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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

令嬢地の文になりて譚を紡ぐ

作者: イャモリ

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 朝。七時を告げるアラームの音。


 いつものように、仕事を終えたという達成感と共に目を覚まします。


 今日紡いだ物語は、ハラハラドキドキのファンタジーでした。


 疲労感はありません。夢を見ていたとき―――厳密には夢を覚えていた時―――の感覚と似ています。


 そんな毎日を送る日々。


 私、宇奈月(うなづき)あえかは―――物書きのお仕事をしています。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 お仕事がしたい。


 そう思ったのは、いつのことだったでしょう。


 多分、ごくごく最近芽生えた感情であったと思います。


 東京の郊外に大きなお屋敷を持つ資産家である父のもとに生まれ、一生を父の手駒として生きることとなるであろうことに懐疑心を持ち始めたのも丁度この頃で、反駁はんばくの意を込めて、せめて自分の力でお金を稼いでみたいと思ったのです。


 しかし、よく言えば深窓の令嬢、有り体に言えば世間知らずな箱入り娘の私に、そんなことはできようはずもありませんでした。


 ……ええ、本来なら。


 運が良かったのか、それとも悪かったのか。


 判別し難いのですが、確かに私は、「働く」という目的を果たすことができたのです。


 あの時行動しなければ今度こそ金輪際、私は働くということがどういうことなのかを知らずに生きていくこととなっていたでしょう。


 或いは、その方がよかったのかもしれません。


 しかし後悔をしているのかと訊かれれば、それもどちらとも答えられないでしょう。


 ともかく、私は数日前より、呪縛とも言える、不思議で奇怪なお仕事に従事することとなったのです―――


 ▽ ▽ ▽


 その日は、雨の日でした。


 お父様の機嫌がすこぶる悪く、帰宅してすぐの私にその怒りの矛先が向いて、「濡れた服で家の中に入るな」に始まり、理不尽な叱責をいくつも受けました。度々たびたび、お父様はこうして自身のストレスを怒気として発散されます。私はしかし反発することもできず、お父様にそれ以上刺激を与えないよう黙って自室にこもることしか出来ませんでした。


 真っ暗な部屋でベッドに体を投げ出し、天上を仰ぎました。私は、お父様に養ってもらっている身。子供である以上、それは仕方の無いことです。ですが、私にはそれが、足枷のように感じられました。


 私は昔、ある失態を犯してしまっていました。



 もう随分昔のことになります。


 お屋敷の廊下に飾ってあった、お父様が大事にしていた陶器。当時まだ小学校に上がってもいない年頃だった私はその陶器をもっと近くで見たいと思い、お付きの使用人が一瞬目を離した隙に、それが乗った台座によじ上ろうとしたのです。結果、台座が倒れ、陶器を割ってしまいました。


 その夜、ご帰宅されたお父様は大変お怒りになり、使用人の監督不行き届きだと言って、使用人をその場で解雇なされました。そのときの私には、それがどういうことなのか、よく分かりませんでした。


 それから数年が経ち、ものの分別がようやくつき始め、冷血なお父様への不満が募り始めた頃。偶然、廊下の隅で話す使用人たちの会話を聞いてしまったのです。


「気をつけた方が良いわよ、ここのお屋敷にある陶芸品、どれも私たちのお給料の10年分はくだらないものばかりだそうだから」


「昔それをお嬢様がお割りになって、その責任を負わされた使用人は即解雇だったって……」


 私は愕然とし、同時に理解しました。私が割ったあの陶器は、ここで働く使用人たちが10年で頂くお給金でも賄えないほど高価なものだった。それを割ってなお私がここで生活できているのは、あの使用人のおかげであり、お父様の財力のおかげでもあるのだ。私は、お父様に逆らえるような立場に無いのだ、と。


 このときから、私は常にお父様の求めるような人間であり続けようと努力を重ねてきました。それが、わたしに課せられた唯一の責務であり、贖罪しょくざいなのだと自分に言い聞かせて―――



 あの日から、目に映るものすべてが、私にとって私がお父様によって生かされていることの証明となってしまいました。


 光を失ってなお天上にきらめくシャンデリアさえ、私の責務と罪を思い起こさせるものでしかありません。


 私は一生、こうしてお父様の機嫌を窺い、言いなりになって生きていくのだろうと思うと、自然と涙が頬を伝います。


 そうして、しばらく声も出さず泣いているうち、ある感情が心の内から湧き出てきました。


 お仕事がしたい。


 お仕事をすれば、お金がもらえる。自分で働いた対価としてお金がもらえれば、お父様に背を向けることもできるのではないか、お父様や過去罪と決別できるのではないか……と。


 思い立てば、行動に移すまでにさほど時間は要しませんでした。


 普段、街に出ることも許されない私は、スマートフォンでお仕事の情報が数多掲載されるサイトにアクセスして、「夜間・お家で出来る・初心者歓迎・専門知識不要・未成年可」といった条件に絞って検索いたしました。


 平日休日問わず学習と習い事に追われる日々、唯一自由が許される夜8時以降であっても、その自由はお屋敷の中だけのことでありましたので、この条件以外は難しいと考えたのです。


 正直、あまり期待はしていませんでした。いくら世間知らずの私といえども、流石に察しがつきます。こんな条件に合致するお仕事など、どうせありはしないと。



 ……結論から言えば、ありました。該当一件。


 私は驚きました。どうやら、私が思っていた以上に世界は人材を欲しているようです。


 思いながら、唯一表示されているお仕事の詳細を開きました。そこに記載されたお仕事の内容というのは、以下のようなものでした。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「風景や情景、人物の挙動などを文章に起こして物語を紡ごう!」



 職種:物書き


 給与:時給3000円〜 +歩合


 最寄り駅:なし


 勤務地:ご自宅


 雇用形態:業務委託・契約社員


 時間帯:睡眠されている間


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 本来なら、他にも疑問を感じるべき点は多々あったでしょう。ですがこの時私が思ったことは、「睡眠されている間」というのは一体どういうことなのだろう、ということだけでした。そしてそれすら、きっと私の及びもつかない方法が存在するのだろう、と深く考えることも無く自己完結してしまったのです。


 今にして思えば、この時しばらくでも思考を巡らせるべきだったのです。どう考えても、人が寝ている間に仕事をこなすなど不可能ではありませんか。


 しかし、このときの私を支配していたのは純粋な喜びでした。


 私にもできる仕事がある。


 ただこのことだけが、私の思考を一色に染め上げていたのです。



 私は疑うことも迷うことも無く、「今すぐ応募!」をクリック。


 案内の通り、必須項目の「性別・氏名・生年月日・電話番号・メールアドレス・現在の職業」、その下にあった任意の項目から「住所・連絡可能な日時」を入力。


 現在の職業には学生、連絡可能な日時には夜間と入力しました。


 そして、「入力内容を確認する」をクリック。


 自信の入力した内容が合っていることを再度確認し、一瞬の逡巡(しゅんじゅん)の後、ええいままよ! と「同意して応募する」をクリック。


 ……これが、全ての始まりでした。



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