第六章 敵か味方か、中立か②
「へー、なるほど。ある程度話は聞いていたが、これが〈フレイ〉ってやつか……」
先程より幾分低い建物に移動して、フレイが魅せる惨劇に関心を抱き、まじまじと高みの見物をするマサヤ。
この惨状に眉一つ動かさず、心配する素振りも見せず、相変わらず他人事のような口調で独り言を呟く中、フレイによる悲惨な殺戮が完了した瞬間すら微動だにしない。
まるでフレイを実験体として見る、無慈悲な学者のような雰囲気で。
悪臭漂う口腔内を洗うように緑の体液を垂らしながら、周囲が死へ直行する恐怖の叫びが止まらぬ中、当のフレイはその凄惨さに目もくれず、マサヤのところへ速足で移動する。
「やあ、お疲れ。ひゃー、想像以上で驚いたぜ。まぁああ……ッ?」
「お前ぇ、まさかこんなままごとで最後まで騙せると思ったのかッ?」
勢いそのままに胸ぐらを掴んで、今、最も憎い人物に対して怒りの形相で責め立てた。
この気に及んでも湧き出る余裕と少しの面倒臭さを醸し出しておきながら、フレイの言葉の真意が理解できないジェスチャーを加えて、身の潔白を示す態度がとことん鼻につく。
「この茶番は全てお前が仕込んだ、違うかッ?」
「まあ、落ち着けッ……。こう苦しいと、何の言い訳も……、説明もッ、出来んだろうッ!」
容易く隙を与え、まんまと罠にはまり、挙句ステラを見失う。
これら全てマサヤの企てだとしたら到底許せる話ではない。
しかしフレイとマサヤ以外の命が死滅したこの空虚は、あれだけ派手にやらかした割りに、フレイの計らいからか建物は全て原型を留めていて、この後どのような現象が起ころうとも正常を保てるよう細心の注意を払い、計算尽くした戦いに空間の後処理を限りなく最小限に抑えた環境まで揃えたことが、明らかにフレイの性根が非常に優しい性格と提示している。
そんなフレイの細心の配慮が行き届いた瞬間を理解しながら、今、怒りに任せて怒り狂うまま感情を爆発させているフレイの作る矛盾に気が付くことで、息苦しいはずのマサヤの口角が自然と上がるのだから、どこまでも馬鹿にしたような態度がフレイの感情を逆撫でる。
「何が楽しい? 何がおかしい? ここまで手の込んだ火遊びに何の価値があるッ!」
マサヤはやりすぎた。
すでにマサヤの一挙一動は嫌味にしか捉えらず、過熱するばかりのフレイに冷静さを目覚めさせるのは、たった一人の人物の名前のみ。
「な、なんだ? ……スッ、ステラッ……、だったか、ぶ、……無事、だとッ」
「スッ、ステラは無事なのか? どこだッ? 一体どこにッ?」
ステラの名前が出た途端、瞬時に我に返ったフレイはマサヤをすぐ解放した。
ただ胸ぐらを絞め過ぎた代償は大きく、上手く発言できないマサヤに苛立ちを覚える。
「ステラは? ステラはどこに? 一体どこにッ?」
「おまッ、お前絞め過ぎ、だろッ……、て、手加減くらいッ、しろッ、……よ、なっ!」
フレイに対する忠告は一切入って来ないが、信用に値しないマサヤの口からステラの現状を聞き出さなくてはならない事態こそ罰のようで、背筋が凍る思いで回復を辛抱強く待つ。
「たくッ! 話くらい聞けよなッ! 確かに完全体に浅知恵を与えたのは事実だが……」
「やはりお前がステラを……ッ!」
再び喰って掛かろうとするフレイに、慌てて誤解を解こうとするマサヤ。
これ以上の危害は勘弁とばかりに、ようやくその手の内を全て明かす覚悟に腹を括ったようだ。
「この〈空間〉に関しては俺が用意した。で、その上で完全体に話を持ち掛けたのさ」
「やはりここは君独自の〈異空間〉か。敵が創造するには完璧すぎると思ったよ。しかしどういう伝手で完全体に接触を? 今は君のことを敵か味方かを判断するにはあまりに難しいよ……」
マサヤの弁明を聞きながら、改めて周囲を見渡して思わず吐いた感心の言葉。
使用目的は悪質だが、質が良いのは事実。
このクラスとなれば、現実への支障が極力少ないのは間違いない。
異空間を創造する祝福は、特異な同胞だけが持つ《時空創造システム》として認識している。
以前、アイリーンと完全体の目的一致により創造可能にした《鈍重の柔い膜》のように、異空間を創造する事自体はそう難しくない。
困難なのは、現実に痕跡残さず空間を回収する事と、その創造した空間から健康体のまま脱出すること。
異空間とは誰もが感じる時間の誤差から生じるもので、創造すること自体は容易いが、処理が難しく、無責任にも放置される現実がある。
放置された空間は突然扉を開くことがあり、不運にも行方不明などの二次被害も出ている。
「ハッ、俺はいつだって俺の、俺自身だけの味方だぜッ! 大体、敵の懐への入り方なんざ、普通に考えてそんな馬鹿なんかいねぇだろうが、専売特許だ、専売特許!」
このマサヤという男が間違いなく同胞ということだけは真実。
それだけにこの主張は大いに参考になる。
現実という荒波に揉まれる中、自身の立ち位置を明確に伝えてくれるのだから。
「で? 肝心の……、なんだ? あぁ、金髪のおチビちゃんか。ま、多分、大丈夫だろっ?」
マサヤは確実にステラの安全を保障しているつもりなのだろう。しかしこの発言は誰が聞いても適当な言葉を並べて、無責任な憶測を言い放っただけにしか聞こえない。
当然、フレイも例に漏れず。
「つ、つまりは、ステラに関しては全く関与していない……、と言う事か?」
「あぁ、実のところそういう事だな!」
マサヤの発言にげんなりするフレイ。
予想の範囲を余裕で付き下げて来たこの男は、真正の馬鹿かも知れない。
そう解釈されても仕方ないことを自信満々で言い切ったのだから。
「まあ、今や空間の生存者は俺たち二人。邪魔者が消えた今、そろそろ核心に触れたい」
先ほどの馬鹿げた言動の数々から、唐突に真面目な話を持ってくるのは、掴めない性格が本領発揮したということか。
どうやらこの茶番の最終目的は、ここにあるらしい。
「……ジュノからある程度話を聞いたはずだ。既に終わった話を掘り返すのは印象も信頼も地に落ちる。今、僕が君に伝えられることは何もない」
「あんな腹に一物ある女の説明では満足しなくてな。少年、お前なら真実が聞けると思ったが?」
「残念だな、これ以上君に振り回されたくない。いい加減、この空間から出してほしい」
「できないと言ったらどうする?」
「君はワザと陽気な物言いで場を和ませているつもりだろうが、その陽気さはとことん人を不快にさせる。もう少し相手の立場になって発言を抑えた方が賢明だ。君自身のためにもね」
「はぁー、説教ご苦労さん。残念だが俺が俺を変える気なんざぁ、更々ねぇよ」
見るからにフレイの殺気は増す一方で、マサヤの自由奔放さも増す一方。
両者一本も譲らず、話は平行線を辿り、腹の探り合いは苛烈していくばかりだ。




