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第十三話 柳川奈々香の引き籠り

「おーい奈々香ー。いい加減機嫌直して出てきてくれよー」

 

 奈々香弄りからしばらくして落ち着きを取り戻した柳川家。

 そんな中、悲惨な結果満載のテスト用紙を取り戻した奈々香は、自室に鍵を掛けて閉じ籠ってしまった。

 部屋の前に立つ加害者二人。その内の一人である大吾が奈々香に呼び掛けるが、奈々香からの返事はない。


「返事がない。ただの屍のようだ」

「勝手に殺さないでよ!」


 大吾の横に立つ小吾の心ないボケに、引き戸の向こう側から奈々香はツッコミを入れる。


「ツッコむ余裕はあるようだな」

「ああ、けどダメだ。完全に閉じ籠っちまったよ。どうすっか?」

「どうするも何も、このままじゃ晩飯にありつけないだろうが。何とかしろよ」

「まあ、そうなるわな。しゃあねえ、何とか説得してみるか」


 少々威圧のある小吾の言葉に促され、大吾は美味しい晩御飯の為に奈々香の説得に入る。




 プランA『素直に謝罪』


「奈々香ー、さっきのはホント悪かったって。ほら、このとぉーりだ。誠心誠意謝罪すっから許してくれ!」


 本当に謝る気があるのか怪しまれる口調で、大吾は日本屈指の謝罪法である土下座を実行に移す。

 

「………………」


 呼吸音だけが聴こえてくる静けさが流れる中、大吾はただひたすらに額を床に着け続けている。


「………………」


 それは幾度とない経験の賜物か。

 腕の角度も、足の折り方も、頭を下げた位置ですら、僅か一ミリのズレもないほどに洗礼された姿勢。

 左右対称(シンメトリー)を醸し出している。

 これほどまでに美しい土下座を見せられて、心を揺さぶられない人間はおそらくいないだろう。


「………………」


 その姿が見られていればだが。


「せめて戸越しで見えないとかツッコんでください! 何も言われないことが一番キツイ!」




 プランB『お詫びの印』


「奈々香ー、何か今欲しいもんとかねえか? お詫びにお兄ちゃんが奮発して何でも買ってやるぜ?」

「………………」

「いやマジで何でもいいんだぜ? アクセサリーでも可愛い服でも今後のことを考えて事前に準備しておきたい勝負下着でも」

「最後のは絶対兄さんになんか頼みませんよ!」

「え!? 頼まないけど欲しいのか!? 誰に見せるつもりだ!?」

「いりませんよ!」




 プランC『警告』


「犯人に告ぐ! 無駄な抵抗はやめて大人しく出てきなさい!」

「急に何ですか!?」

「引き戸を開けてご覧なさい。君のご両親が……」

「……いや両親がどうしたんですか!? 来てるんですか今!? 泣いてるんですか今!?」

「それにこちらには八千匹の豚がいる!」

「だから何だっていうんですか!? いたら確かに怖いですけれど!? いやそれよりもお父さんとお母さんがどうしたのか教えてくださいよ!」

「逃げ場がない以上君に選択の余地は、あちょ、どけこの豚共! 邪魔すんなよ! 今話してる最ちゅ、ぎゃああっ!?」

「逃げ場どころか豚の踏み場もなくなってるじゃないですか!」

「よせぇ! 俺秘蔵のソーセージはテメエらのものじゃねえ!」

「豚の集団に何されてるんですか!? ていうかソーセージって!?」

「やめろぉ! 親だけには手を出すなあ! 早く逃げっ、あ、親父ー! お袋ー!」

「巻き込まれた!? やっぱりいたんですか!?」

「助けてくれ奈々香ぁ! 豚に何もかも喰い尽くされる! ヘルプミープリィィィズ!」

「助けませんよ! ていうかいつまでそんな小芝居続ける気ですか!? こんなのに騙されるほど馬鹿じゃないですからね私!」

「ちっ、薄情な」

「ええっ!?」



◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「失敗した。見込みが甘かった」

「まあそうなるだろうとは思ったが」


 大吾の説得プラン三点セットを傍観しながら、スマホアプリのパズルゲームを軽々と紐解いていた小吾は、プラン全てが失敗に終わったところで声をかけた。


「にしてもプランAとBはまだいいが、最後の茶番は何だ?」

「茶番言うな。これは俺がエロい妄想をする間も惜しんで考えたとっておき、『家族のピンチには迷わず駆けつける、お兄ちゃん大好きな可愛い妹ちゃん作戦』だぞ。失敗に終わったけどな」

「とっておきにしては惜しむ時間が短すぎるな」

「ちょっと待て。それじゃこの紳士たる兄が、常日頃卑猥な妄想をしているみたいに聞こえるじゃねえか」

「常日頃どころか、一分一秒余すところなくしているだろうが」

「わー、俺の頭の中パーラダーイス――ってんな訳あるか!」

「ていうか、よくそんなくだらない茶番が成功すると思ったものだな」

「言ったろ? 見込みが甘かったって。それもこれも奈々香ちゃんの家族愛が希薄だったからいけないんだ」

「私が悪いんですか!?」


 引き戸の向こうから奈々香のツッコミが入ったところで、大吾は小吾の小さな肩にぽんと手を置く。


「つー訳で選手交代だ。小吾、後は任せたぜ」


 親指を立てながらウインクをする大吾。それを見て機嫌を悪くした小吾は、肩に乗せられていた大吾の手をつねりながら外す。


「いでででででででっ!?」

「やめろ触るな茶番がうつる」

「どんなことしたって茶番なんかうつるかよっ!」


 一頻(ひとしき)りつねり終えた小吾は大吾から手を放し、スマホの電源を落とした後に大吾に代わって引き戸の前に立つ。

 言われた通り、今度は小吾が奈々香を説得するようだ。




 プランD『呪文』


「えーっと、じゃあビビデバビ――」

「ちょっと待てぇ!」


 プラン開始早々に、横で控えていた大吾から中断せよと声が上がる。


「何だ?」

「何だじゃねえよ! えっととかじゃあとかやる気が見られねえ上に『呪文』ってどういうことだ!? 説得の項目から大幅に外れとるわ!」

「別に僕は説得するとは言ってない。開かずの扉には仕掛けか呪文というゲーマー精神に則ったやり方をしようと思っただけだ。それの何がいけない?」

「リアルワールドを甘く見るな! 呪文でアナログ施錠された扉が開けば誰も苦労はしねえんだよ!」

「ちっ、うるさい奴だ。ならどうしたらいいんだよ大吾?」

「頭を使え! お前の得意分野だろ!?」

「よし」




 プランE『頭を使う』


「待て待て待てぇ!」


 今度はプラン開始前に止められる。


「ほんっとにうるさい奴だな。言われた通り頭を使ってやってるだろうが」

「だけど俺の頭はやだよ!」


 大吾は現在首筋を押さえられ、頭を強引に下げられた状態で会話している。どうやら髪がボサついた大吾の頭を引き戸へ激突させるのことが小吾の狙いのようだ。


「てかこれのどこがお前の得意分野だ!? こんな間違いは今時ギャグ漫画でも描かれねえぞ!?」

「貴様、僕を馬鹿にしているのか? 当然これは僕が思考して進行している素晴らしいプランに決まっているだろうがっ」

「いでっ!?」 


 小吾は大吾の首を掴んだまま容赦なく頭を引き戸へ激突させる。向こう側からは「ひいっ!?」と、意表を突かれた奈々香が可愛らしい悲鳴を上げた。

 

「物理的に俺の頭を使っているこれのどこが素晴らしいプランだ!?」


 引き戸に顔を押しつけられながら大吾は苦情を言う。


「時として強行突破は立派な戦略と成りえる。丁度近くに引き戸をぶち破るのに良さげな頭蓋骨があったからな。どうせ中身は腐っているし、こうして有効活用した方がエコかと思ってな」

「腐ってない! お兄ちゃんの中身は全然腐ってない! たまにエロい妄想してるだけ!」

「腐ってるな」

「腐ってますね」

「ダブルパンチはやめろよ! しょうがねえじゃん男の性なんだから!」


 妹二人にどうしようもない男の本質を理由に軽蔑され、自棄になったように言い放つ大吾。


「そ、それよりも小吾、強行手段はやめろ。壊したら大家さんに怒られちゃうだろうが」

「どうせ怒られるのは貴様だけだから構わん」

「他人事みたいに言うなよ。まあとにかくさ、もっとこう、奈々香に自分から出てきてもらえるようお願いするみたいな感じが俺的に好ましいんだけど」

「注文の多い奴だな。仕方ない」


 やれやれ、と表すように首を横に振る小吾。首から手を放し、邪魔になった大吾を退けさせた小吾は、もう一度引き戸の前に立ち、コンコンとノックをする。




 プランF『ご飯を作ろう』


「奈々香。ご飯をつくーろー。引き戸開けてー」

「完全にパクりじゃねえか!」


 聴いたことのあるメロディに自作歌詞を取り入れて歌い始めた小吾をまたしても止めに入る大吾。


「貴様いい加減にしておけ。流石の僕も三回目ともなれば仏の顔を崩しざるを得ないぞ?」

「万年仏頂面でも可愛い妹が何言ってやがる! 大体それオチが見えてんだよ! 多分その歌の最中には開けてもらえねえよ!」

「可笑しなこと言っていいか? 知ったことか!」

「もっと可笑しなこと訊いていいか? 出す気ねえだろお前!」


 

◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「ダメだった。どうやらこの僕ですら手に負えない案件だったようだ」

「当たり前だ! てかお前のも思いっきし茶番だったじゃねえか! 寧ろ俺より酷えじゃねえか! よく人のこと悪く言えたもんだな!」

「思ったよりも貴様の茶番伝染ウィルスは強力だったようだ」

「うつったの!? いやそれにしたってダメ過ぎだろ。あと所々に世界的有名作品ネタを入れてくんな。何かわからん抑止力に消されちまう」

「何の話をしている?」

「それはともかく奈々香、マジでそろそろ出てきてくれねえかな? 疲労困憊の上に、飯食ってねえ状態でボケとツッコミのオンパレードを続けるのは、兄ちゃんいい加減辛いんだが」


 大吾が帰宅した時刻は夜七時頃。それから既に一時間半は経過している。夕食を取るには些か遅い時間帯だ。にも関わらず、大吾小吾と同様、とっくに空腹を迎えている筈の奈々香は、未だに大吾へ無言の返事をするばかりだ。


「くそっ、ツッコミは返してくるくせにこういう問いかけには黙りを通しやがる。ラジオやドラマCDなら大問題だぞ」

「仕方ない。こうなったら奥の手を使うか」

「何奥の手だと? そんなものがあるのなら何故最初から使わねえ?」

「最初から使ったら奥の手にならないだろうが」


 言いながら、小吾は素早い指捌きでスマホをいじり始め、その画面を大吾へ見せてきた。


「これを言ってみろ」

「お? なになに……は? 何でこれで奈々香が出てくるんだよ? むしろご褒美と思って出てこなくなる可能性が大だぜ?」

「いいから早くやれ。ハリアップ」

「お、オウライト」


 


プランG『奥の手』


「えーっと、奈々香。このまま引き籠り続けんなら、後日お兄ちゃんから濃厚なキッスのプレゼントをしようと思うんだが」

「おっともうこんな時間ですか! すぐに夕食作りますねー! そりゃもう死ぬ気で!」

「ホワイナゼ!?」

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