後編
トミロヤは走り出しす。追ってくる特殊部隊員から逃れる為に。
「どうする? 何処へ逃げれば……」
走り出したのは、いいが逃げる方法まで考えていなかった。しかも、自分もゾンビになるはずだったのに検討違い。
「ともかく時間を稼がないと」
後ろを見ると特殊部隊員が追ってきている。散弾銃を構えるのが見えて近くにあった車に隠れた。何発かの弾が車に当たり弾痕を作り、その間に特殊部隊員が距離を縮めてくる。
その時――爆発音が町中に響いた。
特殊部隊員も立ち止まり、無線機に連絡を入れる。
「おい、ジェリコ! 何があった?」
「バリゲートを爆破した。 隊長からの命令でな」
「なんだと!? ジェリコ! 退路は……何処に行けば逃げられるッ!!」
「さぁな、早く逃げた方がいいぞ……?」
特殊部隊員は辺り見回すとそこに隠れた民間人の姿は無く、代わりに何体もの走ってくる感染者が見えた。
「くそッ、このクソ野郎!!」
散弾銃で近くにいる感染者を吹き飛ばし抵抗するが、六人もやったところで散弾銃が弾切れになる。
「……クソ!」
リロードしようにも次から次へと感染者が倒した死体を越えて寄ってきてそんな余裕はない。腰のホルスターから拳銃を取りだして下がりながら応戦を続ける。
「ジェリコ!! 助けてくれッ!!」
「ここから助けに行くのは無理だ」
「この薄情者がッ!!」
「感染するか自決しろ……」
「出来る訳ないだろッ!!」
特殊部隊員の悲痛な悲鳴が路地に響く、拳銃の弾も切れるとナイフで必死に抵抗するが、体力も精神も限界だった。
「く、来るなぁ! やめろ!!」
その時――特殊部隊員の頭に銃弾が命中し肉片と血を撒き散らす。
「……楽にしておいてやるよ」
ジェリコはそう言うとビルの屋上から立ち去った。
トミロヤは爆発音が聴こえた時には車の物影から飛び出して走っていた。特殊部隊員が気を取られている間に距離をおく為に。
「ヤバい……ゾンビだ」
こちらに気づく気配はない。そのまま迂回して逃げるがまた感染者が歩いている。
「こっちにも!?」
トロリーは受け付けカウンターに隠れようとしたが、特殊部隊員が使っていた突撃銃と防弾ベストからあるだけの弾倉に腰に着けたポーチを取ると他の部屋に急いで身を潜める。
正面の出入り口から入って来たのは全身に鎧のような装甲を纏った二人で手には見慣れない武器を持っている。
「……またヤバそうな奴が来たな……」
トロリーは部屋のドアに隠れながら様子を伺う。武器は前衛が回転式機関銃を構えて周囲を警戒している。ヘルメットに何かレーザーらしき物と小型のカメラが付き、顔は通常のガスマスクとは異なる異形のマスクを着けていた。後衛も同じくヘルメットと異形のマスクを着けていて顔は見えないが、武器は散弾銃を所持している。
「特殊部隊の新手か……? かなりの重装備だ……」
入ってきた新手の特殊部隊員を見ながら特殊部隊員から頂戴したポーチの中から閃光手榴弾を取り出して戦闘に備えた。
その間にも二人の異形のマスク達は特殊部隊員の死体に近づき、前衛の回転式機関銃を持つ隊員が周囲を警戒して、後衛の隊員が特殊部隊員の死体の確認を始める。
「……今しかないっ!」
トロリーは安全装置を解除して密集している二人の異形のマスクに閃光手榴弾を見舞うのだった。
スウシン製薬会社の周辺には結構な数な感染者がいたが、回転式機関銃と兼用発射器の前には驚異ではなかった。
「ラガナ、このまま感染者を蹴散らしながら突破口を開く」
「了解。ラガク、油断しないでよ」
ラガクが使用している毎分千発近くに及ぶ回転式機関銃の高い連射性と弾薬の破壊力が合わさって感染者を意図も容易く無力化していく。そして、ラガナが使用する新型弾薬を用いる兼用発車器も強力で集団で襲い来る感染者を一発で一網打尽にする破壊力だ。
「なんだ!?」
町中に響く爆発音と黒煙が上がると同時に感染者達の呻き声や叫び声が聴こえてくる。
「途中で見かけたバリゲートが突破されたかもしれないな」
「……なら、早く乗り込んだ方が良いかも」
「ああ、そうした方がいいな」
ラガクは走って来る感染者を弾幕を張り押さえている間にラガナはスウシン製薬会社の出入り口まで走って行き扉に手をかけた。
(……ドアが開いてる?)
「突入できそうか?」
「ええ、でも気をつけて。ドアは開いてた見たいよ?」
「了解だ。後衛を頼む」
ラガナが扉を手早く開けてラガクが先に突入すると、そこには何体かの感染者の死体と他とは違う二体の死体が倒れている。
(警察か……?)
二人は疑問を浮かべながら一体の死体へ警戒しながら近づいて行き、ラガナが死体を詳しく確認を始めた。
「警察や友軍ではないみたい……」
「頭に1発と……脚はショットガンで撃たれてるな……」
ラガクは特殊部隊員の装備を注意深く視認するが、幾つか足りない装備があるのだ。
「メインギアと弾倉が見当たらない……!?」
その時――ラガクの足下付近に閃光手榴弾が落ちて炸裂する。
「クソッ! ラガナ、即応陣形を組めッ!」
「了解! スタンで状況把握がとれ……ラガク、前ッ!!」
ラガナが警告を促すが、既にロングコートを纏った者は散弾銃を片手にラガクに迫っていた。
「ッ!!」
回転式機関銃を使用する前にロングコートを纏った者に散弾銃を食らう。近接で散弾銃を食らえば大抵は致命傷になるが、全身を装甲で固めたラガクには大した効果はない。
「クソッ! 覚悟しろ!!」
その間に回転式機関銃がロングコートを纏った者を捉えると苛烈な弾幕で応戦するが、そいつは間一髪で散弾銃を棄てて懐に飛び込んで弾幕を避けると所持していた突撃銃を構えて突進してくる。
「ッ!!」
ラガナが拳銃で攻撃を加えて突進を制止させると、そいつは持っていた突撃銃で反撃を行うがラガナもまたラガクと同じ装甲を身に着けていて銃弾は弾かれて効果はない。
トロリーは予想を上回る頑強な敵に、苦戦を強いられて対処しきれないでいた。
(くそッ! ショットガンにアサルトライフルも効いてないのか!?)
突撃銃で攻撃していたが、敵は怯むことなく拳銃を撃ってくる。
「うっ……! ッ……!!」
何発かの銃弾が防弾ベストで保護されていない箇所や手足に命中して出血するが、ここで逃げれば確実に殺られてしまう。
「弾切れかっ!?」
突撃銃の弾が切れて再装填しようとするが、その隙をついて敵は左手で刀剣を抜いて襲い掛かってきた。
「うわっ! ヤバい!」
トロリーは突撃銃を投げつけて敵を怯ませている間に日本刀を抜き出すと体を屈ませて刺突を食らわせに行く。
「関節を狙えばどうだッ!!」
装甲が見られない脇の辺りに刺突を見舞うが、敵は体を横に反らして刺突を装甲で弾かせると刀剣で日本刀の刃先を刀剣の峰打ちで破壊される。
「なにっ!」
その身のこなし方に戦慄を覚え、反射的な動きに出遅れたと気付いたが手遅れだった。
脳裏によぎったのは――『殺られる』。
トミロヤは周囲を感染者に囲まれて逃げ道をなんとか探していたが、行く手には感染者がいて思うように進めない。
「……何か変だ」
何が変なのかと言えば感染者が襲って来ないような気がするのだ。そう、まるで仲間とでも思っているように……。
「まさか……、そんな訳ないよな……」
自身の境遇に恐怖を覚えながらも冷静になろうとするが、“自身が既に人であるのか”と言う疑問が沸き上がって抑えられない。辺りを見渡せば他の感染者達をみれば余計に事実だと言うことを認識せざる得なくなっていく。何故なら、彼らも元は同じ人でありながら今は違うのだから……。
「おーい、トミロヤ!」
「トミロヤさーん!」
振り返ると乗用車に乗ったローランドとリーネットが感染者をなぎ倒しながら向かって来ていた。
(……考えるのは後にしよう)
トミロヤの近くで車を停めると助手席からローランドが出てきて近くに寄って来る感染者を散弾銃で牽制していく。
「突っ立ってないで乗れ!」
「あ、はいッ!」
乗用車の後部に乗り込むと隣には助けた少女もいる。
「あの……お兄さん、助けてくれてありがとう」
「……あ、当たり前のことをしただけさ」
「ウソでしょ?」
「当たり前のことか……警官に向いてるな」
「ウソじゃないですし、警官は……まあ、考えておきます」
「ちょっとぐらい格好つけてもいいんだぜ?」
「そうですよ、トミロヤさん。カッコ良かったですよ」
トミロヤは照れくさそうに鼻をかいていた。
死ぬ覚悟をしたトロリーが感じたのは刀剣の冷たい刃先ではなく、女の声が耳に聞こえる。
「貴方の負けよ。戦闘行為を続けるのなら容赦はしない」
「……戦闘行為だと? 先に仕掛けたのはそっちだろ!!」
懐から隠していたコンバットナイフを取り出して女の持つ刀剣を弾いて致命傷からかすり傷にして距離を取る。
「ッ!」
女の敵は背中から散弾銃を取り出していた。そして自身の咄嗟の行動を呪う。もう一人の異形のガスマスクが回転式機関銃をこちらに向けて発射体勢だ。
「止まれ! 蜂の巣にされたいか!?」
「やって見なきゃ分からないだろ!」
「……!?」
トロリーはプラスチック爆弾をポーチから取り出すともう一人の異形のガスマスクに投げつけるが、毎分千発の回転式機関銃に容易く撃ち抜かれると想像を超える爆発が起こる。
「クッ! 高性能爆薬か!?」
ラガクはロングコートを纏った者が手榴弾か何かを投げたと思い回転式機関銃で撃ち抜いたが、どうやらTNT爆薬やC4爆薬なんかの高性能爆薬だったらしく激し過ぎる爆発が目の前で起こった。
「ッ! あの野郎!」
反射的に片手で顔を覆いなから、敵を探すが見当たらない。
「ラガク、無事!?」
「ああ、大丈夫だ。奴が見当たらないがな……」
ラガナも兼用発射器を構えて周辺を見渡すが、ロングコートを纏った者はいない。後に残っているのは残骸と死体が転がっているが奴らしき死体はなく、まだ生きていることは確かだ。
上からエレベーターが降りきたことに気づきボタンを押してラガクとラガナはドアに銃口を向けて警戒体勢になって待ち構える。エレベーターのドアが開くと四名の特殊部隊員が現れた。特殊部隊員の隊長らしき男が行動を起こす前にラガクは警告する。
「止まれ。何者だ?」
「待て、話を聞け。我々はスウシン製薬に派遣されたセキュリティで、私は隊長のオーガスト。目的はデータと研究サンプルの回収と破棄だ」
「こっちはチェン社長とウォルター博士を探している」
三名のセキュリティ隊員は銃口を向けて攻撃体勢だったが、オーガストが下げろと命令すると武器を下ろして即応体勢になった。ラガクとラガナも武器を下ろして警戒体勢から即応体勢になり、セキュリティの隊長オーガストは話を始める。
「チェン社長は死亡した。ウォルター博士は二階で我々が保護している」
「ウォルター博士に会わせて欲しい」
「なら階段で行ってくれ。仲間に連絡を入れておく」
オーガストはそう言うと無線で連絡を入れて、二階へ上がれる階段の場所を教えるとエレベーターのドアを閉めて下の階へと降りて行った。
エレベーターで地下の研究所に降りた四名のセキュリティ隊員達は研究所につながる通路を警戒しながら進んで行く。
「オーガスト隊長。軍の奴等を行かせてよかったんですか?」
「……構わないさ。ネズミの駆除に役立つだろうし、感染者の掃除にも役立つからな。もしこちらに刃向かったら排除すれば良い」
「……」
セキュリティ隊員達は厳重に閉じられた自動扉を発見するとカードキーを使い、扉のロックを解除する。
「ロック解除」
「何が出てくるか分からないからな、警戒しろ」
自動扉が開いて行くと隙間から白い煙が出てくるが、害は無さそうだ。
「……クリア!」
セキュリティ隊員が突入して周囲の安全を確保するとオーガストは机に置かれた書類等は眼もくれずに、サンプルが入っている保管箱に近づく。
「これだな……」
三個あるうちの一つの保管箱の蓋を空けると中には大型容器が六本入っていいて、中には橙色や青色等の色が着いた液体が入れられている。
「間違いない。サンプルだ」
ラガクとラガナは階段を上がりながら互いに疑問を話していた。
「ラガク、やっぱり怪しいと思わない?」
「ああ、罠かも知れないな」
「なら、どうして?」
「わざわざこっちから行かなくてもセキュリティの連中が取りに行ってくれるらしいからな。手間が省けるだろ?」
「余計な手間が掛かることもあるでしょ?」
「その時は予定通り、奪取するか、奪還すればいい」
階段を上がりきると廊下に出て灯りが漏れている部屋に立ち入る。
「軍の奴等ってのはお前らだな?」
「ああ、そうだ」
「入れ。ウォルター博士は奥にいる」
ラガクは部屋に立ち入るとラガナも後に続く。セキュリティ隊員は出入り口を塞ぐ様に移動する。
「君たちも彼らの仲間か?」
「政府軍だ。サンプルを受け取りきた」
「政府軍だと? 彼らは政府軍が雇ったんじゃないのか……!?」
「ちっ……ウォルター博士、お喋りが過ぎたなっ!」
二人のセキュリティ隊員は手榴弾の安全ピンを引き抜いて捨てると出入り口から一目散に逃げ出した。
「グレネード! 窓から脱出しろ……ッ!」
ラガクは叫ぶと同時にウォルター博士を引き連れて窓から見えるロープに掴まって部屋から脱出する。
グレネードが炸裂して部屋の窓から爆炎が吹き出して火の粉が下にいる感染者に降り注いだ。
トロリーの前に現れたのは二人の兵士――、一人は女で優れた医療知識と技術があるようだ。何故なら重症である俺の体を問題なく動けるまでに治癒するほどの腕である。
「……」
「……目が覚めたようね。待って動かないで」
起き上がろうとしたトロリーを制止させると女は自己紹介を始めた。
「私はシャルル。雇われよ。貴方は?」
「……トロリー。同じく雇われだ」
「……奇遇ね。軍の雇われ?」
「……そうだ」
「嘘が下手ね。本当は?」
シャルルはトロリーの嘘を見抜くと、何かを取り出して見せる。
「……」
二つの軍からの許可証で片方は俺が持っていた物で、もう一つには見覚えはない。
「裏を見るとわかるのよ、ほら……軍のサインがないでしょ」
「……今はフリーで雇われだ」
「なるほど。目的は?」
「ウォルター博士の捕縛を依頼されている」
「なら、私達と協力しない?」
「断りたいが助けてくれた借りがある。協力するよ」
彼らが何者かは分からないが少なくとも敵では無いようだったし、何よりこの状況では仲間が必要と感じたからだ。
「そろそろ移動しよう」
「オーケー、チャーリー」
「自己紹介して無かったな。チャーリーだ、よろしく」
「ああ、よろしく」
チャーリーと名乗った男と軽く握手をしてトロリーは立ち上がって腰から拳銃を取り出して残弾を確認する。
「トロリー。拳銃だけでここまで来たの?」
「いや、持ってきた武器はそこら辺に転がってるよ」
三人はスウシン製薬内の探索を始めた。
何とか爆発を逃れたラガクとウォルター博士だが、新たな危機に直面していた。
「クソが……派手にやりあがって……」
「ラガク! 無事!?」
「かなり危うい状況だ! 正直……もうもたん……」
窓からラガナが姿を見せると手を差しのべて声を掛ける。
「ウォルター博士。早く登ってください!」
ウォルター博士がラガナの手に掴まり引き上げられていくが、ラガクは両手が限界にきていた。全身に装甲を身に纏ってさらに回転式機関銃と背負ったバックパックの弾倉ではもう自力で上がることはおろか、掴まっているのでも精一杯である。
(……もう……限界だ……)
「ラガク……ッ!!」
ラガナは手を掴もうとするが、ラガクは感染者のいる路地へと転落してしまった。無線機で交信するが返事はなく、路地に横たわるラガクの姿と感染者が見える。
「……クソッ!」
ラガナは狙撃銃を構えてラガクに寄ってくる感染者の頭を撃ち抜いて阻止する。
(駄目……数が多すぎる……)
窓からロープを掴み下に降りようとしたとき、無線機からラガクの声が聴こえた。
「ラガナ。目的を……遂行しろ……」
「……でもッ!」
「……始末は自分でつける……行け」
「クッ……了解!」
ラガナは部屋に戻りウォルター博士を連れ出して部屋を出ると、銃声が聴こえてくる。
オーガストに連絡を入れながらセキュリティ隊員は階段を降りきってエレベーターに向かう。
「部屋は爆破しました」
「軍人とウォルター博士は?」
「排除完了です」
「良し、こちらもサンプルは確保した。今から合流する」
交信を終了して、もう一人のセキュリティ隊員に声をかけようとするが――。
「やっ……うぐぁッ!」
「どうした? うわッぁぁ!」
振り返るとセキュリティ隊員の身体が宙に浮いていた。さらに上を見上げれば、得体の知れない生物が天井に張り付いて隊員の首に触手を巻き付けて持ち上げている。
「化け物めッ!!」
特殊隊員は突撃銃を構えて射撃するが、隊員を盾にして防いでしまう。
「クソッ!」
隊員を撃ち殺してしまうが動揺することなく、攻撃を続けるながら他の部屋へと逃げ込む。
「なんて……化け物なんだ……」
部屋のドアを閉めて開かない用にドアを押さえるが、こじ開けようと凄い力で叩いて開けようとしてくる。
「ああ……やめろッ! 止めてくれっ!!」
トロリー達は一階に転がる遺体の前に立ち、情報交換をおこなっていた。
「俺を襲った奴等の一人だ」
「さっきの遺体と同じ装備だなぁ……。何者だ?」
「知るわけないだろ。いきなり襲われたからな」
チャーリーは遺体を調べながらおどけて言う。
「で、反撃して返り討ちになりましたってことか?」
「そうだ。言っておくが俺は悪くないぞ……」
「誰も何も言ってないだろ」
「……少なくとも私達が探してる人達ではないってことね」
「探してる人達? 何のことだ?」
「まあ、正確には軍の人達よ」
「どうして探してる?」
シャルルとチャーリーは顔を見合わせるとチャーリーは首を横に振った。
「話せないわ。いずれ軍の人達に会えば話せるかも……ね」
トロリーは少し納得できないが、話せないなら仕方ないと思わなくもない。
「そう……いずれは話す。協力はするが、互いに今は話せることだけを話そう」
「……分かった。軍の人達ってのはどんな奴等だ?」
「うーん……説明しづらいけど頑丈そうな防弾服……鎧だったかな? 見ればすぐ分かるって言ってたわ」
「軍の連中、情報漏洩になるから無理とか言って写真もよこさないんだぜ……?」
トロリーは自信の致命的な過ち気づき冷や汗をかいて黙り込む。チャーリーとシャルルは心配そうに声を掛けた。
「軍の人達に会ったよ……」
「本当? 何処で?」
「ここで……戦った……」
「え? ええと、聞き間違いよね……?」
チャーリーは首を振って聞き間違えではないと伝えてくる。シャルルは落ち着こうとするが、冷静さを少しかいてトロリーの襟首を掴んで揺すって強引に聞く。
「トロリーっ! 軍の人達は殺ってないでしょうね!?」
「あがっ! 落ち着いてっ! 爆発したからッ!!」
「爆発っ!? 明らかに死んでるじゃないのよッ!!」
チャーリーがシャルルを押さえるながらトロリーに話を続ける様に促す。
「チャーリーっ! トロリーは軍の人達を殺ったのよッ!! 契約がッ! ムガガぅぅッ……!!」
「……何が爆発してどうなった?」
「プラスチック爆弾を爆発させて自分も巻き込まれたからどうなったかは分からない。だが、生きてると思う」
「根拠は……?」
「……戦ったから分かる。アイツらは手練れだったし、何より堅い。全然こっちの攻撃が効いて無かったし……」
「……不十分な根拠だが、信じるしか無さそうだ」
シャルルの豹変ぶりに驚きながらトロリーは知っていることを話したが、しばらくチャーリーに口を塞がれていた。
エレベーターのドアが開くと、セキュリティ隊員達が素早く飛び出して周辺の安全を確保する。
「オーガスト隊長、二人がいませんが?」
「……忘れろ。これ以上の長居はできない。目的の物も入手できている」
「ですが……」
「探してる時間はない。行くぞ」
セキュリティ隊員達が立ち去ろうとした時、オーガストを呼び止める声が聴こえた。
「止まれ。サンプルを渡しなさい」
「……」
隊員達が立ち止まって、オーガストは振り向いて声の主を見据える。一人の装甲を纏った兵士が武器をこちらに向けて立っていた。
「……しくじったか。なぜ撃たない? ソルジャー?」
「目的はサンプル回収だからよ……」
「ならば我々と同じだな。どうだ、取引しないか?」
「……」
「脱出ポイントまでの退路を切り開いてくれれば、サンプルの一つを渡そう。それともパートナーの仇を取るか?」
「黙れッ! オーガスト! サンプルを渡せ!」
「……交渉決裂か。まあ、無理もないな……殺れ」
四人のセキュリティ隊員達は突撃銃を向けると発砲する。
激しい銃声がトロリー達の耳に届くとチャーリーがシャルルごと伏せて、トロリーもしゃがみこんだ。
「どこからだ?」
「向こうからだ。俺を襲った奴等かも知れない」
「どうする気? 相手が生身の人ならこっちは撃てないわよ」
チャーリーとシャルルがトロリーの顔を見て、トロリーはしばらく考えてから良案を導きだす。
「相手が撃ってきたら……どうするんだ?」
「相手によるわ。国家機関なら話合いよ」
「アイツ等は多分、違うと思う」
「また、勘か? さっきとは問題が違う。協力できないな……契約の問題だ」
「なら、軍の連中が襲われていたら?」
「そりゃ、助けるわよ……」
「やるな、トロリー。軍人が襲われている可能性は否定できないな」
「そうね。確認してから判断しましょう」
「よし、行こう」
チャーリーとシャルルは納得すると武器を構えて戦闘体勢になった。トロリーも拳銃のレーザーサイトを付けて準備を整えて銃声が聴こえる方へと向かう。
ラガナは建物の遮蔽物に身を隠してセキュリティの攻撃を凌いで散発的に反撃を行っていた。
(クソッ! 数が多い……)
「どうした? 怖くて出られないか!?」
「ハハッ! 軍もたいしたことないな!」
挑発してくるがラガナは冷静に一人のセキュリティ隊員に狙いを定めると、兼用発射器で攻撃を加える。
「ぎゃッ!!」
近くで榴弾が炸裂して一人の隊員が吹き飛ばされると、残りの三人が散開して遮蔽に身を隠す。
「これでも食らいやがれっ!」
一人の隊員がラガナの隠れる遮蔽物に手榴弾を投げ込む。
(……ッ!)
「今だ! 撃ち殺せッ!!」
遮蔽物から逃げ出すラガナを隊員達が集中して攻撃するが、顔面を隠しながら反撃を行う。
「見た目通りで堅いなッ!」
さらに手榴弾を投げ込んで執拗な攻撃にさらされる。ラガナは別の遮蔽物に身を隠して何とか切り抜けるが、これでは同じことで釘付けには変わらなかった。
「クソッ!」
手榴弾が近くで炸裂して装甲の至る所に破片が当たるが、傷や塗装が剥がれるだけでそれほどではない。勿論――身体には多少なりの衝撃や痛みがあるし、何より精神的な恐怖は生身の人と変わることは無かった。
「早く出てこいよ。今なら楽に殺してやるぜ?」
(調子に乗って……覚悟しなさい……)
もう一度攻撃を加えようと兼用発射器使って遮蔽物から覗かせると集中射撃で防がれる。
「何度も同じ手が通用するかよっ! くたばれ!」
また、手榴弾が投げ込まれて遮蔽物から退避せざる得なくなってしまう。
「お前達こそ……いつまで釘付けにできると思うなッ!!」
ラガナは怯むことなく、前へと走り出して兼用発射器を隊員が隠れる遮蔽物の横に撃ち込む。
「あがッ! クソッ!」
遮蔽物に隠れる隊員は榴弾に脚をやられて倒れ込んだ。その間にもラガナは集中射撃を食らうが、臆することなく再装填を行う。
「オーガスト隊長! これ以上は無理です!!」
「スモークを炊け! 退却するぞ!」
ラガナに向かって筒型の手榴弾が投げ込まれて煙幕が張られて視界を奪われが、構うことなく退却するセキュリティ隊員達
を追いかける。
「待て! 殺さないでくれ!」
脚をやられて逃げ遅れた隊員が命乞いをするが、再装填された兼用発射器の散弾を撃ち込んだ。
トロリー達が銃声のした場所へと向かうと装甲を身に纏った兵士が外に出る所だった。
「ちょっと、待って!」
「ストップ! ソルジャー!」
シャルルとチャーリーが呼び止めて兵士は振り返って武器を向ける。
「……」
非友好的な姿勢でしかも装甲と異形のフェイスマスクで威圧的だ。
「……動くな。何者?」
「まあまあ、武器を下ろして……。俺は派遣会社のチャーリー。こっちはシャルルとトロリーだ」
兵士はフェイスマスク越しにトロリーを見ている。反射的にトロリーは眼を反らしてしまう。
「私はラガナ。……チャーリーとシャルルね……トロ」
「チャーリー! 何か渡す物があったんじゃないか!?」
話を急に振られてチャーリーは取り合えず渡す物を兵士に差し出した。
「これを渡す為に軍のお偉い方に雇われた」
「そう……」
ラガナはブリーフケースを受け取って近くにある机に置いて中を確認していると、誰かが走ってくる。
「化け物だ! 化け物がいる!!」
「落ち着いてウォルター博士」
「化け物だと……? 予想通りの展開だ」
「予想通りってな……トロリー……」
「化け物なんて……まあ、ゾンビもいるし、いてもおかしくないわ」
口々に感想を述べているがあまり動揺を見せない四人だ。それに対してウォルター博士は少しばかり困惑したが、心強いとも感じる。
「化け物よりも奪還が優先事項……それにコード・レッドが発令される」
「どういう事だ? コード・レッドってのは?」
「コード・レッド……無差別攻撃命令よ。町にいる感染者や生存者も関係無く爆撃で攻撃して殲滅する」
「予想通りの展開で驚きだ……」
「どんな予想だ……トロリー……」
トロリーとチャーリーのボケとツッコミは無視してラガナにシャルルは尋ねた。
「コード・レッドまでのタイムリミットは?」
「32分……それまでにサンプルを奪還する」
「……本気?」
「それが私の任務よ」
何とかスウシン製薬から脱出したセキュリティ隊員達は感染者と交戦しながらランディングポイント(着陸地点)へと向かっている。
「クソッ! 脚が痛ぇ……ッ!」
「いいから早く来い!」
最後尾の隊員が突撃銃を乱射しながら追従してくる感染者を撃退するが、徐々にオーガスト達からはぐれ始めていた。
「あいつは足手まといになるだけだ。見棄てて行く」
「……了解」
隊員はオーガストの考え方に憎悪しながらも従う。元々このセキュリティ自体に“仲間を助ける”ことは無く、“役に立つから助ける”で役に立たなければ見棄てられることになる。自身も役に立つから見棄てられないだけで、負傷して役に立たないと判断されればたちまちオーガストに見棄てられてしまうだろう。
「ジェリコ。ランディングポイントの確保は?」
「確保完了してます」
オーガストは薄笑いをしながら無線機の周波数を切り換えてヘリのパイロットに連絡を入れた。
「レイブン。侵入は出来ているか?」
「こちらレイブン。予定空域への侵入は成功している」
「ランディングポイントは確保だ。予定通りのポイントで回収してくれ」
「スポンサーマネージャーから“サンプルの奪取は成功したか”と……」
「報酬を上げれば成功率は上がると、伝えておけ。交信終了」
ラガナはチャーリーとしばらく話してトロリー達に作戦内容を伝えた。
「私とチャーリーでサンプルを奪還するから、シャルル達でウォルター博士を護衛してここにランディングポイントを確保して」
「つまりは感染者の相手ってことだな?」
「そう。何か不満……トロリー?」
「いや、無い……」
「争ったことなら気にしてない。だからお互いに水に流して忘れましょ?」
「……何のことかサッパリ忘れたな」
「オーケー。なら、ランディングポイントの確保は任せる」
薄明かりが灯る空に黒塗りのヘリが一人の男がいる建物の上にホバリングしている。
「こちらレイブン。周囲に感染者がいるが……?」
「心配ない。出入り口は塞いである。それより着陸したらどうだ?」
「サンプルが到着するまでは危険だ」
「臆病者め……」
「……なんとでも言え。俺はゾンビになるのは嫌だぜ」
「その時は天国に送ってやるよ」
ジェリコは無線機での交信を止めると二脚で設置してある狙撃銃のスコープを覗いた。
「また、お客さんを沢山連れて来たな……」
感染者を引き連れてセキュリティ隊員達が走って確保している建物に近づいてくる。無線機から雑音混じりにオーガストから交信が入った。
「ジェリコ! 出入り口は何処だ!?」
「裏の荷物搬入口から立ち入ってエレベーターで上に上がれます」
オーガスト達が裏手に回ると荷物搬入口が在って一つのシャッターが開いている。
「餌が必要だな……」
突撃銃を向けた先には脚を負傷したセキュリティ隊員だ。その隊員の胴体に何発かの銃弾が撃ち込まれて地面に倒れるが死んではいない。これでしばらく感染者を引き付けている間に安全に建物に入ることができる訳だ。
「尊い犠牲だ。行くぞ」
「……」
最後に生き残る隊員は黙ってオーガストの後に続く。後ろからは助けを呼ぶ叫び声が聴こえてくる。
トロリーは倒された特殊隊員から突撃銃と弾倉を拝借して戦闘準備を整えた。
「準備はできた。行こう」
「わかったわ。先導して」
ランディングポイントを確保するべく、感染者がウヨウヨいる大通りを避けて裏道を進む。
「……どうしたの? 立ち止まって?」
「なんと言うか……俺って今日はツイてるよな~……と」
「何が言いたいの?」
「ランディングポイントにどう行けばいいか分からん……」
「……バカなの? 天然なの!?」
「天然言うな! 方向音痴なだけだ」
「どっちも一緒よ! バカ!」
シャルルが身に付けている無線機からチャーリーのなだめる声がする。
『おいおい、痴話喧嘩なんかしてないでランディングポイントを確保してくれよ? こっちが成功しても脱出ができなけりゃ……お仕舞いだからな』
「判ってるわよ。そっちこそ殺られないでよ」
『りょーかい、リョーカイ』
トロリーは感染者を発見すると頭を的確に撃ち抜く。シャルルも負けじと感染者を倒して行くが、拳銃と突撃銃では感染者に与えるダメージが違う。
「よし、進めるぞ」
「そのまま前進して」
周囲を警戒しながら二人は狭い路地を走り抜けてランディングポイントに向かう。
その頃、ラガナとチャーリーは黒塗りのヘリが旋回する建物を発見していた。
「時間がない。私が突破するから援護して」
「了解」
乗用車の物影から素早く飛び出し、建物の出入り口に直進するが銃声が響く。
(ッ……スナイパー!)
近くの遮蔽物に隠れて発射器に榴弾を装填すると、スナイパーが潜みそうな場所に叩き込む。
「感染者だ!」
「ッ……!」
寄ってくる感染者を榴弾で吹き飛ばして前進を続けるが、セキュリティ隊員が狙撃をしてきて来て厄介だ。
「スナイパーを確認!」
チャーリーは狙撃手がいる建物の屋上に突撃銃で三点射撃で牽制する。
「チャーリー、そのまま釘付けにしておいてッ!」
「了解!」
ラガナは走り出して前にいる感染者を肩当て(ストック)で殴り倒して道を切り開いて行く。そして正面入り口を榴弾で粉砕して突入路を確保した。
建物の屋上では黒塗りのヘリが着陸体勢に入ろうとしていた。
「チッ! アイツ、正面入り口を壊しやがった!!」
「ジェリコ。後始末はお前がつけろ」
「なんだと、オーガスト!? お前だけが逃げるつもりだろう?」
「…………」
黒塗りのヘリが着陸するなかでオーガストとジェリコは一触即発の状況に陥っている。もう一人の隊員はサンプルが入った三個のケースを抱えながら二人の状況を伺った。
「後始末をつけろだと? この状況で本気で言っているのか!? あとは、脱出すれば契約終了になるんだぞ!?」
「フッ、ハハハッ! 脱出すれば終了か……」
「オーガスト……何がおかしい!?」
「契約終了はお前だけだろう……」
オーガストは突撃銃をジェリコに向けると躊躇う無く発砲する。ジェリコは予想していたらしく素早く物影に滑り込む。
「クソが!!」
ジェリコは拳銃を抜いて反撃するが、オーガストも物影に滑り込んで攻撃してくる。
「オーガスト隊長! どうすれば!?」
「ジェリコを殺せ!!」
言われるがままに隊員はジェリコの隠れる遮蔽物に突撃銃で攻撃を加えた。オーガストの無線機からはヘリのパイロットから尋ねる声がする。
「おいおい、一体どうした?」
「ジェリコは俺たちを政府に売る気だ!」
「本当かよ!? そりゃ殺さないと、ヤバいぜ」
トロリーとシャルルはランディングポイントに指定された駐車場を何とか確保していた。
「本当にここなのか……?」
「ええ、間違いないわ」
「これじゃあ……長くはもたないぞ」
トロリーが長くはもたないと言ったのは、経験からこんな場所では感染者の侵入出来そうな道があり過ぎるし、空けた場所では感染者は群れてやって来ることができる。
「まあ、見通しは良くて狙い易くはあるわね」
「狙い易くても弾が切れたらナイフしか……?」
「……!?」
足下から振動が伝わってくると自分達が通って来た道から何かが近づいてくるのが分かった。
「ウォルター博士!?」
「いつの間にかはぐれてた見たいだなぁ……」
走って逃げて来るウォルター博士の後ろには得たいの知れない大きな怪物が迫って来ている。
「助けてくれェ……アアッ!?」
ウォルター博士は触手に捕まって締め殺されてしまう。トロリーとシャルルは武器を構えて警戒する。
「何よ、あれ!?」
「知るわけないだろ!!」
トロリーはウォルター博士が死亡したことに自業自得だと思いながら、この得たいの知れない怪物に対処する方法を考えていた。
「シャルル何か、いい考えは……?」
「何で私に聞くのよ!? 戦闘は仕事じゃ無いわ!」
その間にも得たいの知れない怪物は駐車場にある車を触手で掴んでこちらに投げつけてくる。
「……ッ!!」
「……逃げろッ!!」
ラガナは階段を上がりきると屋上に繋がる出入口で外の状況を確認すると、黒塗りのヘリが着陸していた。
(……仲間割れしてる?)
好機と見たラガナはドアを開けて突入すると、近くにいたセキュリティ隊員を発射器の散弾で仕留めるとヘリに乗り込むオーガストに狙いをつける。
「ちッ! サンプルが! まあいい、早く離陸しろ!!」
「……ッ!」
オーガストは突撃銃でラガナに狙いをつけて攻撃を加えてくるが、ラガナも発射器の散弾で応戦する。
ヘリの追撃を諦めると仕留めたセキュリティ隊員からサンプルの入ったアルミケースを奪い取って中身を確認し、非常階段に向かって走り出す。
トロリーとシャルルは散開すると投げられた車が地面に直撃して廃車同然になる。
「シャルル!」
「大丈夫よ! 早くあいつをなんとかしてっ!!」
トロリーは突撃銃で攻撃を加えるが、あまり効いてないようだ。
「うーん……ロケランが必要だ……」
「そんな物は無いわよ!」
セキュリティ隊員から拝借したポーチから手榴弾を取り出して安全装置に指をかける。
「これでも食らえっ!!」
投げられた手榴弾は爆発して怪物を怯ませるが、なおも怪物は触手を鞭のように使って反撃してきた。
「クソっ!」
トロリーは攻撃を避けきると触手に銃弾を叩き込んで触手を吹き飛ばすと、そのまま車の影に滑り込む。
「どこか……弱点は無いのか?」
得たいの知れない怪物を観察していくが、弱点らしきものは見当たらない。怪物は蛇やトカゲのような本体にいくつかの触手をもつが、器官――つまり目や耳らしきものもないようだ。皮膚は鱗らしきもので覆われており、突撃銃の攻撃もそれなりに耐えられるらしい。
「苦戦しているようだな」
「!?」
電動ノコギリのような機械音が聴こえると怪物の何本かの触手が切断されて肉片が飛んできた。見覚えがある回転式機関銃の兵士が路地から現れる。
「お前は……誰だ?」
「……面白くない冗談だな。それとも本当に忘れてるのか?」
「名前は教えてもらってないから知るわけない。知ってるのはガトリングとその格好だけ」
「……自己紹介してなかったな、ラガクだ」
「トロリーだ。それで……いや、もしかして助けてくれるのか?」
「助けてほしいのか……?」
「頼みたくないが……助けてくれるといいな、と」
「……助けはいらないんだな」
「そうは言ってない……」
二人とも強情であるが多少は仕方がないだろう。何せ少し前まで敵対していたのだから。だが、車の影に隠れているシャルルにはどうでもいいことだ。
「トロリー!! 何でもいいから助けてもらいなさいよっ!!」
「こんな奴とは無理だっ!」
「無理なら、早くあの怪物を片付けてよっ!」
トロリーの隣にはラガクが重そうな回転式機関銃を携えてこちらを見ている。
「フッ、強情な野郎だな。どのみち脱出ポイントがここだからな」
「……お互い様だろ」
駐車場に新たな車が入って来て出てきたのはラガナとチャーリーだ。
「まだ、ヘリは来てないのか……」
「……ラガク、やっぱり無事だったのね」
「もう少し心配してくれてもいいじゃないのか?」
「えーと、取り込み中……悪いんんですけど……あれ、何とかしないと……」
シャルルが困り顔で指を指す先には怪物と感染者が押し寄せて来ている。
「ラガク、ランディングポイントの確保が目的よ」
「了解だ。まずは感染者を足止めする」
ラガクは回転式機関銃を使い群がって来る感染者を圧倒的な弾幕で撃退していく。駐車場の周囲には無数の感染者が悲鳴のような叫びと怪物の唸り声が響く、優勢に見えた戦闘だったがすぐに状況が変化した。
「もう弾がないぞ!」
トロリーは拳銃を取り出して応戦するものの感染者の数は減ることはなく、向かって来る。シャルルの拳銃も弾切れになったが、チャーリーが予備の拳銃を貸してなんとか自信の身を守った。弾切れの突撃銃でチャーリーは感染者と肉弾戦を繰り広げている。
「はあ、はあ、かなりヤバいぞッ!」
「もう、弾が無いわっ!」
「おい、救助ヘリが来たぞ! もう少しだ」
突撃銃を撃ちながらチャーリーが叫ぶ。たが、ここにきて回転式機関銃の弾薬が底をつきた。
「……クソ、弾切れか……」
「弾切れか?」
「ガトリングはな。トロリー、こいつを使え」
ラガクは散弾銃をトロリーに手渡すと拳銃を取り出して近くにやってきて感染者に攻撃を加える。ヘリが着陸するとラガナが手早くサイドドアを開けて全員に乗るように促した。
「ラガク、トロリー!」
ラガナに二人は呼ばれて走りだそうとしたとき、後ろに下がっていた怪物が触手を使って二人の脚を絡めて転倒させる。
「うわッ!」
「ッ!」
引きずり込まれる先には大量の感染者が待ち構えていてあの中に入れば命はない。ラガクの装甲服と回転式機関銃は重量があって転倒こそしたものの、すぐに体勢を上向きに直って鉈のような刀剣で触手を切断して脱出した。
「ヤバいっ! クソ、離せ!!」
派手に引きずり込まれながらも何とか散弾銃で触手を切断して脱出して寄ってくる感染者を避けて救助ヘリまで疾走する。
「トロリー! 急いで!!」
ラガナが短機関銃で近くの感染者を倒して援護していたが、既に救助ヘリは飛び始めていた。
「待ってくれッ!」
「掴まれッ!」
チャーリーの差し出された手を掴んで何とか救助ヘリに乗ることができてトロリーは安堵する。
「危うく置いてかれるところだったな」
「チャーリー。これは“わざと”だと思うんだ……」
「だってな……」
ラガクとラガナを少し見てトロリーは目を反らした。ラガクとラガナも気付いたようだが、気にせずに話しを続ける。
「あいつ等は俺に恨みがあるからなぁ……」
「お前が悪いんだから仕方な!?」
窓の外が急に明るくなり激しい爆音が聴こえてきた。外を見ると幾つかの火柱があがっており、炎の波が建物の間を通ってみるみると広がっていく。
「ナパームの爆撃だ。これで感染者も怪物も焼き払ってくれるだろう」
「生き残った生存者は何人いたの?」
「詳しくは分かりませんが……ヘリで救出できたのは50名ほどかと」
「そうか……」
「ラガク、どうしたの?」
「いや、民間人のあいつ等は無事に脱出できたのかと思ってな……」
「……心配?」
「忘れろ。例のサンプルは回収できたか?」
「一応、ね」
作戦に参加した一部の部隊員は名誉の戦死を遂げられたと遺族には報告されて、残った隊員達もそれぞれの部隊に編入が行われると作戦に投入された部隊は全て解体され、この町で起こったことは政府によって厳重に箝口令が行われて嘘や憶測が世間では騒がれたが、真相は謎に包まれたまま幕は閉じたのだった。