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第十二話 柳川家の帰宅後

 街全体を朱色に染め上げていた夕暮れ空が終わりを迎えようとしていた頃、大吾はとぼとぼと疲れきった足取りで住宅地を一人歩いていた。


「だーちかれたー。しばらくキーボードは打ちたくねーわー」


 と、独り言を言う大吾は疲労した指の関節をポキポキと鳴らす。


「こりゃあ可愛い妹達の笑顔と体を眺めて癒されるしかねえなっーと」


 帰宅後のプランを決めた大吾は、ちょうど辿り着いた居住アパートの階段を登り、自宅玄関のドアを開けた。


「たでいまー。愛しの兄ちゃんが帰ってきたでーってうおーぃ!?」


 帰宅早々大吾は驚いた。

 居間へのドアを開けて大吾が目にしたものは、ボロボロと涙を流しながら正座している奈々香。

 そしてその奈々香の小さな頭を見下しながらグシグシと踏みつけている小吾の姿だった。


「にゃんだドウシタ喧嘩かホワーイ!?」

「ちっ、うるさいのが帰ってきたか」


 いったい何が起きているのか、状況が全く理解できず慌てふためく大吾。それを見た小吾は興が削がれたのだろうか、奈々香の頭から小さな足裏を離した。


「うう……、兄さーん」

(うっわこりゃ小吾にしこたまやられたな)


 涙声で兄の名を呼ぶ奈々香。随分長い間小吾の容赦ない言葉攻めを受け続けていたのだろう。目元にはいくつかの涙痕が見られる。


「と、とにかくなんだ。ホントは俺が慰めてもらいたいところだったが、泣いてる妹には代えられねえ。さあこい奈々香、胸に飛び込んーー」

「嫌です」

「この段階でまさかの拒絶!? お兄ちゃんビックリだ!」



◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「で、なんだってお前ら二人SMプレイで遊んでたんだよ?」


 灰色のスウェットに着替えた大吾は、奈々香と小吾に先程驚愕した出来事の真意を問う。


「してないですし私Mじゃないですよ!」

「いや奈々香はどっちかっつうとM寄りだろ。何だかんだ弄られるタイプだろ。案外学校でも弄られキャラポジションなんじゃね?」

「そ、そんにゃこそにゃいでしゅよ!」

「可愛く、そして盛大に噛んでいるところがますます怪しい。兄である俺が保証しよう。お前はドMだ!」

「保証なんていらないですし勝手にワンランク上げないでくださいっ!」

「大吾、そう言う貴様も大概Mだろうが」


 からかい、からかわれる二人の横でスマホゲームをしていた小吾が言う。


「おいおい小吾ちゃんよ、勘違いしてもらっちゃこまるぜ。女の子を弄り、そして弄られることが超大好き! それが俺です大吾です!」

「とりあえず貴様が救いようのないド変態だと言うことは改めて理解した」

「罵りあざぁっす!」


「ふん」と鼻であしらう小吾。

 大吾の反応が思っていたものと違ったのか、小吾はつまらないといった表情をしている。


「んじゃ続けて小吾がSかMかって審議だけどーー」

「そんなもんSだS。ていうか、訊くべきことが他にあっただろ。脱線するな」

「おおそうだった。どうして奈々香と小吾がSMプレイをしていたのか、それが議題だった」

「だからしてませんって! 私ただ小吾に怒られてただけですから!」

「怒られてた? 何だよ、また奈々香が消費期限大分過ぎた材料でも使ったか? あ、でもそれなら今頃トイレの奪い合いしてるか」

「……思い出しました。兄さん、あの時の卑猥な本は何ですか?」

「ちょっ、今それを話題にするのか!? 八話くらい前の話だろ!? 流されたと思ったのに!?」

「あーもう話が進まない。さっさとこれを見ろ」


 奈々香から禍々しい殺気が出始めたところで、小吾は二枚のプリント用紙を大吾に渡す。

 すると、溢れ出ていた殺気は瞬く間に消失した。


「いやぁー!? ちょっと見せないでよ小吾ぉ!」

「テスト? のわ、赤点じゃねえか。しかもダブル」

「返して! 返してください兄さん! 見ちゃダメです! 見ないでくださいっ!」


 大吾からテストを取り戻そうとする奈々香。しかし大吾はテスト内容を目で追いながら、取り返さんと伸ばされる奈々香の手という手をひらりはらりと軽やかに交わしていく。

 さながら付け焼き刃のダンスのように動く大吾と奈々香。 

 そんな最中、翻弄される奈々香とは異なり、前もって示し合わせたかのように絶妙なタイミングで二人のダンスに割り込んだ小吾は、大吾からテスト用紙を一枚受け取って解答欄に目を通す。


「何度見ても酷い出来だ。全く、普段何を聞いていたんだか」

「わかってる! そんなのわかってるから二人ともそれ返して! 返してってばぁ!」


 敵が二人に増してもめげずに立ち向かう奈々香。

 しかし、『二兎を追うものは一兎をも得ず』。

 その(ことわざ)を体現するかのように、テスト用紙奪取を狙う奈々香の両腕は、二人の兎に難なく交わされ続け、一向に奪い取れる気配が訪れない。


「まあまあもうちっと待てって。てか、これよく見たら基礎問ばっかりだな。英語は大分ブランクあっけど、俺でも案外解けそうだな。初っぱなとかスゲー簡単だし」

「本当にこれは中学生の勉学なのか? 少しかじればこの僕でなくともまともな点は稼げるぞ」

「まさかっ!? 冗談だろっ!? "This is a pen" を間違えるのかっ!?」

「"his is pan" て、強引に訳しても『彼は平鍋です』だぞ。どこぞの彼諸共、問題を侮辱し過ぎだろ」

「いやいやいやぁー! 舐めるように見ないでくださいっ! 触らないでくださいっ! 恥ずかしいですやめてくださいもう許してくださいっ!」


 兄と妹による軽口と罵倒に耐えられなくなった奈々香は、真っ赤になった顔を両手で覆い隠し身を捩らせている。


「誤解を招く言い回しをするんじゃねえ! 興奮しちゃうだろ!」

「貴様実の妹に何て不埒な真似を!」

「いやテストだよな!? テストの話だよな!? てかこの状況をおもいっきし見てるよな小吾ちゃん!?」

「有無を言わさず奈々香の大事なところをなぞるとは、貴様それでも兄か!」

「答えをな! 奈々香の書いた答えをなぞったんだからな! てかあまりそれでかい声で言うんじゃねえよ! お隣りさんに聴こえちゃうだろ!」

「いや隣はこの間引っ越しただろ」

「あそっかそれなら安心ーーいやダメだお下さんはいるよ! やっぱダメだ一回全員静寂モードに移行しろぉ!」



◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「お二階さんは今日も元気だねぇ」

「これが日常茶飯事なのか……。どんなお二階さんなのだ」


 たまたま来ていた娘を他所に、一階に住む間地(まじ)さんは、今夜ものんびりお茶を飲む。

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