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ささやかな文通

作者: あばら谷
掲載日:2014/02/03

 

 この教授の話はどうしてこれほどまでにつまらないのか。

 こちらとしては少しでも興味があったからこの講義を取ったのに、蓋を開けてみれば禿げたおっさんから訳の分からない話を延々90分聞かされるという、半分拷問にも近いようなものだった。眠気を誘うしゃべり方といい板書の汚さといい、生徒のやる気を阻害する能力だけは評価に値するだろう。

 だから周りを見渡せば、実に8割の生徒が机に突っ伏して熟睡している。もちろん私だってそうしたいのは山々だが、昨日はたっぷり睡眠を取ったので完全に目は冴えてしまっていた。

 かといって真面目に話を聞くなどという選択肢はなく、何の気なしに机の端に目をやると、鉛筆でうっすらと文字が書いてあった。

 一言「こんにちは」と。


 普段なら単なる落書きに反応することなどないのだが、なぜかこの時はそうしなかった。授業がつまらなかったというのもあるが、なによりその文字に惹かれたのだ。

 決して教科書のような上手な字ではない。かといって適当に書いたようなぞんざいさもない。そのたったの5文字で、書き手の上品で端正な雰囲気が感じられた。

 私はその文字の下に、できるだけ丁寧な字で「こんにちは」と書き加えた。


 一週間後、そんな出来事はすっかり忘れていたが、再び机に書かれた文字を見て背筋を伸ばした。二つ並んだ「こんにちは」の文字は消えていたが、代わりに新たな言葉が書かれている。

 「何年生?」

 間違いなく同じ筆跡。やはりあの綺麗な文字だった。

 どうやら無意識に先週と同じ席に座っていたらしい。おそらくこれを書いた相手もいつもこの席に座るのだろう。 私は勝手に運命的なものを感じ、なるべく他の人に気づかれないよう、端に薄い字で返事を書いた。

 「僕は2年。君は?」


 次の週、私はいつもより早めに教室に入り一目散に席についた。机の端に目をこらすとやはりあの文字で返事があった。自然と笑みがこぼれる。

 「私は3年。あなたの趣味は?」


 こうして見知らぬ女性との文通が始まった。それも週に一度、たった一言ずつだけの。

 彼女は別の学部の3年生で趣味は読書、秋田県出身で暑いのが苦手らしい。やりとりをすればするほど、私は彼女に惹かれていった。

 姿を全く知らないのに、こんなにも愛おしく思えることに自分でも驚いた。


 そんなやりとりが10回以上続き、今学期の講義はもうじき終わりに近づいていた。講義が終われば二人がこの教室を使うことはなくなり、つまりこの会話もできなくなってしまう。

 それは嫌だ。

 せめて最後に自分の気持ちを相手に伝えたい。そして一目でいいから彼女の姿を見てみたい。


 向かえた講義の最終日。私は思いきって彼女に告白することを決めた。

 机に書くという方法でしか彼女と繋がる方法はない。だから告白もやはり机にと、いつもよりも少し濃い文字で「あなたが好きです」と書いた。そしてその下には携帯のメールアドレスを書いておいた。


 返事は来ないかもしれない。向こうは単なる暇つぶしのつもりでつき合ってくれただけかもしれない。

 けどそれでも構わない。彼女に思いが伝えられただけでも満足だ。あんなつまらない講義でも出席していてよかったと、私は心からそう思った。


 しかしひょっとしたら返事がくるかもしれないと、心のどこかで期待していたのも事実だ。

 翌日は携帯が鳴らないかと1日中ドキドキしていた。

 しかし三日たってもメールはこない。やっぱり人生そう上手くはいかないんだなと諦めかけていた時だった。知らないアドレスからメールが届いた。

 彼女だ。

 私は直感的にそう感じた。ふるえる指でおそるおそるメールを開くと、こんな文章が目に飛び込んできた。


「君は僕の講義を真面目に受けていなかったみたいだね。単位はあげません」



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