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不愉快な感情に囚われた心は、視野を狭め判断を鈍らせます。
心が縛られ身動きがとれなくなるのです。
ただ、大抵それは時間が解決してくれるようで、
僕も暫くは「囚人」となり苦しみましたが、数日経ってみれば
自分と他の人の動画との違いを研究してみようという、
そう考えることが出来る程度には気分が回復していました。
人気のある曲には何かしらの共通点があるはずだと思い、
まずは他の人の動画を見て回る事にしたのです。
殿堂入りした曲は勿論のこと、それ程までには人気がないけれど、
ある一定のファンを掴んでいる、
いわゆる中堅と言われる製作者の方の曲もチェックを続けました。
どの作品も、取っ付きやすさを全面に押し出したとてもキャッチーなもので、
でもしかし、そこかしこにマニアックで複雑な構造を潜ませて、
何度でも聴ききたくなる、飽きさせない工夫がされていました。
詞も、ややもすると「中二」的な痛々しいものになってしまうというギリギリの、
なるほどニコニコ動画の主要ユーザーである十代の感性を
よく理解したものだと感じました。
その動画を視聴するかどうかを決める、
最初の判断に大きなな影響を与えるサムネイル。
どの動画も曲のイメージを最大限に膨らませる、
ボカロキャラを使ったとてもスタイリッシュなものばかりです。
こういったサムネイルに使用するイラストなどは、
それを投稿者自身で作り上げることが多いのですが、別の方法として
絵や曲、詞などを募るコンテンツ投稿サイトを利用したり、
中には「絵師」さんにお願いして描いて貰っている場合もあるようです。
こういったいわゆる「コラボレーション」は、
作曲・アレンジ・ミックスなど楽曲製作の場合でも行われているようで、
人気のある製作者の合作の場合、ファンの間で大きな話題になり
再生数等の数字はかなりの伸びを見せます。
様々な動画をそれこそ貪る様に視聴し、使える時間の多くを研究に費やしました。
そして、「うける」動画の大まかな傾向は把握出来たように思います。
少し速めのテンポでバンドを意識したようなサウンドして、
構成・展開は、王道と言えるなるべく分かりやすいものに、
詞の構成だいたいつかめたつもりです。
それは、ボカロキャラの、単なるソフトウエアでもなく、もちろん人間でもないという、
その存在の曖昧さをテーマに展開するといった感じでしょう感じでしょう。
動画は、歌詞の内容とリンクした簡単なアニメーションで、
演出は少しだけネガティブでダークに、さらに見ている人に想像の余地を与えるように、
そしてスピード感も大切なようです。
サムネイルにそのボカロキャラを使うのは当然で、
出来れば人気ある絵師さんにお願いしたいところ。
宣伝も忘れてはいけません。ある意味でこれが一番大切かもしれないのです。
参加中のニコニコ内コミュニティへの投稿、
外部のボーカロイドを扱ったサイトでの告知、
そしてSNSの利用は、最も重要なものの一つのです。
それは、製作者どうしの繋がりを作ることがとても大切だからです。
それらの繋がりは宣伝する際のメリットになるばかりでなく、
制作の上でもとても大きな力となるでしょう。
有名な製作者との合作を実現するその可能性が生まれ、
自分のセンスと技術の限界を超えたものを生み出す事も期待できるのです。
ここまで解れば、あとは実践に移すだけです。
もちろん、言うだけならば簡単です。
自分の実力以上のことは出来ません。
でも、自分の中では今までにない高揚感を感じていました。
出来るという確信・・・とまでは言えないものの、
「今度はマシになるだろう」という自信はあったのです。
根拠の弱い自信ですが、でもそれは僕の行動力を高め、
自分でも信じられないほどの集中力を発揮しました。
が、それと同時に少しの戸惑いも覚えました。
上手く説明のつかない、奇妙な「澱」のようなものが
自分の心に溜まっていく事にです。
これだけ時間をかけてリサーチし、それを反映させた動画が、
全くうけなかったらどうしよう・・・。
そういった不安からなのでしょうか?
はっきりとは掴めない嫌な気分でしたが、
とにかくそう思うことで、その「澱」を心の奥底においやり、
余計なことに集中力を奪われないよう努力をしました。
そうして、それから4ヶ月は製作に没頭したでしょうか、
ようやく新しい曲と動画の完成に漕ぎ付けたのです。
人気の作品を見て回り、そこで得たコツを元に作り上げた、
「受ける条件」を満したこの動画。
毎日の、使える限りの時間を曲と動画製作に費やしました。
少しでも不満な点があれば、どれほどに製作が進んでいようともやり直して
その完成度をひたすらに高めていきました。
アニメーションも、やってみれば出来るもので、
あるコンテンツ投稿サイトで見つけた、
イメージぴったりの素晴らしいイラストを元にして、
それをトレースするとともに、
少しずつズラし変化させて動きを加えるという方法をとって、
どうにか形にすることが出来ました。
もちろんイラストの製作者の方の許諾はとりました。
(「絵を使ってやる」という態度は互いに不利益になります)
まぁとにかく、「これならば」と言える、満足できる動画が完成したのです。
後はもう投稿するのみです。
以前とは違った、心地よい緊張を感じていました。