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第七章 表裏一体、生命の樹①

「赤いバンダナを口元につけて、武器を巧みに扱う青年?」

「そう、ジュノなら何か知ってるかなって思って!」


 相変わらず日課のようにパソコン弄りに夢中な男性の硝子体(しょうしたい)の中で、こちらも日課のように遊び疲れて膝で熟睡するステラの頭を優しく撫でながら、今一番の疑問を監視で忙しいジュノに少々申し訳ないと思うも、結局我慢できずにフレイは問う。


「知らなくもないけど……、知ってどうするの?」


 予想外にも質問を質問で返されたことに度肝を抜かれたフレイは、何の言葉も出てこない。


「言ったでしょう、分かり合えない間柄は否が応でも存在するの。貴方が今、最も知るべきは一時の感情に流されないこと。先ずは俯瞰力を養う事と、心身の調和を身につけなさい」


 ただ純粋な返事を期待したことに(かこつ)けて、手痛い説教を食らうフレイ。

 これ以上の詮索は命取りと、しっかり口を閉じたことで二人の間に何とも言えない気まずい雰囲気が漂う。


 そんな少々呆れ模様なジュノに、タイミングの良い情報が飛び込んでくる。

 空を巡回中の昆虫がビルの去り際、画像を寄越したのだ。


 マサヤがフレイたちとコンタクトを取るために昆虫を利用した事例も相俟って、標的対象に必要以上の刺激を与えないよう立ち回ることを昆虫たちと共有している。

 そんな中で送ってきた、たった一枚の画像。

 既に存在に気付いてか、青年の焦点は完全に昆虫一点に定まってる。

 こうも明確な殺意を注がれる事態に画像を繰り返し見ては、意気消沈するフレイを見る。

 理屈ではジュノが現場に向かうのが理想的だが、如何せん相手は臨戦態勢に突入している。

 冷静に話をして分かり合える状態でないのは明らかで、フレイの意向が最善、有効と言わんばかりに感情より使命を強く押して来る。


 そんな半ば強制的な状況で求められる、最良の選択。

 ジュノに失敗は許されず、確かな未来を導き出す方法を脳が執拗に要求してくる。

 一度幸せそうに眠るステラを目に映した後、本腰を入れてこの状況をフレイに打ち明けた。


***


 深夜の空を飛躍して、数ある高層ビルを通り過ぎた瞬間、フレイは華麗に紅塗りへ変貌を遂げる。

 重なる逆光が真紅を漆黒に変える場所で止まると、とても低い雄叫びを吠えた。


 それはまさにあの青年を揺さぶり挑発する心からの叫び。

 超音波のように広範囲に響き渡ると、いとも容易く応じたがまがましい殺気。

 隠せない程の殺意がまだ青臭い若者である事を再確信できた事実が実に悲しく、フレイの心に絡んで酷く締め付ける。


〈カチャリッ……〉


 思案できたのはたった数十秒。

 殺意の主はフレイの後頭部に重厚な銃口を突きつけた。


「何故、まだ生きている?」


 確実な生命線を完全に断ち切ったのを確認したというのに、未だ生存に至るカラクリを真っ先に問いただす青年に、フレイは両手を上げて行動に出る。


「疑問に思うなら好きに撃てばいい」


 フレイの言動は青年の実力を軽視していると判断するには十分で、この侮辱発言が重いトリガーの引く指をより軽快にさせて、酷く残酷なものにした。


〈ドォォンッ!〉


 無情な銃声がこだまする。

 フレイの望むまま、青年は頭部に風穴を開けたのだ。

 フレイに対する激しい怒りと憎しみに支配されていても、冷静な判断と丁寧な対処で次々狙い定めて再び確実な急所を一つ残らず撃ち抜いて行く。

 これ以上の致命傷はないと判断出来るほどの凄惨を極めた状況を作り出し、青年は装弾しつつ血塗れで倒れたフレイの様子を(うかが)う。

 青年もフレイが蘇るカラクリを、どうしても目に焼き付けたいのだ。


 現段階、フレイは死んだようにしか見えない。

 しかし大量の血液がコンクリートを染める頃、まるで巻き戻された動画のように、飛び散った血潮さえもフレイの体内へ順に戻っていく。

 到底あり得ない現象を目の当たりにした青年は、大きな瞳を更に見開き、心底驚いた様子。

 数秒で身体の修繕を終えた紅塗りのフレイは、至って普通に立ち上がり、目前の青年と顔を合わせるのだから。

 

 陰りのない月のような美しい白光は、青年にとって酷く不気味なものにしか映らず、撹乱する脳を正常に立て直し、機関銃に持ち替え、フレイに向けて乱射させる。

 フレイの身体は血を、肉を、骨を、まるでパーツを嵌め込む作業でも行うように淡々と、しかし確実に回収と回復を施していくと同時に、身体に(とどこお)る異物は全て地面に落とす始末。


 驚くべきは回復を繰り返す度、その回復速度は異常なほど短縮していくのだから、瞬く間に苛立ちに変えた忌々しいこの能力は、青年の怒りを苛烈にさせるには十分過ぎる要素となった。

 フレイの異次元の回復速度に比例して、青年の負の感情は大胆に加速していく。


「おいアンタッ! 銃では気が収まらないッ! 覚悟しろッッ!」


 屈託のない白光が暖かな灯火で引き込まれそうに深くても、それを視界に入れる青年には真意を理解する必要など全くの皆無で、寧ろその態度に強い反発を覚えるだけ。

 なによりフレイの余裕は青年の感情を逆撫でするだけで、上昇するばかりの憤懣(ふんまん)は爆発を回避出来ない。


 気迫に満ちた青年の握る(こぶし)は、吸い込まれるように紅塗りのフレイの頬にめり込んだ。

 激しく地面に叩きつける勢いの中、青年の拳は地面に吸い付くことを決して許さず、下から抉るような拳で激しく宙に浮くフレイの屈強な身体。

 丸い白光は激しい殴打で大きく歪む。


 大柄の男が地に足を着けられない状況は、青年の怒りを具現化させた象徴でもあるが、反撃の兆しを見せないフレイの強固な意志は、青年を心から受け入れる態勢を粛々(しゅくしゅく)と整えている。

 しかし殺気立つ青年にはフレイが何を言おうが、何を行おうが、陳腐で小賢しい行為も同然で、ただの火に油でしかない。

 だが青年の感情を洗いざらい曝け出させたのは事実。

 フレイの覚悟に気付く度、恨む心があまりに虚しく、居た堪れない感情が焦る気持ちに拍車を掛け、容赦ない攻撃は停止不可能なものになる。

 青年自身もこの身勝手に揺れ動く心情の波を打ち消すための、フレイと言う存在を認めたくない強い反感の表れなのだろう。


「やめて!」


 突然の聞き覚えある声で青年は攻撃の手を止め、とめどなく続く衝撃に再び瞳を開いた。

 駆け寄る声の主は、すかさず二人の間に割り込んでフレイの盾になる。


「これ以上フレイに酷い事をしたら、私が許さない!」


 ステラだ。

 奥には黒塗りのジュノが様子を窺っている。


「ステラッ! 危ないから離れるんだ!」

「そんなの無理だよ! フレイが酷い目に遭ってるのに、黙ってなんかいられないよッ!」


 紅塗りのフレイに必死に寄り添うステラ。その仲睦まじい姿は、青年に要らぬ誤解を招く材料そのもの。

 この光景に驚き一度は拳が開いたものの、再び握り出した拳は先ほどより多く血管を浮き出させて、切望と不満の感情を色濃く表現するように、再三殺気を帯びた。


「……こいつは、良いのか」


 ぼそりと呟く青年。

 それは青年が如何にステラを意識しているかを大いに物語るが、当の本人は全く身に覚えのない一言であり、ステラにただただ困惑を生み出すだけだ。

 ゆっくりフレイに近づく青年に、それを阻むステラ。

 フレイを守るために強がる身体は、全てを呈することの意味を理解してか、表情が強張って若干震えているのが見て取れる。

 傷が癒えるフレイを庇うメリットは、利害得失(りがいとくしつ)の天秤が圧倒的尺度(しゃくど)でどちらに傾くかなど、幼い子供が見ても分かる話。

 それでも必死に盾突く姿に、複雑な思いが四方八方飛び交う青年は手も足も出せない。

 一度閉じた瞳を開くと、何か納得するように深く頷き、深呼吸で気持ちを切り替え、フレイに対する殺気も早々に消える。

 何事もなかったように離脱する準備を始めたほどなのだから。


「貴方、クレスよね?」


 頑なに心を開かなかった青年に、ジュノが呼びかけたクレスという名。

 安堵するフレイに、驚く青年、そして酷く戸惑うステラ。

 一度撹乱(かくらん)するステラを見て、肩に手を置いたジュノに目線を合わせると、青年は涼しい顔をしたまま降参したかのようにため息を一つついて頷いた。


「く、クレスってッ! ……どうしてジュノが、クレスを?」


 ステラを前にしてかジュノに観念してか、素直に正体を認めたクレスに対して、ステラが疑問を呈す。

 ジュノがクレスの存在を知り得ていたことに、驚きが隠せないのだ。

 そんな混乱を来たすステラへ、心からの安堵を得たフレイが真の真相を初めて口にする。


「クレスはね、君と一緒に生まれた《一卵性双生児の片割れ》なんだよ」


 フレイから告げられた衝撃の一言は、ステラの、そしてクレスの脳内を混乱させる。

 あろうことか姉弟。

 しかも双子で生まれたなど初耳で、ステラはもちろん、それ以上に驚くクレスは目を丸くして、明かされた事実にただ呆然とする以外の表現ができない。

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