にシールドボタンを押すことで発生し、一秒ほど無敵状態になることができる回避コマンドである。ただし、回避できるのは滞空毎に一度だけであり、それ故に回避直後の隙を狙われることが多い。

 だが、今の流れでは話は別だ。


「喰らいやがれ!」

「しまっ!?」


 素早く着地した静名の必殺技スパイラルリボンがルシファーに命中する。

 暗黒天体(ブラックホール)は空中回避同様に使用直後は大きな隙、無防備状態に陥ってしまう。軽く跳んだ静名達は着地までの時間が掛からない上に、超至近距離からの攻撃を仕掛けたせいで小吾には相手の攻撃を防ぐ時間がない。

 勝利確信の油断を突いた大吾の作戦勝ちである。


「かっかっか! 余裕大敵恥ボーボーだぜ小吾!」

「ちいっ!」


 完全試合を潰された小吾は眉間にしわを寄せて不機嫌になる。


「いいだろう。この一撃に免じて――半分の力で相手をしてやるっ!」


 ピキキと、小吾のコントローラーから軋む音鳴る。心なしか、画面先のルシファーも悔しさが滲み出た顔つきに見える。


「かっかっか! 百%だって構いやしねえ! 成し遂げることはただ一つ!」

「抜かせっ!」


 プログラム上の全速力で静名とネコニャに突進してくるルシファー。静名とネコニャも得物を構え、後れを取らずにルシファーへと向かっていく。

 時間上これがラストアタックだ。


「行くぜ小吾! 俺達は――」

「私は――」



「「絶対に負けないっ!」」

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