X'daywar ~立ち上がれ童貞共~
この物語の主人公は童貞である。
クリスマス。
それはキリスト教に置けるイエス・キリストの生誕の記念日。
クリスマス。
それは日本でも広く親しまれる冬の祭事。
クリスマス。
それは子供達がプレゼントを楽しみに待つ日のこと。
クリスマス。
それはカップル達が星空ロマンティックな雰囲気を醸し出す『聖なる夜』……。
それでは皆さんご一緒に、
「リア充共爆発しろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!
バカップル共も爆発しろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
自室のベッドに倒れながら天井を見やり、まだ見ぬ敵に向かって力強く叫んだ。
クリスマス。
それは全ての童貞にとっての不倶戴天の敵。街中をバカップル達が蔓延り、甘ったるい有害物質を撒き散らすという恐るべき日。
本日はクリスマスイブ、俺の戦いはこの言葉から始まった。
「虚しい………。」
心にポッカリと穴が開いたような空虚感、しかも質の悪いことにこの穴に入ってくれるものは未だ俺の前に現れない。
12月24日。
セイント・クリスマスイブ。
今年のクリスマス、クリスマスイブは見事に土日なので、カップルの中には今からキャッキャッウフウフしている奴らもいるだろう。自転車二人乗りして警察に捕まればいいのに。
どうせなら二日纏めて学校があれば良かったのだ。
そうすれば、クラス公認カップルの中崎くんカップルに慈愛に満ちた笑顔で言ってやれたのに、
「ざまぁw」、と。
それはさておき、クリスマスイブである本日、部屋の時計は午後二時を指している訳なのだが、
現在俺は、絶賛暇である。
暇、超がつく程暇である。
暇過ぎて朝から、ライトノベル読んで飯食って漫画読んでいたところだ。
なんやかんやで昼も過ぎたところで、万感の思いを込めた呪詛を叫んだものの生憎何処からも爆発音は聞こえて来ない。
非常に残念だ。
「しかし、マジで暇だな…」
そもそも、本日は本来なら俺と同じく独り身の身分である友人と何処かに憂さ晴らしにでも行こうと思っていたのだが、(当然、俺の友人でも彼女のいる奴らはいるのでそいつ等にはとりあえず別の女を装ってメールを送っておいた、彼女に見られれば良いと思う)それぞれの理由で空いている奴はいなかったので、結局こうやって暇を持て余している訳だ。
まあ、一人許し難い奴がいたが…。
以下、そいつに電話した際の回想シーン
『もしもーし、ユースケか?』
『ん?カズか?なんか用か?』
『いや、明日ってイブだろ、お前なら暇かなーって思ってさ。』
『ああ……、悪ぃ。明日はちょっと無理だわ』
『ん、別に構わないけど、なんか用事あんのか?』
『あー、それが実はさ、
俺、バイト先で彼女出来てさ………あはは。』
『………………………。』
『えっと……カズ?』
回想終了
ちなみに俺はその電話の後、そいつの家に突貫して激励の意を込めた四の字固めを決めに行った。
ギブギブ言いながら感謝された。
そんな感じで、時間も暇も持て余している俺だが、
だからといって外を出歩くのも考えものだ。
この時期の外の空気は童貞である俺にとっては有害だ、あんなものを浴びるのは極力避けたい。
童貞(笑)って思った奴、後でちょっと来い。
しかし、この暇さははっきり言ってやばい。
さっきから割と本気で世界滅亡計画立てようとしてる自分がいる。
『離せ俺A!自分がやらねば誰がやるんだ!』
『落ち着け!俺B!気持ちは分かるが耐えろ!』
『五月蝿い!絶えるのはリア充とバカップルだ!』
『字が違う!本当に落ち着け俺B。俺Cも手伝え!』
『……あは、そうか地球が滅べばリア充共も……』
『俺Cーーー!!!』
………やばいな、リア充バカップルはともかくそれ以外まで巻き込みそうだ。
これは一旦、気分転換した方が良さそうだ。
俺Aのためにも。
そんな思いを持ちながら、読んでいた漫画を本棚に戻して、壁に掛けていたコートへ手を伸ばした。
今更過ぎる自己紹介
俺の名は冬代一夜。
一般普通の高校生であり、特技はみかんの皮を綺麗に剥くこと。
趣味は読書。
顔は平凡、体型は痩せすぎず太りすぎず。
彼女いない歴=年齢(ただし一時期、彼女いない歴>年齢だと噂が流れた。謎である。)
という、基本的なスペックの持ち主である。
なにが言いたいかと言うと、俺は一般人であり、普通で並みで平凡でありふれた人間だと言うこと。そして一般人は一般人らしく波風立てぬ生き方をする運命だと言うこと。
そんなことを何故この寒い上にピンク色のオーラが立ち込める街中で一人語りしているのかと言うのは、多少なりとも漫画やライトノベルに手を出した人間なら分かってくれるだろう。
街中で一人歩いてある俺。
理由は特にやることなく暇だったから。
自分のことを普通の人間と言う。
そう、巻き込まれフラグである。
自分は普通だ。
人生は平凡だ。
世界は不変だ。
そのような台詞を吐く=特殊な事態に巻き込まれる
これはもはやお約束である。
やったか?=やってない
と同じぐらい確実だ。
そして、次にその後のことを想像して欲しい。
そういった特殊な事態に巻き込まれる際に現れるのはどんな人物であろうか?
例えばそれは怪物と戦う新進気鋭の魔法少女だったり。
例えばそれは化け物を狩るクールな女ハンターだったり。
例えばそれは不良に絡まれた世間知らずなお嬢様だったり。
つまりこういった、巻き込まれフラグと美少女は切っても切れない関係だと言っても過言ではないのだ。
そう、この冬代一夜にも美少女とお近づきになる機会が訪れるのだ。
………いや、まあ、現実は甘くない。
そんな感じでさっきから、無意味に路地裏を通ったり近道だとか言いながら普段使わない道を使ったりしたんだが、当然のように何一つとして起こらない。
今、歩いている場所もいい感じに薄暗くて良いんじゃないか、とか思ったが入って見れば寒いだけである。
今回発見したものといえば、路地裏でイチャつきながら歩いていたカップルだろうか。
この日の為に用意したリアルな巨大ヒルのフィギュア(15cm)を進行方向に置いてきた。
後から悲鳴が聞こえてきた時には思わず小さくガッツポーズを決めた。
あれは俺も初見で見た時は、飯が食えなくなったからな。
流石は非モテ四天王の一人、造形師の服沢くんだ。いい仕事をする。
……ていうか。
なんだ巻き込まれフラグって。
俺は一体何を期待していたのだろうか?
美少女とかバトルとかSFとか、確かにそういったジャンルはよく読む方だが、だからといってこんな思考に辿り着く程俺の頭はデストロイしてしまっていたのだろうか。
いや、おそらく毒が回ったのだろう。
リア充バカップル共が撒き散らす有害物質にやられたと考えるのが自然だ。やはりこの時期の外出は危険だな。
それでもこうも何も起きないと少しばかり残念だと思う気持ちがないわけではないが……所詮、物語と現実は別物だっただけの話だ。
「そうとなったら善は急げだ。このクリスマスを共に乗り越える相棒を見つけるべく、いざ鎌く……いざ本屋へ!」
(……やれやれ、そういう台詞もフラグってやつなのではないのかい?)
「あー。確かに」
あれ?
今の誰?
振り返ってみるが、誰もいない。
無駄に寒いだけの通路が続いているだけである。
「はっ!そうか、もう耳がやられたか。くそっ、こうなれば奴らに童貞の力を見せつけるべく特攻をかけるしかない。この漆黒のGだけは遣いたくなかったが……致し方なし!」
(いや、一人で盛り上がらないでくれないかい?ここだよ。ここ、キミの真上だ。)
「上?」
思わず見上げそうになったところで気づく。
…あれ?フラグ回収した?
マジかマジかマジかマジかマジかマジカルマジかまどかマジかマギカマジか!?
えっ、マジできちゃったの巻き込まれフラグ?
美少女来ちゃうの?
俺異能力バトル参戦しちゃうの?
宇宙へ旅立っちゃうの?
剣と魔法と学園と銃と天使と悪魔とハイテンションラブコメるの?
いやいや、落ち着けこんな時こそ冷静になるんだ。
「あいあむくーるあいあむくーるあいあむくーるあいあむくーるあいあむくーる……。」
よし、いける。
今なら美少女を前にしても臆さず話せる。
フ○ーザ様相手でも啖呵を切れる。
第一印象は大切だ、ここでまだ見ぬ美少女さんに良いイメージを持って貰わなければならない。
今さっきの怪しい言葉の羅列は大人な対応で流してくれると信じよう。
(おーい、大丈夫かい?)
今度は分かる。
この頭の中へと響く声は確かに俺の頭上から聞こえる(気がする)と!
ゆっくりと、目線を上へと向けていく。
心臓の鼓動がうるさい。
知らず知らずの内に握りしめた手の平は汗で湿っている。
その原因は目を上げた先にいるであろう美少女に対する緊張、だけではない。
もしこれがファンタジーな物語なら、俺は一歩間違えたら死ぬような戦いに巻き込まれるのかもしれない。
だけど、
それがどうしたというのだろうか。
こんな千載一遇のチャンスは二度とないだろう。
そんなものをみすみす棒に振ったとなれば非モテ四天王の仲間達から、全ての童貞達から軽蔑されてしまうだろう。
……物にしたらしたらで酷い目に遭わされるだろうが。
やってやろうじゃないか。
冬代一夜の、童貞の底力を見せてやる。
決意を胸に見上げたそこには、
(やあ、はじめまして。私は精霊のスロークだ)
一匹の真っ白な獣がいた。
なんで
「なんでマスコットキャラパターンなんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
天を仰ぎ見て絶叫する。
「いや、いいだろ!そこは普通にヒロインでいいだろ!美少女でいいだろ!」
何故だ。
まさか美少女美少女言ってたのが美少女でないフラグだったとでも言うのか!?
てか、男とマスコットキャラの組み合わせとか誰得だよ!
需要ねーよ絶対!
いや、諦めるのはまだ早い。
「おい、そこのえーと…」
宙に漂うマスコットキャラ(仮)を指差して言う。
(スロークだよ。)
「お前にパートナーとかマスターとか契約者とか」
(いないけど)
「誰かの言葉を伝えるために」
(来たわけじゃないよ)
「じゃあその姿は仮の姿で本来の姿は美少女だったり」
(しないよ)
「じゃあ本来の姿じゃなくていいからとりあえず人型に」
(なれないよ)
「そもそも性別は」
(男、或いはオスだね)
「……………。」
(……………。)
「夢すら持つなってかぁぁぁぁ!」
orz、と言った感じに地面に打ちひしがれた俺にスロークとかいうマスコットキャラがポンと肩を叩いてきた。
無性にイラっとした。
「俺、帰っていい?」
(…いや、それは困るんだけど)
路地裏で打ちひしがれること数分。
立ち直った俺は取り敢えず帰宅したいと申し出た。
「だってお前ただのマスコットキャラでしょ?男でしょ?ラブコメ分ないでしょ?」
(テンションが急激に下がってるみたいだけど?)
「当たり前だ。何が楽しくて、空飛ぶ白玉とお話しなくちゃならないんだ」
ちなみに、この白玉の見た目だが、白玉である。
直径30cmぐらいで全体的に丸っこく真っ白、まあ表面はもふもふしているが。
ウサギと猫の中間みたいな耳を生やしていて、目は開いてるのか閉じてるのか分からない切れ目と大きな口は白玉っぽい体の中心に位置している。
そして、目と同じぐらいの高さに手(?)が、球体の下部分に足(?)が、申し訳程度にそれぞれついている。
手足と言っても円錐のような形をしていて指はなく、長さも2cmぐらい、ハッキリいて役にたちそうにない。
見れば見るほど、珍獣である。
(し、白玉って……それは流石に酷くないかい?)
「うっさい白玉だ、お前なんか。」
俺の希望を打ち砕かれて傷心中なんだ。
(はあ…うん、じゃあキミに頼みがあるんだけど)
「悪いが他を当たってくれ」
(早っ!まだ何も言ってないんだけど)
「知るかっ!何で美少女でもない奴の頼みを聞かなきゃいけないんだ!」
(うーん…そう言わずに、とりあえず話だけでも聞いてくれないかい?)
「イヤだ」
(……………。)
沈黙する白玉。
(………実はね)
「勝手に話し始めやがったこいつ!」
断ったじゃん。
断ったじゃん、俺。
あれか?
村人A:お願いがあるんだ。
はい
いいえ
で、何回『いいえ』を選んでも『頼む。この通りだ。』の無限ループになるパターンか?
話を聞くまでてこでも動かない鬼畜村人なのか?
(さっきも言った通り、私は精霊なのだけれどもね、私がこの町に来たのにはちゃんと理由があるんだよ)
わーい。人の意見を聞き入れないよこの白玉。
(それでその理由と言うのがね。この町に今サタンが、悪魔がきているってことなんだ)
「は?サタン?サンタじゃなくてか?」
(そう。悪魔のサタン、人の魂を糧にする存在で私達精霊にとってもキミ達人間にとっても敵となる存在だ)
悪魔ねえ。
空想上の存在だと思っていたが。
目の前におもくそファンタジーが存在しているから否定はできない。
しかし、
「なるほど、話が見えてきた。つまり俺に頼みたいことってのは」
(分かったのかい?)
「ああ、つまりその悪魔に頼んで、リア充を撲滅しバカップル共を仲違いさせるってことだな。そういうことなら喜んで協力しよう」
(イヤ、違うから!なんなんだいその思考!どうやったらそんな考えに辿り着くんだい!?)
「なんだ違うのかよ」
(当たり前だろう!サタンを倒すのに協力して欲しいんだよ!)
うるさい白玉だ。
いいじゃん悪魔。
クリスマス気分で浮かれている奴らを存分にフルボッコしてやって欲しい。
「ますますやだ。悪魔とか勝てる気がしない。俺のクラスの川島とかボクシング部のエースだからおすすめ」
あいつは今頃マネージャー兼彼女とデート中だった筈だが……
なに、町を守るためという大義名分があるから安心してデートを中断するといい。
(無理だ。多少力が強いぐらいじゃあ悪魔を倒すことはできない)
「いや、じゃあ俺ますます無理だろ」
川島が勝てない相手に俺が勝つとか無理ゲーすぎる。
俺の特技はミカンの皮剥きだよ?
汁飛ばして目潰しでもしろと?
(そうとも言えないんだ。私達精霊は人間の感情を形ある力へと変えられるんだ。それを使えば悪魔も打倒出来るんだけど……)
「だけど?」
(感情にも種類があるんだ。喜びのような正の感情、憎しみのような負の感情……誰かを倒す、といった力を使うには負の感情が最適なんだけど……)
そこで言葉を濁す白玉。
(このクリスマスにそんな感情を持ってる人間なんてなかなかいなくてね。どこもかしこも幸せな感情ばかりで…そしたらクリスマスだというのに鬱憤たっぷりの暗い負の感情を撒き散らすキミを見つけたって訳だ)
「ほっといてくれよ!」
なんじゃそりゃ。
つまり俺はこの白玉に見つかるぐらいの負のオーラを纏ってたってのか?
確かに憂鬱だったし。
リア充を憎しみの目で見てたしバカップル共に怒りを露わにしてたし妬んだり恨んだりしてたけどさ!
ーああ、だからか。
拝啓神様
そんなに俺が嫌いですか?
「なんだよそれ、クリスマスに不幸だったから悪魔退治に参加とか只の踏んだり蹴ったりじゃねえか。絶対協力なんてしないからな」
(お願いだ。私一人ではどうにもならないんだ)
「んなこと言ったってな」
例えこの自称精霊の白玉の力で俺がスーパー○イヤ人みたくなったとしても、それでもやっぱり悪魔とのバトルなんて怖すぎる。
「だいたい悪魔なんて見ただけで俺アウトだぞ?どうせあれだろ?真っ黒で角生えた強面だろ?」
ゲームに出てくるような化け物みたいな奴だったら見ただけで気絶する自信がある。
(あー……いや、キミが想像しているような感じじゃあないと思う。見た目は割と普通の人間と同じだ)
そう言うと、白玉が空中で短い手を動かす。
(見てご覧、これが悪魔だ)
ゆらりと空中に円い鏡のような物が現れる。
そして、そこに一人の男が映し出される。
白玉の言うことが本当だとしたらこれが悪魔という奴なのだろう。
確かに人間のように見える。
しかし、血のような目からは人外の雰囲気を察することが出来る。
いや、そんなことはどうでもいい。
「おい白玉。こいつが悪魔なのか?」
(そうだけど?)
そうか。
こいつが、こいつが悪魔!
「そう言えば、俺はまだ名乗ってなかったな。俺は冬代一夜。非モテ四天王の一人、見習い魔導師だ」
(えっといきなりどうしたんだい?)
「どうしたもどうていでしたもねー。
協力してやるってことだよ。白玉」
(ほ、本当かい?)
白玉が驚いたような態度をする。
切れ目を見開いてはいないが、若干目が開いたような気がしなくもなくない。
「ああ」
映し出された悪魔。
血のような目。
長く伸ばした金髪。
妖しげな空気を持つ白い肌。
そして整った目鼻口のバランス。
美少女とか町とかどうでもいい。
俺の思いは今たった一つ。
「イケメンは死ねっ!!」
そうなのだ。
この悪魔、腹が立つぐらい(ってか実際煮えくり返っている)イケメンなのだ。
全体的にヒールな雰囲気で、実に女受けしそうだ。
テレビタレントよりイケメンだ。
なんか見ているとすごいイライラする。
静止画の筈なのにニヤニヤ笑っているのが目に浮かぶようだ。
(えっと……まさかそれが理由かい?)
白玉が聞いてくる。
それに対する台詞は一つ。
「愚問だな。俺は童貞の体現者とまで言われた男だ、イケメンなれば悪魔であろうと俺の敵だ」
理由などただそれだけで十分。
白玉が短い手で頭を抑えていたが知ったこっちゃない。
さあ、悪魔よ。童貞を敵に回す恐ろしさ。
地獄とどちらが上かな?
(……見つけた)
「……やっとか」
現在時刻は深夜11時47分。
あれから、白玉が悪魔を探し始めたのだが見つかるまでにまさかこんなに時間がかかるとは思わなかった。
両親には友人と会ってカラオケにいくことにしたとメールしておいた。
普段なら小言の一つでも言われるのだが、何故か今日は一言『楽しんでおいで』とだけ書かれていた。
少し泣きたくなった。
(さっき思い出したんだけど。そういえば悪魔って奴は夜にならなければ殆ど姿を現さないんだった)
「ぶっ殺すぞ」
俺の数時間を返せ。
(まあまあ、この先の路地裏にサタンはいる。私の力の使い方は覚えてるかい?)
「まあな」
ていうか覚えるもなにも、
「お前から貰ったこれを飲めばいいだけだろ?」
俺の右手に握られる真っ白なキャンディー。
本当のキャンディーじゃなく精霊の力を固めたものらしい。
飲み込むことによって感情の力を具現化出来るそうで、本来なら様々な超常現象すら起こせるらしいんだが……
生憎そんなもの練習する時間なぞなかったものだから
「飲んで、気合い入れて、ぶん殴る。分かりやすくていい」
まさしく感情に任せて戦うって感じだ。
(まあ……あの悪魔はそれほど位が高い訳じゃないからそんなに心配する必要はないのだろうけど)
「はははは、あの顔を痛めつけられると思うと心躍る!」
(一夜クン……台詞が完全に悪役なんだけど)
「構うものか!」
テンションがおかしなことになってきた。
「ゴー!」
テンションに任せてキャンディーを飲み込む。
少しうぇってなったが我慢。
(いや、ちょっと待っ)
「ひゃっほー!」
白玉が何か言っているがハイテンションになった俺には通用しない。
足のバネに力を込め、渾身のスタートを決める。
ぶっ殺す。
悪魔を探す最中に見つけたリア充カップルに対するイラつきも込められた俺の身体能力は人間の身体能力を凌駕している。
建物の壁を駆け上がり、上空へと舞い上がる。
冬の夜の空気に当てられながら、先程の路地裏を見やる。
強化された視力が目標を捉える。
悪魔サタン。
血のような目をしたそれは、貴族のようなヒラヒラの付いた服を着て歩いていた。
その横には一人の女性。
ー(このタイプの悪魔はね)
思い出すのは、白玉が言っていた台詞。
ー(キスで魂を掠めとるんだ)
感情が高ぶる。
「やらせて」
屋上の避雷針を掴み体操選手のように回転。
その勢いを余すところなく
あの悪魔へ向ける!
「たまるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
手を離した俺は弾丸となって悪魔へと向かう。
「なっ!?なんだ貴様は!?」
悪魔がこちらに気づく。
だが時すでに遅し!
「ただの童貞じゃあぁぁぁぁぁぁぁ!」
フルパワーのキックが悪魔に直撃する。
「げぼぉっっ!」
汚らしい声を上げる悪魔。
すっとした。
「はっ!わたし、何をしてって、ええぇぇー!な、なんなのこれ!?」
悪魔の横にいた女性がこちらを見ながら錯乱している。
(どうやら催眠術をかけられていたみたいだ)
「……白玉か」
(びっくりしたよ。いきなり突っ走って)
「はやる心を抑えきれなかった。反省も後悔もしていない」
(せめてどっちかはしてくれないかい?)
白玉が呆れたようにため息をつく。
(とりあえず私はそのお嬢さんをどうにかしよう)
そう言って、変な生き物の登場に更に混乱を深めていた女性の方に向けて手を振ると、パタリと女性は倒れる。
寝息をたてて眠っているようだ。
(さて、あの悪魔、まだ倒れてないよ)
「分かってるって」
吹き飛んで、廃材やゴミの中に埋まった悪魔に目を向ける。
ゆっくりと障害物をどかしながら悪魔が立ち上がる。
「フッフハハハハ。ハッハッハッハッ」
悪魔は口元からその目と同じ血を流した悪魔が、ギロリと血の凍るような目つきで俺を睨みつける。
「人間。精霊の力を借りた程度で悪魔を倒せるとでも思ったか?片腹痛い」
地の底から響くような声は恐怖を感じさせるものだ。
「鼻血だしながらカッコつけられても(笑)」
鼻から垂れた血の道が台無しにしなければだが。
「なっ!ぐっ貴様、許さん!」
鼻血を拭きながら、悪魔がぶちぎれる。
「地獄の業火よ!」
悪魔の叫びと同時に真っ赤に燃え盛る火球が俺に向かって飛んでくる。
その速度はかなり早い。
普段の俺ならよけられないだろう。
普段の俺ならば。
強化された身体能力。
その源はこのクリスマスイブ、及びその前日までの空気によって溜まったストレス。フラストレーション。
リア充達へのイラつき。
カップル共への怨念。
怒り妬み恨み憎しみ悲しみ虚しさ破壊願望!
それは無限大のエネルギー。
ありとあらゆる負の感情が俺の心を突き動かす!
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
火球をかわす。
悪魔は負けじと連続して火球を放ち続けるが、俺はその全てをかわし続ける。
一瞬の隙をついて、距離を詰める。
「食らえイケメン!これが童貞の力だ!」
渾身の拳。
右ストレートが悪魔の顔を歪ませる。
「べぶっ!」
またしても悲鳴をあげて吹っ飛ぶ悪魔。
「トドメじゃあぁぁ!」
追撃を加えるべく、悪魔に突進する。
「フフッ、バカめ!」
悪魔ニヤリと笑い火球を飛ばす。
しかしそれは俺とは別方向。
狙いを外した?
いや!
「クソッ!」
方向転換し、火球の方へと走る。
俺は火球を追いかけ、追い抜く。
そして、
「がはっああぁぁぁぐぁっ」
ゴウゴウと焼ける音がする。
出所は俺の背中だ。火球が背中に直撃したのだ。
この結果は当然だ。
「それで終わったと思うな!」
更に三つの火球が俺へ向かって飛んでくる。
(一夜君!)
白玉の声が聞こえた次の瞬間、
俺の視界は真っ赤に染まった。
体が暑い。
いや熱い、かな。
俺は生きてるのか?
(…君………か…)
この声。
「……白玉……か」
(一夜君、気がついたのかい?)
「なんとかな……」
(すまない……一夜君私を庇って…)
あの時、
悪魔の火球は俺ではなく白玉を、スロークを狙っていた。
俺は身体能力は上げられても火球を防御する手段はなかった。
だから自分の体でこいつの盾になるしかなかったのだ。
「はっ……ちげーよ。お前がやられたら俺の力は普通に戻る……そしたらどっちみちやられてたさ」
庇ったら負け
庇わなくても負け
作戦負けだ。
「フハハハ、そういうことだ人間。まあ、人の身でよく頑張ったな」
後ろから、憎たらしい笑い声をあげながら歩いてくるのが分かる。
ああ、
やっぱり童貞には無理なのか。
ヒロインなんて縁がなく、
戦う理由も妬みひがみで
そんな人物が主人公になろうなんざ
無理な話だったのだろうか。
『諦めんじゃねー!』
声が、聞こえた。
「な、なんだ。」
(こ、これは)
悪魔が、白玉が驚く。
そこには三人の人物が立っていた。
「状況は分からないが、そのイケメンが相手なんだろ」
「………服沢」
造形師であり、俺の愛用フィギュアの制作者の服沢。
「だったら、諦めんなよ。童貞がイケメンに勝てないなんざ誰も決めてねー!」
テンションが高いのに影の薄い佐藤。
そして、
「イケメンをリア充をバカップルを、勝ち組相手にいつだって戦い続けてきた童貞。それがお前だろ!」
クリスマス直前に彼女が出来て、俺に四の字固めを食らい、非モテ四天王から抜け出したと思われた俺の親友。
ユースケこと濱田悠介!
俺を含め、この町の非モテ四天王がここに集結していた。
「服沢、佐藤なんでここに………それにユースケ…お前確か今日は彼女と……」
「はっ!ここに居る理由か?決まってんだろ!」
ユースケがニヤリと、
悪魔のそれと違い頼もしい笑顔みせる。
「フられたんだよ!チクショー!」
その目には涙が流れ、頬には紅葉が出来ていた。
「「ちなみに俺らはそれをお前に知らせにきたのさ!」」
仲良くハモる服沢と佐藤。
「くっ」
体の内から力が湧いてくる。
この感情を言葉にせずにいられるか!
「ざっっっまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
瞬間的に俺の身体が癒され健康体となる。
負の感情は敵を倒す。
ならば、
この歓喜、正の感情は
心を体を癒やす力となる!
(……それを正の感情って言うのは納得出来ないんだけど)
力が漲る。
俺を支えるものは妬みひがみだけではなかった。
友との
全ての童貞達の絆が
思いが
俺を支えているんだ。
「なっ!回復しただと!」
悪魔が慌てだす。
瀕死の敵を前に余裕ぶっこいているからそうなるんだ。
「くっ!業火よ!」
再び火球を飛ばす悪魔。
このままいけば、俺だけでなくユースケ達も巻き込まれるだろう。
だが、逃げ出すものは一人もいない。
その意味を俺は理解している。
「うおおおおおおおおおおおお!!」
拳を叩きつける。
それだけで、火球は砕けて消える。
手が軽く焼ける、気にはしない。
悪魔が驚いたように目を見開く。
続けて放たれる火球の全てを砕きながら、悪魔の下へと突き進む。
「行け!冬代!イケメンに童貞の生き様を見せつけてやれ!」
火球を砕きながら、ただひたすら前へ
「非モテと言われようと、正直キモイと言われようと負けなかった強さを!」
みっともなく
泥臭く
愚直に前進するのみ
「お前なら出来る。カズ!童貞達の思いを、ぶつけろぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「終わりだぁぁぁぁぁぁぁ!」
全力で悪魔へと殴りかかる。
「人間、如きがぁぁぁぁぁぁ!」
悪魔が今までで最大の火球を作り出す。
が、
「なっ!ぐあっ!こっこれは!」
突然、目を押さえて苦しみ、それにより火球が消える。
「ミカンの汁は目に染みるだろ?」
握ったミカンの皮を捨てる。
バカップル共にやるつもりで持ってきたこれが役に立つなんてな。
「「冬代っ!」」
(一夜君っ!)
「カズっ!」
握りしめた右手で、型も何もない殴り方で
それでも最高の思いを込めて放った拳は
吸い込まれるように悪魔の顔面に向かっていった。
「イケメンは……」
自らの思いを込めたそれを、
俺は全力で振り抜く。
「爆発しろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
その日、
クリスマスイブからクリスマスへと変わるその瞬間、深夜0時とある町の光の奔流が上がった。
その幻想的な光を見た人々は誰ともなくこう言った。
「クリスマスの奇跡」、と。
「よっしゃあ!」
「結局なんだったのかよく分からないけどよっしゃあ!」
「なんでもいいけどよっしゃあ!」
騒がしく暴れる俺を除いた非モテ四天王の面々。
俺はというと、疲労で一切動けなくなってしまっていた。
(お疲れ様って。大丈夫かい?)
「これが大丈夫に見えるか白玉?」
(大丈夫そうだ)
「ぶっ殺すぞ」
指一本動かせないってのに。
(まあまあ、キミには本当に感謝してるよ……これで私も本来の姿に戻れるしね)
は?
「え?まて、お前最初に本来の姿とかはないって」
(ああ、それは嘘だ。あの段階では悪魔の力が邪魔して本来の姿に戻れなかったからね。言っても意味がないと思って)
その言葉と同時に、白玉の姿が人へと変わっていく。
これはまさか!
姿を変えられたらお姫様パターン!
光が収まったそこには、
白い綿で彩られた真っ赤な服。
優しげな目つき。
真っ白な髪とヒゲ。
サンタクロースのオッサンが立っていた。
「そこは美少女でいいだろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
万感の思いを込めた絶叫であった。
「はっはっはっ」
「クソジジイ!人の夢を返せ!」
「なるほど、では子供達のプレゼントを一諸に配らせてやる」
「ふざけんな!ただの雑用じゃねーか!」
ーX'daywar…THE・END
今年のクリスマスみなさんはどうおすごしですか?
クリスマスが好きな人もいれば嫌いな人もいるでしょう。
だけどクリスマスにはきっとみんなに幸せを届けてくれるでしょう。
ヒロインもいない
ただ、モテない童貞が恨みひがみ妬み憎み、
そして笑うこの物語はこれにておしまいおしまい。
という訳で、如何でしたでしょうか?
クリスマス企画短編、『X'daywar~立ち上がれ童貞共』
コンセプトはクリスマスに荒れる童貞
です。
正しい理念なんか知りません。
イラつきをぶつける八つ当たり小説です。
本当は0時ぴったりに投稿したかったのですが……
とにもかくにもこんな作品でいいのかな~と思いつつ投稿しました。
今年のイブはこれ書いてただけです。
クリスマス当日はラノベか漫画読んでます。
では最後に
『リア充もバカップルもイケメンもみんなまとめて爆発しやがれ!』