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第十章 自分の証明(フレイ視点)①

 優しい光に包まれて、僕は目覚めた。


 一番窓に近い後方、教壇から一番奥の角。

 木製の机に、同じく木製の椅子に座って眺める景色は、年季が入った古めかしい木造の教室の中に僕の意識が存在していることを脳が遅れて認識した。

 順列乱さない小さな机の数々や、窓から入る心地いい木漏れ日と木々の香りが僕の視野と心を穏やかに、朗らかにしてくれる。

 僕はこの景色に癒される。

 大きな夢と希望を持って座る僕は、輝かしい未来に心躍った。

 夢が、期待が、喜びが、僕の心の真っ新なキャンバスに色とりどりの絵の具で表現豊かに描くことを許される自由。

 そんな自由にただ幸せだけを感じて、僕の心は大きく震えた。

 しかし所詮そんな思想は浅はかな夢と、恐怖を思い出させる瞬間が僕を地獄に落とす。


 優しさ広がる景色から一転、怪しい雲行きが一帯を包み込んだ。

 窓越しに見える突然現れた雷と共に、一筋の落雷が大木に落ちた強烈な破裂音。

 不穏に満ちた情景に見開く僕の瞳。

 現実は他愛ない夢さえ凄惨に、強引に引き裂いた。

 僕の心のキャンバスを乱暴に扱うだけでは気が済まず、黒く、とにかく黒く塗りつぶす。

 それは激しく荒々しい衝動。

 なぞられた未来は、幾度だって僕をどん底に突き落とすんだ。


 痛みの正体に気が付いても、僕はその事実を信じたくない、理解すらしたくない。

 吹き荒れる嵐と共に降り注ぐ絶望から、涙の代替えに流れるのは、生暖かい血液だけ。

 この現象に理解が及んでも、頑なに拒否した僕は面白い玩具と見做されたのだろうか。

 必死に許しを請う僕を見て、四方八方から聞こえる見下した笑い声が、聴覚を乱暴に刺激して鼓膜を酷く震えさせる。

 僕の全てを全力で否定される現実に、本物の涙が流れることすら脳が拒絶しているようだ。

 これは逃げられない宿命、幾度も繰り返してきた真実。


 真新しい先の尖った鉛筆が、迷いなく軽快に僕の頭部に貫通させた上、頭が持ち上がる勢いで強引に引き抜かれる。

 この物理的な虐待から逃れようと抵抗する僕の上半身は、数人に強く押さえられ、机に固定されると、まるで勧善懲悪(かんぜんちょうあく)を掲げる聖者にでもなったように、大罪を犯した僕を懲らしめると公然と宣言するんだ。


 この理不尽はこの時、この瞬間、この場所だけで起こった出来事じゃない。

 舞台を超え、空間を超え、時空を超えても逃れられなかった現実。

 視覚は常に闇の中。

 付け加え音に敏感になった僕の周りでは拍手喝采が巻き起こる。

 難しく考えることはない、これは単純に刺激が欲しくて犯す奇行。

 それを熟知しているはずの僕が、未だ光を期待する考えがそもそもの間違いだった。


 僕の存在そのものを認めたくない心が、この異常な行為へ突き動かすのだろうか。

 こんな状態になっても希望を模索する僕の心は、この気に及んで現実逃避を繰り返す。

 尊厳を押し殺して心からひれ伏し、服従する姿を見せれば見せるほど体罰は過激になるのだから、正解が混濁(こんだく)して何も見えなくなって、ただただ恐怖だけが残る。


 そんな追い詰められてただ怯えるだけの僕を見て、異常な欲と快楽の絶頂に誘われたかのように、けたたましい発動機の音が聴覚に信号を訴えることで、この音の正体を鮮明に覚えている僕は(すこぶ)る震えた。

 僕の心情とは裏腹に、鳴り響く拍手喝采。

 叩く音は統一性を持って揃い、遂には間を空けない三拍子へ変わる。

 まるで〈こ・ろ・せ〉と心から叫ぶ、悪意と歓喜に満ちた手拍子。


 この場で僕一人置き去りにされたまま、無機質な発動機はついに稼働する。

 僕の身体に容赦なく斬り込むのはチェーンソー。

 次々落ちて行く僕の五体満足。

 粗い刃物で骨から肉を削ぎ取る行為に、暴れ出す神経は発狂を免れず、僕の脳へ一斉に苦痛を訴えた。

 いっそ殺せと切望する心虚しく、激痛に震えるこの身体は魔法のように僕を取り戻す。

 世界を破壊できる力を持つはずの僕は、この残酷な痛みに耐え凌ぐだけの、ただそれだけの実態に、自分を大馬鹿者と叫び嘆きながら、僕の心を痛めつける方法だけしか残っていない。

 それは恐怖に支配されて、運命に翻弄された、僕の脳と心臓。

 耐え難い地獄を肌に感じて、更なる闇へ、僕は、落ちた。


***


 闇へ身を投じた先に、僕を傷つける人たちは存在していない。

 どうやらここにいるのは、僕だけ。

 でもまだ心から安心できる環境ではないのは確か。

 ただあの悪夢から逃れることが出来た現実は、頭に鈍器で激しく叩かれる衝撃が消えて、心身が軽くなったことに多幸感まで覚える。

 真っ暗闇の中、一人閉じ込められた状況は決して良い環境とは言えないけれど、あの地獄に比べたら天と地の差まである。

 だって四肢はもちろん、頭もくっついていて、息も苦しくないし痛くもないし、恐怖で涙も出ないし痛みで引っ込むこともない。

 これってすごく幸せなこと。


『お前は卓越した能力を用いて、掴む自由に何を迷う。なにを怖がる。なぜ、悲しむ』


 何もない闇に心が安堵を覚えたばかりの僕へ、直接脳内に震える誰かの声。

 あの壮絶な出来事が頭を(かす)め、僕の心を弊害(へいがい)される恐怖に再び襲われてしまう。


「き、君は誰? 友達? ……それとも、君も、僕を虐めるの?」


 小さな期待より大きな不安が勝るのは普通の感覚だ。

 だってさっきの記憶が鮮明なままの状態で、おぞましい以外の何物でもない言葉を呟いた僕は、あの地獄に巻き戻されて恐怖で目を瞑れば、閉じた(まぶた)に広がるのは痛みと、恐怖と、絶望と、何度だって繰り返してしまう。


『……お前は何に怯え、何に悲しむ。行き着く先を知る上で、何に期待する』


 この発言から僕に危害を加える気は更々ないことを知って、ただ率直に疑問を呈する謎の声に、僕が考える限りの答えを指し示すために勇気を振り絞り、まだ震えながらも重い口を開いた。


「な、何の因果か、僕たちは。いつも心と体は乖離(かいり)して、本音と建前の使い方がとても不器用で。だからあの場に、あの生き地獄に仲間がいても、特別不思議な話ではなかったと思うんだ」


『……快楽を求めるだけの場に同胞は無。この事実、お前に理解出来ないはずがない』


 声の主の発音は、最初よりも強い口調で僕を問い詰める。


「人生はどう転ぶか分からないものと認識している。だから絶望の中でも希望を抱くのは、人として大切な思考の一つだと僕は考えているよ」


『希望は絶望の果てで光る道。一理あれ優しさを仇で返す人間の加護など火種も同然。後悔先に立たずして業火に朽ちれば、熱い(まなこ)で視界を塞ぐが輪廻転生の如し。運命に抗わずして容認するならそれは、一切の自由を拒む事か!』


「違う! 僕らは傷だらけだ! 一生治らない傷を受けて責任を背負わされて、生き続けることの重圧に耐え続けて……。それでも懸命に生きている! だから生きるための糧を探して足掻くのは、どこかで同じ想いで助けを求める仲間たちのために僕のできる、最後の抵抗にすぎないんだ。……でも結局は、自己満足。そう、全て僕の、我儘……、」


 僕の犯した生涯晴れることの無い罪は、アイリーンに匹敵するほど重いものと心得ている。

 多大な力を持つ自覚がありながら、操作を誤り、挙句世界を一度破滅させたのだから。

 愚かな僕はその重圧にも孤独にすらも耐えきれず、心がより憶病になったのは記憶に新しい。

 だけどそんな僕だから盤石な基盤、つまり揺るぎない影響力も手に入れたはずで、それを今この場で使わない選択なんてあるわけない。なのに僕には、その意志すら揺らぐ。

 結局僕は、上の立場に立つに相応しくない人間と実感する他ないほどに。


『お前は、違う……。 似つかわしい……』

「え……?」


 自分の発言を心底残念に思う僕に返ってきた言葉は、想像もしないものだった。

 声の主は今にも消え入りそうな口調で、何かに当惑しながら言葉を探しているように思う。

 その心が同じ波長で、事細かく心拍まで重なるのだから、僕にある仮説が思い浮かんだ。

 まさかとも思いつつも可能性を否定することが来ない、そんな確信が溢れてくる。


「君は、……まさか、もしかして……ッ!」

 遠い記憶の中から、僕は声の主を弾き出したけれど、あの人が僕の中から完全に消え去った感覚を悟った瞬間、僕は次の場所へ、落ちる。


***


 突きつけられた現実から、思考が真っ白に染まる頃、僕は別空間へ辿り着いた。

 目に映る暗闇に変わりはなくて、一見全て同じ場所だったと錯覚させるような場所。

 ただこの闇はどこか心地よくて温かくて、まるで誰かの体内へ潜り込んだような感覚とすら思える。

 そんな辺りを見回る僕の正面で、卵の殻が割れるような音と共に僅かな光が僕の関心を奪う。


 興味を惹かれたのは単純な期待だけじゃない。

 今にも擦り切れそうな精神状態に陥った僕にとって、僕に残された最後の支柱に思えたからだ。

 恐ろしい感情を無理に押し付けられた重たい身体に鞭打っても、この希望に僕の全てを捧げたい。

 なにより僕の心がこの優しい光の先にある未来を貪欲に求めている。

 柔い光で小さなヒビが光り輝いて多く連なり、光差し込む空間という殻が小さな穴に広がる頃には、僕の関心、その全てがこの穴に注がれる。

 多くの夢と未来を詰め込んだ穴から見えた景色は、予想外な光景だった。


「……ステラ?」


 僕の目に映るそれは、とても滑稽な仕掛けだ。

 白黒映画のような映像にフィルムグレインを纏った映像には、必死に懇願しているステラの横顔が映る。

 どうやら言葉は字幕で表現されているようだ。

 でもステラの口が動いた様子はない。

 だとすればステラの心の叫びだろうか。

 擦り切れている字幕には『フレイ、帰ってきて!』の文字しか映らない。


「ステラ、成長したんだね」


 普段のステラなら泣きつく他ない子。

 僕のために懸命に戦うステラを見ていると、こんな場所で動かない自分を大いに恥じた。

 たくさんの勇気を貰うことで一歩踏み出し、歩幅を徐々に大きく駆けて行くと、暗い空間は次第に薄れて、明るく色づく世界に変化する。


 気が付けば、眩い青空と広大な草原の境界線を走る僕がいた。

 自然の偉大さに心震え、ただ前だけ見て颯爽と走り出せる瞬間は、何物にも代えがたい喜び。生い茂る草原が意思を持って道を指し示すように、率先して左右に分かれながら僕を現実へ導いてくれる。

 まるでステラという名の母なる大地を駆けるような、そんな不思議な感覚に包まれながら僕は走る。


「ステラ、ごめん。今行くよ、だからもう少しだけ待ってて! 僕も頑張るから!」


 ステラの待つ現実へ、僕はただ真っ直ぐ前を向いて走った。


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