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第五章 廻る魂の行方

「そうね、まずは私たちの起源から伝えた方が早いかしら。貴方ほどの人物なら大体の見当はついているはずよ。私たちは明らかな異端であり、神とも悪魔とも呼ばれた存在だと言うことも」


 その時々の時代や文化によって、ジュノたちへの見方は千差万別だ。

 ただ基本、神は虚像(きょぞう)であるからこそ(あが)められるもの。

 寧ろ存在されては逆に人間に支障をきたす大問題になるだろう。


「人間の能力を遥かに超えた存在、それは人間にとって恐怖であり脅威よ。事実〈(ほんもの)〉が大々的に姿を現したとして、人間に良い影響を与えると思うの? まず無理でしょう」


「流石にその判断には賛同しかない。ならば数字は何のためだ?」


「恐らく貴方がある程度想定する通り、この世で生を受けた順ね」


「へぇー、そんな単純に考えていい代物だったわけか?」


 この事項に多少物足りなさを感じても、ある程度の納得を得たことで改めて自身の数字に興味を持って見た男。

 同時に紅塗りのフレイに刻まれた02の数字をまじまじと見比べる。


「……もう一言加えるなら、単純に強大な力を握った順の意味合いもあるわ。ただ宇宙が存在するだけという、何一つとして生物が生育されていない虚空な空間で心を目覚めさせるのよ。特別能力に秀でた存在が道を先導するのが、生命の繁栄を享受(きょうじゅ)させる第一歩になるとは思わない?」

 

「まぁー、アンタらを見ていると理解できん話でもないな。余程のお人好しだろうからな」

 

 聞き分けはいいものの、発言にはかなりの皮肉が込められていて、それを言わずにはいられないところを見ると、なにかしら不服があるのは見て取れる。


「言うなれば心理現象のようなものよ。右も左も分からない小さな赤子が多く列をなしていれば、多少性格に左右されるものの、世話を焼く使命に駆られるのは普通の感覚でしょう」

「まぁ、確かに」


 ジュノの発言から、好きで高位に立った訳ではないことが如実に表現されてる。


「……ならばあの黒幕のバケモンを筆頭に、人間が原型を失くす過程のカラクリは?」


完全体(フルコンス)集合体(クラスター)は人間の心の光と影、嘘と本音を巧妙に使い分けられた末の、もう一つの人格のことよ。主導権を握られた瞬間、《精神搾取(パラノイア)》による下剋上が成立する仕組みね」

「……精神搾取(パラノイア)?」


 男は実に怪訝そうにジュノに言葉を返す。


精神搾取(パラノイア)は主人格とは別の人格が悪知恵を駆使(くし)して、体内で故意に幻覚や幻聴、強迫観念まで与えて強制的に身体を乗っ取る、言うなれば、脳の機能を書き換えたようなものよ」


「なるほどな。ならばその主人格は何処へ行く?」


「簡単よ。結局は同じ人格で肉体なのよ? 仲良く地獄行きは必然でしょう。どんなに蔑まれても結果的に終始を選ぶのは主人格なのだから。生と死とは本来そういうものでしょう」


 格下の人格に主導権を奪われていいように扱われ、心身共に弱り切った主人格に届くのは、聞き心地の良い言葉の(ささや)きと、悲劇の主人公さながらに哀れな被害者を(うた)うアイリーンの発言だ。

 恐怖と希望を巧みに使い回しながら吹聴(ふいちょう)して、運命を強引に捻じ曲げるのがアイリーンなのだから。

 一人の人間を本物の化物に完成させてしまう、そんな手腕を持つからこそ厄介なのだ。


「そのさ。ずっと疑問だったんだがさっきの黒幕、もといアイリーンって奴は何者だ?」


「あれは神は勿論、天使にも悪魔にすらなれなかった者の末路よ。まさに歩くプライドの塊ね」


「プライドの塊か……、まあ、確かにどこか存在が宙ぶらりんな感じはするな」


 曲者のアイリーンが侮れない習性に、徘徊(はいかい)に一切の証拠は残さない完璧主義者であり、完全犯罪もそつなくこなす知能犯であることだろう。

 故に、極度の潔癖症でもある。


「私たちは〈罪咎(つみとが)〉の名目で、アイリーンの捻じ曲げた運命に翻弄された者を地獄に転送する活動を起こしているのよ。勿論アイリーンの調査・分析、生体と明らかにする意もセットでね」


「それはつまり、今回の目的と行動の理由か?」


「そうよ。アイリーンは他人の感情を汲み取る(すべ)を持たない、駄々をこねた子供のまま、感情(おもむ)くまま、罪悪感などという言葉は存在せず、常に嫉妬で生を繋いでいる生物に等しいわ」


 アイリーンという生体を被験者として扱うのは、完全体(フルコンス)集合体(クラスター)にも敵わないほどの、嫉妬心の塊であることが大きく関係している。

 現実は思い通りに出来ないことの方が圧倒的に多いことが大半だが、アイリーンはその揺るぎない概念(がいねん)をいとも容易く破壊できる唯一の存在だ。


「ここまで理解のほど、よろしくて?」

「ああ、ある程度の予想をしていたが、思ったより何と言うか、よくあると……」


「まさか伝説や神話が全て人間による着想(ちゃくそう)とでも思って? この世には制御できない麻薬で溢れているのよ。極端な話、塩や砂糖だって例外じゃないわ。進化に限界が無い限り、無機物や有機物にだって記録や記憶が残っていてもこの世の中、何一つとしておかしくないのだから。私たちの同胞と豪語して名乗る貴方ならこの意味、理解出来るはずよ」


 今度は男の方にばつの悪い表情が伝染する。


「身に染みているとは思うけれど、天国の存在は遠の昔に消えた夢物語であって、今の世には地獄しか存在しないわ。悲しみ、苦しみ、恨みが渦巻く亜空間……。そんな残酷な今世で何か残したいと懇願するのは、決しておかしくない感情よ。死につながる一時の痛みに対する恐怖もあるでしょうけど、延々(えんえん)と苦痛を伴う地獄を恐れるが故に、本能から死を怖がっているともね。まあ、大往生(だいおうじょう)はあるから、年を追うごとに死に()くことに抵抗は無くなるけれど、生前、死に恐怖心を抱いている時点で、幾らか理にかなった感情だと思えないかしら」


 単純に考えて、幸せな記憶より辛い記憶の方が強く心に残るのはごくごく自然なこと。

 生理現象としての本能があるように、DNAに刻まれるのは生き残るためのメゾットだ。

 事実生物の進化を邁進(まいしん)させたのは、過酷な弱肉強食なのだから。


「今の世の中、人間関係は異質なほど殺伐(さつばつ)としたものになっているわ。現実が地獄よりも辛く恐ろしい場所になるだなんて、本末転倒もいいところね」


 情報に溢れた今世、品性公正を(つらぬ)けたとしても、死して迎えるのは血も涙もない場所。

 しかしそこは唯一誰もが平等になれる場所でもある。


「命を全うして心穏やかに天国へ進む。そんな都合の良い話、ただの迷信よ」


「しかし黒のねーちゃ……、いや、お嬢ちゃんの話からして、全生物が記憶と記録を共有しているのが事実なら、今現在も伝説や神話に残っている天国は一体どこへ行った?」


 男は至って当然の疑問を(てい)する。

 これだけの記述(きじゅつ)や認知が多くあって天国が存在しないというなら、地獄も同様に、空想の産物でなければ話が大いに矛盾しているのだから。


「……昔は確かにあったのよ。遥か遠い昔には、ね」


 この言葉で一転、ジュノの顔つきが曇る。


「……ならば、その記憶と記録が今も根強く残っていると考えるのが妥当か?」


「そうとも言えるわ。生きとし生ける全ての存在が、心底切望している空間でしょうしね。……で、貴方が知りたい話は大体こんなところかしら? ある程度は満足できたでしょう」


 あまりに複雑そうなジュノの表情を汲み取ってか、男はこれ以上の追求はしない。

 元は単なる好奇心から生じた疑問なのだ。

 なにより核心突いた深いところで身を沈める気は更々無く、これからも気楽にいられるならそっちの方を積極的に選ぶのがこの男。


「ああ、恩に着る。またすぐ会うだろう。俺はマサヤだ、よろしくな!」

「そう、なら次回から是非、貴方との情報共有を行いたいものね」


 軽快に差し出されたマサヤの右手は、ただ虚しく風が通り過ぎる。

 頑なな拒否反応とは対照的に満面の笑みのジュノが軽快に口を開いて、心にもない言葉を並べた。


「……なるほど、な。分かった、良いだろう」


 マサヤの右手は不快感を潰すように空気を強く握るが、表情は終始陽気さを損なわず、この場から去る。そんな異様な雰囲気の中、終始笑顔のジュノに怪訝(けげん)そうなフレイが近づいた。


「ジュノ、肝心なこと言ってないよね?」

 フレイの一言によって、一瞬で笑顔を失くすジュノ。


「あら、嘘は言っていないわ。望まれたものを望み通りに手広く披露したまでよ」

「確かに嘘じゃないけど、それでもっ!」


「世の中には様々な憶測が交錯(こうさく)するものよ。例え仲間であっても相容(あいい)れない存在は実在するの。それは貴方が一番身に染みているはずなのだけど……。まさか、もう忘れたの?」


 ジュノの言葉はマサヤが見せた過去を鮮明に、恐ろしさを倍増させてフラッシュバックを起こさせる。

 そんな地獄への導きを一瞬で遮断(しゃだん)させて、新たな道を示したのはジュノだった。


「怖くないわ……」


 恐ろしい回想から視点を下げると、凛とした表情の子供のジュノが視界に映る。

 前回の解放(ネメシス)はステラの純粋さで回避出来たが、今回はジュノへの信頼から早々に自分を取り戻した。

 それでもフレイにはジュノの肝心な心が透けて見えない。

 図らずとも人力とは遊離(ゆうり)した力を手中に収めたジュノとフレイ。

 未だ衰え知らずな遠方へ駆け上がる力は、儚く偉大。

 だからこそ二人が人間のために奔走してきた過去は容易にイメージできる。


 故に、どれほどの不遇に心傷つけられたのかも手に取るように分かる。

 いつの間にか天国の存在が消えた中、極楽浄土の更なる高みを夢見る浅はかな思考は、永久に変わらない欲望であり、傲慢(ごうまん)の表れ。


この事実を知らない人間は幸か不幸か、知る事こそ地獄か。


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