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第四話 柳川家のトイレ

(トイレとは第二の故郷と悟ったり)


 恐怖のフラッシュバックにより弱りきってしまった精神を癒すべく、自宅トイレで用を足しながらくつろいでいる大吾。心に余裕が出てきたのか、独り言ならぬ独り思考に興じていた。


(かっかっか。やはり個室トイレというのは実に居心地がいい。自分の部屋と違って鍵付きだから、誰にも邪魔されねえで自分をさらけ出せる。おかしなこともし放題だぜ。まあ今はしないけど、さて)


 と、大吾はトイレに立て籠る際一緒に持ち込んだ雑誌を。

 真新しい成人向け雑誌を手に取った。


(真夜中に気付かれないよう命懸けで抜け出して購入したお宝本。こいつで心身共に完全復活させてもらうとするかねえ。かかかかか)


 良からぬことを企む悪人にも似たにやけ顔をする大吾。施錠も完璧なこの密室空間で彼の醜い笑みを止められるものはいない。

 なので大吾は楽しみにしていたお宝本を躊躇いも遠慮もなく捲ろうとする。


 ――コンコン。


 と、ページを捲ろうとしたところで、ドアの向こう側からノックをする者が現れた。妨害行為と反射的に捉えた大吾は素早く雑誌のページを閉じる。


「入ってまーす」


 トイレのドアを叩く相手に大吾は自分の所在を伝える。


(すまねえな、俺の愛すべき妹よ。まあドア越しだから奈々香か小吾かどっちかの判断はつかねえけど、兄ちゃんはもう少し自分の空間を堪能してえんだ。悪いがしばらく我慢してくれ)


 自分勝手な理由を言葉に出さず押し付けた大吾は今度こそ至福にありつこうとページを捲る。


 ――ゴンッ、ゴンッ。


「……入ってまあーっす」


 素早くページを閉じ、トイレのドアを強めに叩く相手に再度自分の所在を伝える大吾。若干の鬱陶(うっとう)しさを感じた為、不機嫌さを示す低めの声になる。


(おいおい妹よ、兄ちゃんの凛々しい顔を早く見たいのはわからくもないが、急かすのはよくねえな。お前が漏れそうなのを我慢しているように、兄ちゃんもこれを眺めるのをずっと待ち望んでいたんだ。俺が入っている以上ここは俺の絶対領域(テリトリー)、それを犯すことはたとえ愛する妹であっても許されることじゃねえ。今しばらく耐えてくれ)


 ――ガチャガチャ。


「だから入って……ん? ガチャ?」


 ――バタンッ!  


「いやあああああっ!」


 完全に施錠されたドアが大きな音を立てて開放された。

 実行犯は柳川家次女、柳川小吾。怒りと憎しみで我を忘れたかのような歪んだ顔をする彼女の手には十円玉が握られている。

 通常では突破不可能と思われた個室トイレ。だがこういったトイレのドアノブ下にはマイナスを象った溝があり、緊急時にコインなどで開けられるようになっている。

 密室どころか、絶対領域どころか、その気になれば誰でも入れるオープンスペースなのである。


「痴漢っ! 変態っ! 強姦魔っ!」

「いいから早くどけこの低脳があっ!」

「ちょっ!?」


 大吾の胸ぐらを掴んだ小吾はそのまま大吾を手前に引っ張り出し、丸出しになりっぱなしの尻に手加減無用の回し蹴りを喰らわせた。


「だああっ!」


 第二の故郷から蹴り出された大吾は下半身をあらわにしたまま廊下で無様に倒れ込んだ。ちなみに前倒れだったので大事なところはしっかり隠れている。

 大吾から強引にトイレを奪い取った小吾はドアを荒っぽく閉め、後に苦痛に満ちたうめき声を上げている。


「何だってんだよ一体!」

「その、消費期限の切れたタラコで料理して、わ、私が食べた後小吾にも試してもらったんですけど、やっぱりダメだったみたいで……」


 お腹を抱え、壁に寄りかかっている奈々香が大吾に事のあらましを話す。腹痛が大幅に響いている為か、大吾のあられもない姿に注意する余裕もない。


「そんなもんで晩飯作んなや!」

「だ、だって勿体ないじゃないです――ぐうっ!」


 勿体ない精神で反論に移ろうとするも、腹痛の波が奈々香を必要に襲いそれどころではなくなった。


「しょ、小吾ー! 早く出てよー!」


 ガンガンと荒い音を立ててドアを叩く奈々香。大分限界が近づいている様子だ。


「だ、黙れ誰のせいでこうなったと思っている! そこでしばらくもがき苦しんでいろ!」

「ぐ、うう、そっちがそのつもりなら私もこれでっ!」


 と、奈々香はエプロンのポケットから一円玉を取り出して溝に差し込んだ。


「ぬおっ!? やめろこのっ!」


 ドアの開放を阻止すべく、小吾は内側から鍵の摘みを抑え込む。それに負けじと奈々香も痛むお腹を抱えながら、一円玉が折れ曲がりそうなほど力強く回し返す。

 一方は自身の領域を守るべく、片やその領域を侵略すべく奮闘する妹達。共通しているのは苦痛で歪む顔と譲歩のない個人の理由だけだ。


(なるほど。戦争がなくならない訳だ)


 などと、ズボンを穿きながら勝手に納得している大吾。


(なんてこと考えてる場合じゃねえ。ここは兄として、愛する妹のいざこざを止めなきゃな。うんそうだ、それがいい)


 そう自分に言い聞かせた大吾は、安住の地を取り戻す為に、戦争を終わらせる為に。


「加勢するぞ奈々香!」


 そして何より故郷に置き去りにしたお宝本を取り戻す為に、大吾は第三勢力として戦争に参加する。


「この変態がっ!」


 そして助勢によって半開きになったドアの向こうからお宝本が被弾した。

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