第七章 表裏一体、生命の樹②
「つ、つまりは……、俺たちはアンタらから生まれたという事か?」
混乱した頭を一度癒すために、数秒の無言の後、クレスは急かすように本題に入る。
「いいえ、貴方たちは私一人の受精卵から生まれたのよ。私とフレイは〈両性〉だもの」
「両性? アンタとフレイがか? 一体どういう……」
「そうね、一体どこから話すべきかしら。ああ、私たちの能力から話した方がいいわね」
見るからにクレスが怪しむ中、ジュノは自身とフレイ、ステラの能力の全てを明かす。
それはジュノとフレイだけが織り成す、桁違いの祝福を発揮できる意外な仕組み。
《ジュノは素顔と素性を隠すために退化した形の一つ》
《フレイは身体能力を生かすために進化した形の一つ》
これは毛髪を余すことなく活用できるよう採用し続けた、常に対極に鎮座する二人にとって最も重要視した能力であり、常に混乱極める世で生き抜くための生命線になる。
「私たち二人は樹を基準に構成させた身体よ。私なら実を成す生命力の強い根を、対してフレイなら光合成によって実を成す枝を脳で育てることで、私たちは超自然的能力を発揮できているの」
ジュノが己の意思で毛髪を自由に操れるのは、【脳内が子宮としての役割を持つ】ことで成り立つ、超自然的能力がカギとなっている。
それは《大量の卵子を単細胞化させて毛髪に細胞を組み込んだ》のが特徴で、《極微細構造の血管を毛髪に巡らせて、動物ほどの知能を与えたことで柔軟な命令にも対応可能》にしたのが、この能力の利便たるもの。
「私の場合、毛髪には特性や特質が存在していて、如何にこの個性たちを最大限生かすことができるか、私の采配に全て委ねられるのよ。まあ、私に適任な能力ね」
変わってフレイはその真逆で、【精子が毛髪となった】という例えが分かりやすい。
それは《毛髪が植物程度の意志を持ち、特に生命維持に対して活発化》する傾向がある。
よって《生命の危機を感じ取ると、自己再生活動が尋常ではない》。
「フレイの場合は先ほど貴方が実際に目撃した通り、驚異的なスピードで回復できるのは、生命維持に特化した能力のおかげよ。但し、命令は一切行えない制約が前提として、フレイの意思とは関係なく完全回復してしまうのは大きなしこりだったわ。そしてステラだけど……」
そして肝心のステラだが、ジュノとフレイの身体の仕組みとは異なる形状で出来ている。
《ジュノたちが生み出す者だとするのなら、ステラは創り出す者》と言えよう。
それは【海と陸】、【自然と科学】、【女と男】の違いと言うように、この三人の中で男性的性と言うのなら、真っ先にステラが選出される。
しかしステラは《男性生殖器を持ち合わせていない》特殊な性の持ち主である。
生物学的には女性、科学的には男性と性が混じることなく綺麗に二分化されていて、男性的性が影響を与える男性ホルモンさえも、分泌されたところで丁寧に取り除かれて体外に排出されて、女性ホルモンの割合を極端に高めることに成功させている。
「ステラの存在こそ超越した進化の結実の一つであって、特殊な引力斥力と恵まれた構造の中で成長を遂げた唯一の存在よ。まさに表向き突然変異という名目の、計画的で高度な体内錬金の賜物ね。神に愛された魂を持ち、美しい見目を持つからこそ、アイリーンに狙われているの」
ジュノがステラの誕生を意識する前から狙い定めて、喉から手を出すほど欲するアイリーンは、世界を混沌へ追い込む元凶であり、最も愚かで最凶と名高い怪物にまで育ってしまった。
「アイリーンはどんな状況下であろうとも、《私が生む子はステラ》という宿命を誰よりも深く理解していたわ。研究に研究を重ねて、ステラの構造を徹底的に調べ尽くしたのよ」
芳醇な甘い汁を浴びるように貪る贅沢や栄華を極めた輝かしい記憶が忘れられず、その栄光を再び手中に収めるため、最も最短で、最も確実な方法だけに尽力する〈未来人〉のアイリーンが、自身の楽園の起源となるステラの誕生を虎視眈々と狙うのは想像に難しくない。
「厄介だったのは未来から引き寄せられた際、アイリーンは現代の仕組みを手繰り寄せた後で、死に戻りを行うための桁違いの輪廻を廻る術も、この時点である程度会得していたことね」
この時アイリーンは退化の特徴と特性も熟知しており、自身の思うまま生体から生体への行き来は勿論、憑依も存分に発揮できる環境を手中に収めた後という厄介な問題まで抱えて。
得意分野である細菌やウイルス、有害な微生物に至るまで支配をほぼ完了させるための膨大な時間を得て、まだ無人の地球でアイリーンの脅威は手広く確実に、狡猾に進められていた。
全てはステラの肉体を奪うチャンスに備えるための行動だ。
「特に私が子を孕む身体の変化は【死の直結】を意味しているわ。腹を膨らませることが不可能だったから、超低出生体重児として手のひらほどの大きさで産むしかなかった。大体、私たちが〈命を宿す〉行動の意味には、危機が迫ったとき、己の命と引き換えに受精させるという最終的且つ、超古典的な自然現象によって私たちを生かすの。まあ、地獄のような仕組みよね」
義務として与えられた最悪の選択の果てに、次へ繋ぐための執念は現実問題、納得できない想いもあるだろう。
例え信念は変わらないままでも、人の心は、感情は、移り変わるのものだ。
その複雑さを理解した上で、様々な知見を経た結果、ジュノは科学と医学を用いて、受精卵が胎児となる時まで体内で育てると、帝王切開による手法を取り入れ、極めて生存困難なステラを現代に誕生させることに成功させる選択を選んでいる。
「……アイリーンの脅威はステラを腹から取り上げた瞬間よ。そのために貴方が選出されたの」
ジュノは優雅な手つきでクレスを指差す。
「俺、……か、」
「そう。あの現状でステラと共に生まれるための片割れが必然だったのよ。極めて生存が困難なステラを確実に現代へ誕生させるための、まあ、言い方は悪いけれど、おとりよね」
フレイの細胞から創造された地獄の亜空間で、未来にいた頃よりも強化させたアイリーン独自の特殊細胞は、膨大な時間を有効活用しつつ途方もない研究によって、未知の細胞分化まで成功させた不可能を可能にした悩ましき生命体がアイリーンだ。
「アイリーンは地獄という定まった空間と環境をまるで母体のように活用して、成長過程に適合及び順応を可能にしたの。気が遠くなるほどの輪廻を廻り得た身体は、難易度の高い進化を尽きることのない欲望で開花させるほどの。まあ、いわゆるアイリーンは稀に見ぬ偉才よ」
流石のジュノも、アイリーンの快進撃には白旗を掲げている。
優れた逸材なのは勿論、全て自身のためとはいえ、努力や地道さを続けられる能力まで持ち合わせているのだから。
それだけに、アイリーンの暴走は危険という言葉だけでは片付けられない。
「だからあなたたちの出産を控えた当時、生死の境を彷徨う私の許にアイリーンは予想を裏切ることなく、先に誕生させたクレスの体内へとウイルスとして侵入したわ。当時は余裕があったから几帳面な故に、完璧な憑依を成功させたけれど、アイリーンにとってクレスの肉体は脅威よ、あの小さく弱々しい身体で呻きながら地を這う奇行で逃亡していくほどなのだから」
まさにクレスはアイリーンにとって相性の悪い、非常に不味い食べ物そのものと言える。
「あ、……その後は僕が報告を、」
長いジュノの語りにおずおずしながらも割って入り、当時の状況をフレイは語る。
「アイリーンの追跡は僕が承ったけど、結果として君を……、クレスを見つけることはできなかった。アイリーンとは遺伝子が合致しないんだ。早々に荒野の大地や広大な大海原に捨てられた恐れも考慮して動いたけど、結局クレス、君の発見には至らなかったんだ」
改めて力不足を感じてか、俯くフレイには明らかな罪悪感を漂わせている。
恐らくこの事件も相俟ってクレスに対する懺悔からか、フレイのステラへの愛情は深まる一方で、ステラをただひたすら可愛がったのも、この負い目があったからなのだろう。
「しかしッ、……そんな懺悔で済むような話じゃ」
全ての行動には意味があり、未来を賭けた強い意志と決心が存在している。
その重要性は重々理解できたものの、クレスの苦悩が我慢すべき不要な感情として処理されることは、すぐには受け入れずらい事実でもある。
そんな複雑な心境に陥るクレスを終始観察したジュノは、子供に戻って澄んだ表情のまま、更にこの話の真相を口にする。
「ステラ、クレス。よく聞きなさい、私とフレイも同じく一卵性双生児の双子よ」
再び言葉を失して驚く二人。
しかしステラだけはこの言葉の意味を深く理解しないまま、次々と明かされる事実に困惑しているだけ。
正常な衝撃を受けているのはクレスだけだ。
「私たちと貴方たちの違いは【子を授かれる】か【子を授かれない】か、よ」
ステラとクレスは思わず顔を見合わせる。
どうやら更に混乱が増したようだ。
「大切なことだから真剣に聞いてほしいの。ステラは卵子、クレスは精子が存在していないわ。これは【生物的性別】と【科学的性別】が真逆に機能したことが原因で、複雑な遺伝子を無理矢理当て嵌めたことから、起こるべくして起こった突然変異と認識しているの」
驚くクレスが反論しようとするが、間髪入れさせないジュノの衝撃的な話は続く。
「それを元にクレス、貴方は女性と断言されたとして女性生殖器は機能していないでしょう。これは性染色体に異常を招入れたことで、通常の体内錬金では《早期流産以外の選択肢を持たない存在》の意そのものよ。私たちの神経伝達によって体内に鎮座するそれぞれたった一つの卵子と精子を受精させて、受精卵の分裂を脳から直々に命令を下すなかで、私たちの血を受け継ぐ者として、最高水準の体内で通常なら、《誕生不可能だった命を紡いだ》のだから」
最悪の想定は希望の未来へと変わる。
ジュノがどれほどこの判断と行動に賭けたのか。
「……それは、最初に言ったアンタ一人の受精卵から生まれることのカラクリか?」
「あら、理解力が早くて助かるわ」
満面の笑顔のままこの衝撃を投下させたことで、クレスの脳と心は運命に悶え苦しむ。
「でも覚えておいて。本来なら貴方たち二人が共に生まれる必要がなかったことをね」
ただでさえジュノが一つの命を授かることすら困難な中で、それが双子を授かるとなれば、その負担は想像を絶する。
特にジュノにとってクレスの遺伝子は凶器以外の何物でもなく、未知の染色体変異を身体にねじ込み、強引に書き換えたものを体内に残留させる行為こそ、何かが違えば赤子の骨格から心身の成形は勿論、母体となるジュノの脳や心身に重篤な影響が及んでも特別不思議な障害ではなかったはず。
例え異端異色な完璧人物でもリスクは必ず発生するもの。
ましてや身に危機が差し迫った事故ではなく、自ら選んだ運命なのだから尚の事。
もちろん、フレイたちと能力に接点が多い事で、脳や心身の拒否反応は限りなく低く、ステラと共に誕生出来る人物として最も適任であり、決して人選は間違っていない。
「ふん、つまりは恩の押し売りと認識していいか?」
「あら、押し売りしても何一つとして買わないでしょう、貴方なら。それより威勢が良いのは歓迎だけど、その下に隠しているものをそろそろ見せて欲しいところね」
ジュノの指先がしなやかに指す方向は、赤いバンダナで蔽った首元だ。
当然これを見ていたフレイとステラもその指差す方向に自然と注目する。
一度深い溜め息をついたかと思うと、怒りの表情でバンダナを剥ぐクレス。
その首元には若干右寄りに〈04〉の数字が赤く刻まれている。
どうやら意にそぐわない故の興奮状態が起こした自然現象なのだろう。
しかしジュノの発言はこれだけでは収まらない。
「もう一つそうね、体内に大量の武器を隠し持っているでしょう。微かに体内から硝煙の匂いがするわ。この配分ならとっくに致死量は超えているはず」
間髪入れさせないジュノの発言に、これ以上の翻弄は勘弁と言わんばかりのクレスは、降参したかのように体内に秘蔵している武器を取り出していく。
体内の細胞を一度分解して、再び繋ぎ合わせては、次から次へと出現させていく刀から剣、銃、そして弾丸の数々。
種類豊富なこれら全てを使いこなしているかと思うと、クレスの潜在能力は想像を遥かに超える、異次元と判断してもおかしくない。
ただ武器を残らず取り出すと、最終的にステラの知る少年へと変貌遂げると同時に、大胆に刻まれていた〈04〉の数字も消えて行く。
これもクレスの正体の一種であり、第二の姿。
クレスの場合、退化とは似て非なる特殊細胞から構成されていて、本来ジュノから生まれる立場ではない点と、クレスの退化が正当に構築する前に現世に誕生した点から、歪な成形による心身の負担を減らすためと、過大な力を操るために子供の姿を生み出した、いわゆるセーフティーとして子供の姿が存在している。
「これで気も収まっただろうよ、お袋さんよ?」
「あら、口答えだけは立派になって嬉しいものだわ」
この二人にしか見えないバチバチの閃光ほとばしる様は、危険な香りを誘発させている。
「ふ、二人とも、今日はこの辺にしようよ!」
ジュノとクレスが作るただならぬ雰囲気に、紅塗りのフレイが堪らず口走る。
その言葉で燃えるクレスの嫉妬の炎は再びフレイに傾く。
知らぬ顔でステラと密着するフレイを、今、この場で、知らぬふりをする余裕はない。
なによりこの状況下でもステラを無理に離さないフレイの対応が、日常化していることを故意に見せつけているようで尚、憎々しく感じる。
「フレイを虐めないで! フレイは私の大切な人なのよ!」
爆発寸前だったクレスの怒りはステラの一言で鎮火する。
この発言一つでクレスに対する存在の重要性、好感度、優先順位まで、フレイより劣ると言い表したも同然だからだ。
「ま、まあ……、クレスも僕たちの所に来ないか?」
優しさを示すフレイだが、クレスは無言を貫き、散乱した武器の数々を静かに片付ける。
ただ流石に完全に無視はしきれず、か細い声で謝罪の念を呟くと、残った武器を抱え込み、神妙な面持ちで忌々しいこの場から急かされるように離れて行った。
「あ、クレスッ! 待って!」
「止めなさい、貴方が行くと事が余計におかしくなるだけよ!」
ジュノの言葉はフレイの心臓にぐさりと刺さる。
思わず前に傾いた身体をゆっくり正常に戻しながら、クレスの去って行った方向を放心状態なまま見つめる事しかできない。
そんな中ただ一人、冷たい表情で冷静な考えを巡らして、次の未来を見据えた者がいる。
敵も味方も様々な感情渦巻く世の中、正解だけを求められる戦いは不義理な試練の連続で、無条件の慈悲を捧げる義務に対して、ただただ純粋にその身を捧げた日々もあった。
渦巻く生と死、終わりなき運命に抗うジュノに、一切の抜かりはない。




